夢じゃなかった
土曜日、私にとっては休みの日。いつもは遅くても9時には起きている私が、今日起きてみると10時だった。おかしいなぁ、と思って昨日の事を思い出して、ハッとする。
棚の上に置いといた石を見てみると、それは黄緑色をしていて、昨日の事は現実だったんだ、と思い知った。
じゃぁ、今日の内のあと15時間以内に、またあの人達が来るということだろうか。
とりあえず、顔洗って軽くご飯を食べる。休日の朝はいつもお茶漬けと決まっている。
着替えてから少しの時間をゆっくり過ごしていると、インターホンが鳴った。 ドアを開けて見ると、昨日の黄道12宮の2人――水瓶座のアクアさんと牡羊座のアリエスさんだった。
「よっ、昨日はどうもー!夜遅くに来たのに紅茶出してくれて!」
「こんにちは!昨日はありがとうございました!これ、レオに言われて持ってきました、どうぞ!」
アリエスさんに差し出された物は白く大きい袋に入っていて、黄道12宮の住まいにもこんな物があるのか、と感心した。黄道12宮が持ってきたから、そういうことなのだろう。
玄関から礼儀正しく入ってくれるのは良いが、昨日と同じ服装で来るのはどうかと思う。季節的に涼しそうだが、警察官に見つからなくて良かったと思う。
「わざわざありがとうございます。部屋でゆっくりしていて下さい。すぐに飲み物を……」
「これから1年間お世話になるんだから敬語なしでいいよー」
私の言葉は、アクアさんの言葉によって途中で消えた。
アクアさんはそう言うけど、レオさんにタメで話して殺されるのは嫌だ。でも、アクアさんとアリエスさんの笑顔を見ると言わなきゃと思ってしまう。
言い分ければいいか。
「分かった、飲み物何飲みたい?あるものなら出せるよ」
「僕は昨日の紅茶飲みたいなぁ」
「あ、俺も俺もー」
昨日の紅茶が気に入ったようで、ちょっと嬉しい。それなりに値段がしたから、美味しいのだろう。
アクアはお話をするのが好きで上手だった。
「そしたらリブラがコソッと言ったの!別に、僕はどっちでも…って!そしたら今度はそれが嫌だったのか、タリウスが怒っちゃって。どっちでも良いなら自分で作りなさい!って」
「アハハッ!今のリブラさんとタリウスさんのマネ?」
「そう!」
「アクア、モノマネ似てるよね!」
「う~ん、似てるのかよく分からないけど面白いね」
アクアとアリエスと一緒に話すのは楽しく、気付けばお昼の12時を過ぎていた。急いでお昼の準備に取り掛かると、アクアとアリエスは言った。
「あ、僕ら一度戻るね!」
「お昼までご馳走になっちゃったら、申し訳ないもんね!」
「あ、そう?そっか、アクア、アリエス、バイバイ!また何時でも来てね!」
「うん!またね!」
「バイバイ!琴羽!」
手を振りながら消えていったアクアとアリエス。話が盛り上がったからか、二人がいなくなって少し寂しい。『また何時でも来て』と言ったから来るだろうか。
昨日、皆さんが帰る時にピスキスさんが言っていたことを思い出した。
『1日に1回は来る』
あの言葉は、深夜0時からの24時間なのか、黄道12宮の部屋に戻ってからの24時間なのか。どっちなのだろう。
「んー……」
そんな考え事をしていたら包丁で指を切ってしまった。
※※
お昼ご飯を食べ終えてからショッピングモールに出掛けようと準備をしていると、ベランダに人影が見えた。一瞬幽霊かと思ったが、違った。こんなに肌を露出してる幽霊は居ないだろう。
「ピスキスさん!どうしたんですか?」
中に入ってきたピスキスさんはやっぱり昨日と同じ服を来ていて、やっぱり目のやり場に困る。
「うふふ、何処かに出掛けるの?可愛い服着て」
「あ、はい。すぐそこのショッピングモールに行ってきます」
ショッピングモールがある方向を指差しながら説明する。昨日皆さんにも話した、グリーンストーンを買ったショッピングモールだ。
「そうなのね。私も行ってみたいわ~」
ピスキスさんは行きたそうにショッピングモールの方向を見ている。つい連れていきたくなる顔。
「でもピスキスさん、その服装じゃぁ駄目だと思います」
「んーでも、私達決まった服しかなくて、私いつもこれなのよ」
だからアクアとアリエスも昨日と同じ服だったのか。
「私の服来ますか?それか近くのお店で買ってきますか?」
「いいの?わざわざごめんなさいね」
私よりも背の高いピスキスさん。足長と豊満なお胸が私よりも規格外である。おそらく私の服を着せるとお胸がきつく、パンツ丈が足りないだろう。
