きっかけ
仕事して、家帰って夕飯食べて、お風呂入ってベッドで寝る。そして朝がくる。そんな代わり映えのない毎日を今日もまた繰り返して、明日もまた繰り返すのだろう。肩にかけ直したトートバッグが今日1日の疲れを思い出させる。
仕事帰り――17時すぎでもまだ日は暮れない。嫌な事があった私はトートバッグを肩にかけ直した後、微かに明るい空にゆっくりとため息を吐き出す。
いつもなら家へ帰るところを、今日はゲームセンターでストレス発散しようと思い立ち、近くのショッピングモールに来ていた。
「はぁあッ……ホントにあの人言い訳ばっかり……」
言い訳ばかりする上司に対抗して今日こそ文句を言ってやろうとしたが、ことごとく言い訳で躱され逃げられた。残業にはならなかったから良かったものの、普段のように和気あいあいという雰囲気での作業は出来なかった。黙々と作業をしていたせいか首が痛い。
首に湿布貼れば大体治るから良いものの、やはり元凶である上司への不満は消えない。
それを解消するべくして来たのだが、金曜日という1週間の平日最後とあって、人が多く行き交っている。
そうだよね。と納得しながら沢山の人混みを、右に左にと避けながら目的の場所へと歩く。
なんとか着いたゲームセンターはやっぱり人――殆どが制服を着ている学生が沢山いる。何人かで1つのぬいぐるみを取ろうと必死になってたり、取れたであろう大きなパッケージのお菓子を分けていたり、青春を謳歌しているだろう学生がキャッキャと楽しそうにしている。
早速、太鼓の貭人――通称タイタチに向かうと、制服姿のカップルがキャッキャウフフとじゃれ合いながら選曲していた。
斜め後ろの少し離れた場所から暫く見ていたが、女子高生が彼氏の腕を取って絡んでいる。選曲しようとしていた彼氏側も最初は反応していなかったが、チラチラ見える横顔からは口角が上がっているのが分かった。
自身の高校生時代を思い出したが、彼氏とそういった事をした記憶は1ミリもない。そもそも彼氏がいた事無かった。
青春を謳歌している2人。やっと選曲を終えたがまだ時間は掛かりそうだ。仕方なく別の所にあるタイタチへと向かう。
別の場所に行くと、今度は手練れてる人が1人でやっている。“マイバチ”という、細くて先が尖っているものを使っている。持ち方が慣れている。
よく画面を見てみると、レベルは“鬼”で1つも間違っていない。関心するが、譜面に赤色と水色が隙間なく流れてきて目が痛くなる。目を擦りながら別のタイタチを探す事を決めた。
別の場所に移動してみたら、背の小さい学生達――恐らく中学生が4人で楽しんでいた。見覚えのある制服は、多分近所の中学校の制服だ。
自身は社会人になって職場の近くに上京してきた為、中学時代に友達とゲームセンターで遊んだことが無かった。そう思うと羨ましい。
ただゲームセンター内で分からないが、日は暮れていると思われる。家に帰らなくていいのだろうか。親御さん心配してないだろうか。親でもないのに中学生達の帰路の心配をしてしまう。
まだ始めたばかりのようで選曲に困っているようだ。仕方なく別の所で空いてる場所を探した方が早い。
最初の高校生カップルがいた場所に向かうと、流石にカップルはいなくなっていた。数秒待ってみたが誰かがやろうとする気配がなかった為、徐に太鼓の隣に荷物を置いて早速プレイ。
昔からタイタチはストレス発散方法の1つとして嗜んでいた。中学時代には家族でよく訪れるショッピングモールで姉とやったり、高校時代には学校終わりの放課後に一人でやったり。友達が居ないわけではない。
社会人になってからも定期的にゲームセンターにきては、タイタチ含めいろんなゲームをやっている。プレイする選曲も大体決まっている為、選曲で躓くことはまずない。
