女心と秋の空
――昔、家を飛び出して宛もなく走った事がある。理由は、恥ずかしながら姉との口論の末、その場に居づらくなって逃げ出すように飛び出した。
飛び出した時は雨は降っていなかったが、雨が降りそうな雲行きではあった。案の定、ポツポツ雨が降ってきて、10分もすると強く叩き付けるような雨に変わる。
雨のお陰で冷めた頭は冷静さを戻し、傘を持ってくれば良かった、と後悔をした。
何故か昔の事を思い出してしまった。
大雨の中を傘を手にしながらバルゴを探す。帰って来るときには小降りだった雨だ。雨粒が傘に当たって音を成していく。
バルゴはこの辺の事を知らない。ましてや、彼女の服はワンピースだ。今頃、身体を抱えて震えているのだろうか。
「バルゴー!!バールゴー!!バールーゴー!!ぅおぉぉぉい!!バルゴ~!!」
どんな顔をして叫んでいるのか。雨が口の中に入りそうで入らない。傘を指しているのに私の髪が少しずつ濡れていくのが分かる。
家の近くで身を隠せる場所はあっただろうか。公園、はないか。河原、になら隠せる所がある。とりあえずあそこに――!
河原に行く途中、店仕舞いをして殆ど人気のない道を通った。
反射的に振り向いた瞬間、視界の端にピンクの服を来た人が、店の軒下に体育座りで蹲っているのを見つける。足を止めて見ると探していた人。バルゴだった。
ため息を付きながらバルゴの所まで歩く。
「バルゴ、ここだと、雨に濡れちゃうよ」
自分が指していた傘をバルゴが濡れないように動かす。この際、自分が濡れても構わない、そう思えるぐらいにバルゴや皆の事を大事に思っている。
「ご、ごめんなさい…私っ、琴羽に、迷惑っ、かけたっ…レオに、怒られる…」
「私は別に、迷惑だなんて思わないよ。私、そんな事いつ言った?それに、レオさんに怒られる事はないと思うな~。だってあの人、バルゴが風邪を引いてしまうだろう!って言ってたもん。私が引き留めた時も、俺の事はどうだっていい!って言って、凄い形相で私の事睨んできたし。私ビックリしちゃった」
「…ほんとかなぁ」
「ホントホント!ほら、早く帰ろう。寒いでしょ?家帰って温まろう」
玄関の扉を開けると、突っ立っていたレオさんと目があった。
「バルゴッ!心配、したんだぞ」
「ごめんなさい、レオ」
「…ほら!レオさん退いて!バルゴ!シャワー浴びてきていいよ!」
玄関の所に立っていたレオさんを退かして、バルゴをお風呂場に連れていく。
「いいの?」
「うん!早くしないとバルゴ風邪引いちゃう!使い方分かる?」
「え、えぇ、でも、琴羽も風邪引いちゃうよ?」
「あたしは大丈夫!バルゴに比べればそんなに雨に濡れてないから!ほら、どーぞ!バスタオルはこれ使って!じゃ!」
バルゴの有無を聞かずにそそくさとお風呂場を後にする。
「ありがとう、ゆり」
少しすると、私の服を来たバルゴが戻ってきた。
「バルゴ、ここどーぞっ!こたつ、暖かいよ」
バルゴがシャワー浴びている間にセットしたこたつは、ちょうどいい暖かさを保っている。
「暖かい…」
私の横に来たバルゴは、始めてみるこたつに少し戸惑いながら入る。
レオさんとバルゴが何も話さないで10分。私は晩御飯の準備に立ち上がる。
「ごめんなさい」
台所に立って準備をしてる私には、二人の姿が見えない。先に聞こえてきた声は、バルゴの声だった。
「俺も、すまない」
「これからは、琴羽と出掛けるようにする」
聞こえてきた声に、私の名前が入っていた事にビックリして、持っていた包丁で指を怪我してしまった。
「痛っ!」
私の突然の声にビックリしたレオさんとバルゴ。急いで絆創膏を取りだして貼ると、料理を再開する。
「琴羽と出掛けなくてもいい、バルゴに何かあったと知ると、琴羽は助けてくれる。今日の事で学んだ。」
レオさんは、私の事を信頼してくれてる。レオさんの言葉にそう思った私は、二人に見えない事をいい事に、顔をニヤニヤさせながら料理をする。
「ねぇ!見て!空にカラフルな橋がある!」
ベランダからの声に私は振り向いた。さっきまで居なかったアリエスとゲミニさんが居た。
「アリエス、ゲミニさん、帰ったんじゃ…?」
「仲直りしに来たの!」
「琴羽とバルゴがまだ帰ってこない時に、レオに帰れって言われたから一時は帰ったけど、気になっちゃいまして…」
レオさんの事も、バルゴの事も心配だったのだろう。
「そんな事よりっ、見て!あれ!凄いよ!」
ゲミニさんが言っている“あれ”とは何なのか、ベランダに出てゲミニさんが指差す方向に顔を向ける。
「わぁ!綺麗な虹!」
「にじ?」
「タリウスから聞いた事がある」
こたつに入っていた筈のバルゴとレオさんもベランダの近くの居た。
「虹とは、雨上がりに現れる気象現象。上から赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫の7色で出来ている、これを見た者は、幸せな気分になれる。タリウスはそう言っていた。」
「どうです?レオさん。見た感想は」
「…タリウスの言う通りだった、虹を見ると気分が変わるな」
「バルゴは?」
「…綺麗…琴羽っ!凄いわねっ!こんな綺麗な物があるのね!」
バルゴの顔は笑顔になっていた。まるで、さっきまでの事がなかったかのように。
ベランダには私とバルゴとレオさん、それからアリエスとゲミニさんで虹を見上げる。
「……さ!戻ろ!身体冷えちゃうよ!」
――昔、家を飛び出して宛もなく走った事がある。雨が降り続ける中、わざわざ傘を指して探してくれたのは、お姉ちゃんだった。
ここだと風邪引くよ。そういって傘を差し出してくれたお姉ちゃんは、私の顔を見ると優しそうに笑った。家までの道のりを相合い傘のようにして歩く。
相合い傘にすると肩が少し濡れる筈が、その時は肩が濡れる感触がなかった。当時はそんな事気にしなかった。でも、今なら分かる。
お姉ちゃん、元気でいるかな…。