「いえいえ!私の服じゃぁ、きついですよね。待ってて下さい。すぐ買ってきます!」
「ありがとう」
ピスキスさんの、驚きながらも見せてくれた笑顔はとても綺麗。見惚れてしまうのを、すぐ近くの洋服店にダッシュして阻止する。
ショッピングモールは土曜日とあって、人混みが激しい。
ゆったりした服装のピスキスさんは昨日とは印象が変わる。服が違うだけでこんなに変わるのか、と関心した私はピスキスさんの横を歩いてショッピングモールを教えている。
「私が行こうと思っていたのはあっちです。ゲームセンターって言って、色んなゲームがたくさんある所です」
「へぇ~面白そうね、行きましょ」
ピスキスさんの顔がキラッキラに輝いている。楽しそうにゲーセンに向かうと、興味津々にゲームを見始めた。
「琴羽!これはどんなゲームなの?」
最初に興味が湧いたのはUFOキャッチャー。
「それはUFOキャッチャーって言います。えっと、ここにお金を入れて、ボタンであのアームを動かします。欲しい物を取って遊ぶゲームです」
「へぇ~、!琴羽っ、私あれ取りたい!」
周りを見ていたピスキスさんが指差す。その先には大きいぬいぐるみ。触り心地が凄くいいやつ。モフモフしてる。こりゃ駄目だ、触ったら離したくなくなるやつだ。
「モフモフ~、これ皆用に欲しい~」
ピスキスさんの言う“みんな”とは黄道12宮の皆か、その中の女性陣皆なのか。前者だとしたらそれは無理だろう。見る限りぬいぐるみの数が少ない。後者だとしたら丁度ぬいぐるみの数が合う。
「ピスキスさん、女性陣皆に、ですか?」
「?ええ、そうよ。レオやタウロスはいらん!って言うわ、きっと」
「ですよね」
レオさんが、あんな顔で可愛いぬいぐるみ抱き締めてるの想像して苦笑。想像したくなかったけど、何故か出来てしまった。
結局、そのぬいぐるみを全部取ったピスキスさんは大満足。でも、ぬいぐるみが大きくて全部持てる自信がない。店員さんに貰った大きい袋のお陰でなんとか持ち運ぶことが出来た。
次に興味が湧いたゲームは、シューティングゲーム。
「琴羽!これは?これはどんなゲームなの?」
「お金を入れて、この銃で敵?みたいなのを撃っていくゲームです。やってみますか?」
「やりたい!」
ピスキスさんは知らない。これはゾンビが出てくるゲームだということを。そもそもゾンビを知っているのか。
「ピスキスさん!撃って!撃たないと死んじゃいます!」
ゾンビが出てきても撃たないピスキスさんを見てみると固まっていた。初めてやる人は大体こんな反応だよね。ごめんなさい、ピスキスさん、私やりたかったんだ。
「ピスキスさん、大丈夫?」
「え、えぇ、大丈夫…」
こりゃ駄目だな、ピスキスさん放心状態。さっきのゲームも、殆ど私1人でやっていて、ゲームオーバーで終わってしまった。
「休憩しますか?」
「え、えぇ、少し休みましょう」
近くのベンチに座って休憩する。
「すみません、気を悪くしちゃいましたね」
「いいえ、大丈夫よ、さっきのゲームは予想してなかったからビックリしただけよ。今日はとても楽しい。皆用のぬいぐるみも取れたし、こんな可愛い服も買って貰って、本当にありがとね」
「はい、私も今日とても楽しかったです。今度は皆で遊びましょう!」
ピスキスさんと雑談しながら家に帰ると、レオさんが居た。仁王立ちで、帰ってきた瞬間睨んできた。
「貴様!ピスキスを連れて何処に行っていた!何も手を出してないだろうな?!」
「落ち着いて!レオ!」
ピスキスさんが、私とレオさんの間に入り、仲裁する。レオさんはピスキスさんを視界に入れると、何故か動きを止めてピスキスさんの全体を見回す。
「……貴様!ピスキスの服を何処にやった?!」
「こ、此所に、あります、けど…」
何でレオさんがこんなに怒っているのか知らないが、私は良いことをしたはずだ。 ピスキスさんの服だって綺麗にハンガーにかけて、皺にならないようにして出掛けた。何が不満なんだ。
「あ!レオ見て!これ、可愛くない?」
ゲーセンで取ったぬいぐるみをレオさんに見せるピスキスさん。あまりの大きさに少し仰け反ったレオさんは、少し固まった後に顔を赤くして言った。
「フン!別にピスキスの方が可愛いだろ!まぁそれを持っているピスキスも可愛いが……」
なるほど、レオさんはピスキスさんの事が好きなんだな。