レベルは“普通”か“難しい”しかやらないが、いつか“鬼”をやってみたい。多分クリアは出来ないだろう。
2曲プレイした後、クリアするとおまけでもう1曲。顔が赤い太鼓のキャラが喜んでいる。
「やったどん」
ゲームセンター内はいろんなゲーム機の音で小さな呟きは聞こえないだろう。ゲーム機の音の大きさに、友達との会話も何度も聞き返すぐらいだ。聞き返してくる声すらも聞こえずに友達が話についてこれず、1人で話していたなんて事は私以外にもいるはずだ。
3曲目もクリアして満足した私は、ゲームセンターを出て近くの店を見物する。雑貨、洋服、コスメ。色々と見て回って来た時それを見つけた。
“珍岩石店”
如何にも取り合わせて作った語呂の悪い店。もっと考えれば興味を引くような店名が出てきたと思うが、思考を放棄したのだろうか。
店名からして、珍しい石や岩を取り扱ってるのだろうが、岩はどうやってここまで運んできたのか。1階だったら楽だろうに、3階の真ん中辺り。近くに出入口はあるものの、それでも岩を運ぶにしては距離がある。台車に載せて運んだにしても、何故中途半端な所にしたのか。
面白さと好奇心からその店に入ってみた。台車に載せて運んだにしては大きすぎる岩から、掌に収まる小さい石、大きさ様々な石を売っている店らしい。予想通りである。
見た目通りの名前や、何処で拾ってきたのか分からない物、出鱈目のような説明。率直な感想としては“こんなの誰が買うんだろう”だ。面白さと好奇心で入ってしまったが、買いやすい小さな石がどんな効果持っていたとしても買わないと思うのだが、この店の店長はどんな考えをしてるんだろうか。
一つ一つの説明やら効果がしっかり手書きであるところは、お客さんに寄り添っている証なのだろうか。そこだけはしっかり褒めてあげたい。
そんなことを思案して、“何様なの?”と自分自身に問う。さっぱり分からない。
訳が分からず首を傾げながら最後となる石の説明を黙読する。
『貴方の日常を大きく変える頼れる人達を呼び寄せます』
ふーん、としか思えずズラッと並んでいる石達を見比べる。店名通りに色や形は珍しい石の数々。
再び説明を目にして、ある疑問が浮かんだ。最後に見たやつだけ“人達”と複数人を示している。横に置かれている石の説明と読み比べると、どうやら最後に読んだ説明の石だけ複数人を呼び寄せるらしい。なんだそれ。
また、石の色は黄色なのに名前は『グリーンストーン』。店長さん寝惚けてたのだろう。他の石は形や色からネーミングされているがこれだけ違う。
そこら辺にありそうな楕円形の石。川などで水切りするには良さそうだが、実際に触ってみると以外とゴツゴツしているので、多分1回も飛ばずに川の底に沈んでいくだろう。そんな石に興味は沸くが買おうとは思わない。
そもそも色以外は何処にでもありそうな石だ。そこら辺を探して、それっぽい形の石に適当に色を付けただけのただの石だ。もしそうだったらと思うと、そんなものにお金を使うだなんてしがない工場社員にはもったいない。
スマホを取りだして時間を確認したら18時半を過ぎていた。帰らなくてはと思い、スマホを仕舞ってから徐に顔を上げるとレジに佇む店員さんと目が合う。その顔はなんだが期待に満ちた顔をしていて、目がキラキラしているのが、若干目が悪い私でも見てとれた。思わず二度見してしまった。
店に足を踏み入れた時はレジに店員さんは居なかった。そもそも店に人気がなかった。
帰ろうとしていた私が石が置かれた棚の周りを回ってみると、動向を見守るように目で追って来ているのが分かる。さっきからレジから動いてない。そして凄い見てくる。