昨日初めましての私に対しても、黄道12宮の皆さんと同じように接してくれた。普段からそんなピスキスさんの優しさを見ていたら好きになるだろう。 出掛ける前に見たあの綺麗な笑顔も相俟って、レオさんは長年思いを寄せているとみた。
もし私が異性だったら、一目惚れしていたかもしれない。
そうなると、いつもの服装とは違うピスキスさんを見て、どう反応するのか気になってしまう。
「ピスキスさん、服の事もレオさんに聞いてみたら?」
「?レオ、この服、琴羽に買って貰ったの、どうかしら?」
「……悪くない」
小さく呟くレオさんに私とピスキスさんは見合わせて笑った。
「…何か面白い事があったのか?」
「えぇ、とても面白かったわ」
その後、何処で何をしていたか、ピスキスさんがレオさんに事細かく話して2人は帰っていった。
夕飯を食べて、いつものようにお風呂、洗濯、と済ませてゆっくり土曜日の夜を過ごしている。
「黄道12宮……」
時間がある日は、日記に書くようにしている。その日なにをしたか、どう思ったか。素直に書き記す。
黄道12宮の皆さんとの出会いを思い出しながら書いていると、部屋の何処かで眩しい光が目に入る。
「琴羽っ」
「やっほー!」
「こんばんわ!」
眩しい光の元はグリーンストーンだったようで、黄道12宮の皆さんがやってきた。黄道12宮の皆さんがこの部屋に来るたびに、眩しい光を受け止めないといけないのか。
「びっくりした……こんばんわ皆さん」
突然の眩しさに瞬きしながら、黄道12宮の皆さんに挨拶を返す。
「琴羽、カンケル達が琴葉にお礼言いたいんですって」
どうかしたのか、と皆さんに尋ねる前に、ピスキスさんが用件を話してきた。
「お礼?」
特にカンケルさんに何かしてあげたこともなければ、お礼を言われるような事もしていない。
「ほらカンケル」
「ゲミニも言うんだろ、ほら」
ピスキスさんとタリウスさんに背中を押されて前に出たカンケルさんとゲミニさん。その2人は、今日ピスキスさんによって手にしたUFOキャッチャーの景品――大きなモフモフぬいぐるみを抱き抱えていた。
「あ、あの……」
「ん?どうしたの、カンケルさん」
モジモジしているカンケルさんと、ウキウキしているゲミニさん。やっぱり双子のように見えてしまう。
「僕から言っていい?」
「だ、ダメだもん」
カンケルさんがモジモジしているから、ゲミニさんが早く言いたそうだ。それでも頑なに何かを伝えようとするカンケルさん。その間、2人は大きなモフモフぬいぐるみを抱き抱えている。可愛い。
ピスキスさんに目を配ると、穏やかに待っている。他の皆さんも、何も言わずカンケルさんの言葉を待っている。
「カンケルさん、ゆっくりで大丈夫だよ」
カンケルさんと目線を合わせるようにしゃがむ。お礼の内容は大体分かった気がする。それでも一生懸命伝えようとしているカンケルさんを待つ。本人からきちんと聴きたいから。
「あ、あのね……これ、ぬいぐるみ……」
「うん、可愛いぬいぐるみだね」
「うん……あ、ありがとぉ、ぬいぐるみありがとう!」
「んふふ、どういたしまして」
しっかり聴いたカンケルさんからのお礼。恐るおそる恥ずかしそうに言った『ありがとう』は、とてつもなく大きな言葉だった。何だか昔の私を見ているようで、懐かしさから泣きそうになった。
「僕も、可愛いぬいぐるみありがとう!」
「どういたしまして、ゲミニさん」
やっと言えたゲミニさんは、ニコニコとぬいぐるみを抱え直す。
「ゲミニさんやカンケルさんが抱えると、ぬいぐるみの大きさが際立ちますね」
小学生くらいの体形だから、大きいモフモフぬいぐるみは少し窮屈そうだ。
「言えて偉いわよカンケル」
「ゲミニも偉いな」
ピスキスさんに撫でられているカンケルさんは、言えた高揚感から頬が少し赤くなっている。タリウスさんに撫でられているゲミニさんは、撫でられている感触をニコニコと感じている。
微笑ましそうに眺めていた皆さんからも感謝の言葉をもらう。
「琴葉、可愛いぬいぐるみありがとうね!」
「ものすっごいモフモフなの、触り心地いいよ」
「こんなぬいぐるみがあるのね、琴葉ありがとう」
「みんなの分はないけど、みんなで愛でるね」
「琴葉、ありがとう」
「可愛いぬいぐるみありがとー!」
「ずっと触っていたいモフモフだよ、癒される〜」
「大きいから抱き心地もいいよ!」
沢山のお礼、沢山の『ありがとう』。嬉しい筈なのに、何故だか涙が出そうになって、笑って誤魔化した。
日記に書き記すには、とても濃い1日で、たった1ページでは足りない1日だった。