顔には出さないが、どうしたものかと困りながらウロウロする。何か買うしかないか。
先程の『グリーンストーン』はどうだろうか。掌サイズで小さめだし、値段も千円しない安さ。
「……しょうがない」
グリーンストーンを手にとってレジへと持っていく。レジにグリーンストーンを置いた時の店員さんの満面の笑みよ。
ガサガサとビニール袋に入った中くらいの箱を見ながら帰路に着いた。
いつものようにご飯を食べて、お風呂に入る。
出たらすぐに化粧水、美容液、乳液を着けて、髪を乾かす。いつもの行動を取りながら、明日の予定を確認する。
明日は土曜日で仕事は休みだ。特に予定もなく、ゴロゴロしようと決め込む。
ミディアムの髪を乾かし終えたら10時を過ぎていた。スマホを手にしてベッドを背凭れに座る。テーブルの上にはペットボトル、小さな石が入った箱がある。
テレビを見ながら買ってきた石を取り出す。ご丁寧に石の説明文が書かれた紙が入っている。
『効果は極めて高く、すぐに力を発揮されます。一度お湯に浸けると黄色の石が黄緑色に光ることからグリーンストーンと名付けました』
などと書いてあるが効果は如何ほどか。光ってるところは見たいが、詐欺にあってないことを願う。
スマホの充電を確認した私は台所に行くとボウルにポットのお湯を張る。
「あつっ」
熱々の湯気が顔に当たり、思わず仰け反る。扇子代わりに掌で頬辺りに風を送る。
気を取り直して、両手でボウルを持ってベッドの前のデーブルに移動する。
ボウルの中身を見れるように正座して座ると、再度説明書を確認する。
「よし」
早速石を入れる。ゆっくりと入れたが、数秒何も起きなかった。暫くすると少しずつ色が変わって黄緑色に光りだした。
「おお、すげぇ。ホントに光った」
大きい独り言を呟いてもう一度説明文を読む。
『一度光ると黄緑色が定着してその後は光りません。ただし、効果はその後からぐんぐん上がります』
もう光らない事に対しては残念だが、疑問だった『グリーンストーン』という名前の由来が説明書を読んで解決したので良しとしよう。説明書を丁寧に畳んで入ってた箱に仕舞うと、写真撮影の為にスマホを起動する。
ベッドに横になりながら取った写真を添付してSNSに投稿していたら、グリーンストーンは光らなくなっていて黄緑色になっていた。
ボウルに張ったお湯も冷めてぬるま湯になっていた。ボウルから取り出したグリーンストーンをティッシュを敷いた上に置く。ボウルの中身が零れないように、また両手で持って台所のシンクに捨てる。もう湯気も出ない。
乾いている台拭きタオルを持って部屋に戻る。それでグリーンストーンを拭きながらまじまじと見ていると、あることに気付いた。
「星……?」
グリーンストーンには薄く星みたいな五芒星模様があった。平らな面に印章のように位置しているから、多分五芒星模様が見えるように置いた方が良さそう。
飾る場所として良さそうなのは箪笥の横に置いてある棚の上。一度無造作に置いて、ある事を思い出す。
「クッション、クッション」
グリーンストーンを買う際に店員さんから無料で貰ったクッションを探す。テーブルの上、ベッド。
「あれ?」
無造作に捨てられていたビニール袋を覗くとそこにあった。クッションを取り出してからビニール袋を簡単に結んで纏めると、ベット脇のごみ箱へと放る。
棚に向き直ってからクッションとグリーンストーンを置く。一瞬見とれたが、ベッドに無造作に置かれていたスマホを手にしてカメラ機能を駆使する。
アングルなど良く分からないが一通り撮った後、寝る前の歯磨きをしてからもう一度グリーンストーンを見やる。特に光ったりなどはしないが、何となく見てしまう。
まだまだ暑さが続く9月。扇風機はまだ活躍中だ。
寝る前の歯磨きをしようとスマホを手に脱衣室へと向かって、愛用の歯磨き粉を歯ブラシに乗せる。歯ブラシに歯磨き粉乗せた後濡らすのが一般的だが、その行為に意味は何一つないらしく、逆に濡らさない方がいいらしい。昔、そんなことを何処かで聴いた憶えがある。どうしてだったのだろうか。
「あ、そうだ」
歯ブラシを口に加えてから思い立って、スマホにて先程SNSに投稿した画面を開く。特にコメントもいいねもされていない投稿。少しの寂しさを覚えつつ、投稿した写真を編集するべく画面をタップする。
簡単に編集を終えた後、動画視聴アプリを開いてテレビの電源を消す。その手で、最近覚えつつある歌のミュージックビデオをタップして再生する。
ミュージックビデオを見るわけでもなく、それによって流れる音楽を聞きながら歯を磨く。いつの間にか歯を磨く時の習慣になっていた。
約4分半のミュージックビデオが終わり、特に操作もしないで歯を磨いていると、30秒後ぐらいに関連動画として別のミュージックビデオがそのまま流れ始めた。それをそのままにしながら歯磨きを続け、曲が終わる頃、約8分の歯磨きを終える。
磨いてすぐの歯を舌でなぞるとツルツルで、ちゃんと磨けている事が分かる。
電気を消して、テレビの明かりだけが付いている部屋で静かに眠気が来るのを待つ。
そろそろ眠くなってきたようで、瞼を重くなり少しずつ眠気を自覚する。スマホのアラームをセットして充電器と繋げる。テレビを消すと同時に部屋の何処かで大きな光が私を襲った。
重くなりつつあった瞼をギュッと瞑り、何が起きたのか分からないことに身構える。その大きな光は数秒間とても明るくて、目瞑っていても強い光を感じる。思わず布団を引っ張り、頭まですっぽり覆ってなんとか耐える。
暫くして光が弱まったように感じたが、なんだか恐くて中々布団から顔を出せなかった。しかし物音がして、恐るおそる布団から顔を出した。
光は小さくなっていたが、その光によって人影が見えた。そして、光の発信源は先程グリーンストーンを置いた棚の上からだった。
グリーンストーンから目線を外すと人影が増えている。思わず目を見張る。怖くなり、再び頭まで布団を被る事となった。
暑い季節に頭まで布団を被る私は汗が出てきた。9月とはいえ、まだ暑さが残る季節。今すぐ布団から出たいがそんな状況じゃない。何で私こんなことをしているんだ、と考えてまた頭を抱えるしかなかった。
暑さも限界になりかけて、静かに深呼吸した私は、聞こえてくる声に耳を傾ける。
「なんで人間界にいるんだ!」
「この石が原因らしい」
「前にもこんな事あったよね、懐かしいなぁ~」
「てか、ここ狭くね?」
「わぁ~、なぁに? これ」
「人間の物に触れてはいけない、馬鹿になるぞ」
「うぅ~怖いよ~」
「大丈夫よ、私が守ってあげるからね」
「このぬいぐるみ、可愛いね」
「そうね、可愛いわ」
「また人間が馬鹿な事をしたようだな」
「人間は暇なのか?」
聞こえてくる声色は様々で、一体何人いるのか疑う。目元まで布団をずらしてチラッと見てみると、変なコスプレイヤー達が私の部屋を占拠している。
「で、さっきから毛布にくるまって何をしている。それで隠れているつもりか?」
突如こちらに顔を向けて声をかけてきた。驚いて身体がビクつく。やはり私が居る事には気がつくだろう。まだ暑さ残る季節の薄い毛布だから、人ひとりの膨らみがあったら誰だって気付くのだろう。
仕方なく恐るおそる顔を出して気になる質問をする。
「あなた達、誰ですか?その、勝手に人の部屋に入らないでください」
よく見たら大所帯での不法侵入で、10人ほど居そうだ。訴えたら勝てるだろうか。などと考えて、思考は別の所にあった。
「人間は暇なのか? 前にも呼ばれたんだが。前に約束したよな? 俺は言ったぞ? 今度はない、と」
猫耳男が顔を近づけて凄んでくるが、そんな約束私は知らない。顔を逸らすように、手にしていた毛布を口元まで覆って怯える。
「まぁまぁ、レオ落ち着いて。ごめんなさい、怖いわよね」
猫耳男の後ろから、魚みたいな鱗とヒレをつけた女の人が宥めてくれる。
チラッと見たら綺麗な人。でもちょっと服が派手で、胸元の谷間がガッツリ見えている。それにすらも顔を逸らす。
「えっと、貴方?この石何処で拾った?」
その人はグリーンストーンを私に見せながら質問してきた。
仕事帰りにショッピングモールの端にて、小さく開いていた店で買ったはずだ。
猫耳男は怖かったが、鱗とヒレの彼女が優しく尋ねてきたことで少し安心した。答えたらどうなるのか分からなかったが、徐に答える。
「……拾ったんじゃなくて、買ったんです」
私のその一言に彼女は首を傾げた。ハテナが浮かんでるのが分かる。聞いていたであろう、後ろの変なコスプレイヤー達もみんな同じく首を傾げてハテナが浮かんでるよう。
「えっと、今日の仕事帰りに近くのショッピングモールで買いました、よ?」
変なコスプレイヤー達はポカンとしていたが、私の一言にコスプレイヤー達が一斉に集まってコソコソ話し始めた。
何の作戦会議なのだろうか。若干聞こえている。
「どうする、また懲らしめるか?」
「え、でもあの子知らないようだし、それは……」
「知らない振りをしてるとかは?」
「あり得るな、ここは俺が一発入れとくか?」
「いや、もう二度としないように俺が。俺の方が力は強い」
「でも、私が見る限りあの子本当に知らないと思うわ」
「バルゴが言うならそうかもしれないね」
「なんでもいいから誰か話しかけてよー」
「うむ」
猫耳男が近寄ってきた。どうやら話し合いは終わったらしい。
「貴様、本当に何も知らないのか」
先程と同じように凄んで問いかけてくるので、ビクビクしながらも何度も頷いてみせる。その反応に、コスプレイヤー達はまた集まってコソコソと話し出した。
「どうやら本当に知らないらしい」
「じゃぁ、どうやってあの石を手にしたのか詳しく聞きましょ♪」
「なんでそんなにテンション上がってるんだ」
「可愛い洋服があったんだって」
「あぁ……」
「ねぇ、レオ。あの人の名前も聞いてきて?」
「了解した」
コスプレイヤー達の後ろ姿の隙間からほんの少し見えた猫耳男の笑顔にキュンときてしまった。 これがギャップ萌えというやつか。
「貴様、名はなんだ」
徐ろに歩み寄ってきた猫耳男から名前を聞かれて口を開くものの、“人ならざるものではないかもしれない”という疑問がある相手に容易に教えていいのか。
「っ、知らない人には教えません!」
それに、相手に名前を聞くなら先に名乗ることが礼儀だと思う。
そう思ったのに、猫耳男はさらに凄みを利かせて顔を近づかせてくる。なんなら、目の端に見える猫耳男の拳が今にも飛んできそうで怖い。
「っひぃぃ、ご、ごめんなさいっ! ぅ、浦口です!」
猫耳男の圧が強く、恐ろしくて口早に名前を教えてしまう。
「下の名は」
「琴羽ですっ!」
圧倒的に顔面が強くて、正直ものすごく怖い。出来ることなら今すぐ寝て忘れたい。
「おい、琴羽。この石どこで手に入れた」
「だから、今日の仕事帰りに近くのショッピングモールで買いました!」
「もっと詳しく」
手にしていた布団の端を強く握る。なにをそんなに気になるのか分からない私は口早に答える。
「だ、だからッ、ショッピングモールで買ったんですって! ぁ、アクセサリーショップの端に小さく開かれてた店で買ったんですよ! もっと詳しくってんならそこにあるショッピングモールに行けばいいじゃないですか! なんでそんなに凄んでくるんですかっ」
答えの最後に思ってる事を口にしてしまった。それは猫耳男にとって悩みだったらしい。 少し落ち込みながら、また皆で集まってコソコソ話し合いだした。やっぱりその後ろ姿は人間とは思えない。
一体何なんだ、この人達は。
このままでは埒が明かない為、寝たかった身体を起こして、恐るおそる布団を剥いでベットから下りる。
「あの、とりあえずお茶飲みますか……?」
コソコソ話し合っていたコスプレイヤー達に尋ねると、鱗とヒレの彼女が「お願いしようかしら」と了承してくれた。
お茶を淹れている間に、話し合いを終えていてくれればいいなと思いながら、台所へと向かった。
お茶の乗せたお盆をテーブルに置いて、なんとか人数分のお茶を用意できた。
話し合いは終わったようで良かったが、コスプレイヤー達は自由に部屋を物色していた。
「私、これがいいなぁ」
「あら?そんな子供じみた服じゃ男は振り向かないわよ?」
「この石、やっぱりあの時のなんだ?」
「あぁ、みたいだな」
「これは私のぉ!」
「僕のだよ!僕が先に見つけたんだもん!」
「これで一緒に遊ぼ?」
「これは何と言うんだ?」
「アイロン。髪を真っ直ぐにする事が出来る道具、だそうだ」
「美味しい、飲まないのか?」
「こんな熱さで飲める訳がないだろう」
「んふふ、レオは猫舌なのよね」
多分、今ここはカオスとなっている。
「あの、貴方達は何者なんですか?」
コスプレイヤー達に向かい合わせに座った私は、第一声の疑問をぶつけた。
部屋のあちこちで話をしている人達はコスプレイヤーではなく、曰く星座らしい。詳しくいうとそう言うこと。
猫耳男――もといレオさん曰く、『私達は黄道12宮だ。訳あってこれから1年間お世話になる。』らしい。
個性的な見た目の黄道12宮の皆さん。1人ひとり自己紹介もしてくれた。
先ほど私の服を見て、いいなぁ、と言っていたのは山羊座のリコルさん。 角が頭から出ていて、可愛らしい白色のつなぎの服を着ている。
そんなリコルさんの言葉を否定して、男がどうのこうのと言っているのは、乙女座のバルゴさん。 乙女座だけにやはり乙女。清楚系の可愛いドレスを着ている。
私の買ってきたグリーンストーンを指しながら、質問してるのは牡羊座のアリエスさん。 リコルさんと同じで、頭から角が出ている。 アリエスさんの言う言葉が気になるが、それはまた後にしよう。
そんなアリエスさんの質問に答えているのは、水瓶座のアクアさん。 何処かの部族みたいに腰に小さい壺ツボみたいなのをぶら下げている。中性的な顔をしていて、初見では女だと思っていた。
私のぬいぐるみを巡って取り合っているのは蟹座のカンケルさんと、双子座のゲミニさん。 カンケルさんはツインテールを結ぶ紐がカニの鋏みたいになってる。 そんなカンケルさんの服は、服とは言えない。 せめてお臍へそは隠そうか。 お腹冷えちゃうよ。 スカートも、パンツが見えるギリギリまで短く、絶対領域だと思った。
取り合っている双子座のゲミニさんは大丈夫なのだろうか。あの子も可愛いけど、男の子らしい。カンケルさんとゲミニさんが双子に見えてしまうほどだ。
仲裁に入っている牡牛座のウルさんもカンケルさんと同じ格好だ。ましてやウルさんの胸ものすごくデカイし、谷間が凄い。目のやり場に困る。
私の私物を指して質問してるのは、蠍座のスコルさん。女性の中であまり露出してない彼女は、警戒心が強そう。 目付きが鋭く、あまりしゃべらない。
彼女の質問に答えてるのは、射手座のタリウスさん。分厚い本を持っていて色々とページを捲っている。 射手座だからか弓矢を持っているが、小さいから当たっても痛くなさそう。
テーブルの前に座って紅茶を飲んでる3人。美味しいと感想を言ってくれた天秤座のリブラさん。 寡黙な人で、スコルさんの男バージョンみたいな人。 一番大人しい人だと思う。
そんなリブラさんに飲まないのか、と質問されている人は獅子座のレオさん。 なんだか気難しい人で、一番偉そうにしている。顔は好みだが、性格が苦手だ。
レオさんに対して優しく笑った女性は魚座のピスキスさん。彼女も2つ縛りだが、大人の女性って感じの人。 だからなのか、一番露出が多く、これまた目のやり場に困る。
そんな皆を見ている私は、リブラさんの「おかわり」という言葉に立ち上がる。沢山お湯を沸かした為、すぐにおかわりを用意できた。
リブラさんに再度お茶を出して元の位置に正座する。自室のはずなのに、なんだか皆さんの自由度に居た堪れない。顔が硬くなっているのが分かる。
「ごめんなさいね。寝ている時に、こんなに大所帯でお邪魔してしまって。お茶ありがとうございます」
そんな私をピスキスさんは慰めてくれる。なんという心の広い人なのだろう。
「別に慰めてやる必要などないだろ」
ピスキスさんに頭を撫でられていると、レオさんがそんな事を言った。 なんて失礼なやつなんだろう。
「駄目よレオ、可哀想じゃない。 優しくしないと私怒るわよ?」
ピスキスさんの言葉に騒いでいた皆が止まった。どうしたのだろう。
「……すまんピスキス」
「琴羽、急に色々な事が起きて、パニックになってるよね。ごめん」
レオさんがピスキスさんに謝ると、リブラさんが私に謝ってきた。
「い、いえ! そんな、日常的に急な出来事には慣れているんで」
私が弁明すると、3人が首を傾げる。シンクロするその姿に仲が良さそうだ、と笑ってしまう。
「えっと、急な電話に出たらいきなり怒られたり、うるさい上司には急に言い訳をされたり、近所の人にはドッキリさせられる事がよくあるんで慣れてるんです」
いかに私が、日常的に急な出来事に巻き込まれているか。リブラさんは引いてるし、レオさんは目が点になってるし、ピスキスさんには心配された。
「それであの、とりあえず今日はどうするんですか?」
現在の時刻は深夜1時30分。幾らなんでももう寝たい。でも、皆はどうするのだろう。
ピスキスさん曰く、黄道12宮の皆さんには共有スペースに加えて、1人ひとりの部屋も持っているらしい。しかしグリーンストーンで呼ばれると、そこから1年間はグリーンストーンの元へと足を運ばなきゃいけないという。
今から皆さんで寝るにも人数分の布団なんてない。ベットも1人用で、せいぜいカンケルさんやゲミニさんぐらいの身体の小さい子1人なら一緒に寝れるだろうが。他に寝る場所なんて無い。
思っていた事を言うと、ピスキスさんが言った。
「大丈夫よ、一度戻るわ。24時間以内なら戻ることが出来るの」
良かった、と安堵する。ここに皆で雑魚寝とかしたら狭くて危ない。
そんな私を見たレオさんが、徐ろに立ち上がって自由にしている皆さんに声をかける。
「おいみんな、帰るぞ」
「はーい!」
カンケルさんとゲミニさんとアクアさんが元気よく返事している。
「琴羽、これから1日に1回は来るから、よろしくね」
「は?」
ピスキスさんが立ち上がる時、そんなことを言うから、変な声を出してしまう。
どういうことなのか聴こうとする前に、ピスキスさんは皆さんとともに、輝くように消えていった。
「……え?」
黄道12宮の皆さんが戻っていって、理解するまで時間がかかった。
「“1日に1回は来る”……?」
つまり明日も明後日も、明明後日も。今日から1年間、1日に1回来ることになるということ。
「よく分からないけど、とりあえず寝よっ」
眠すぎて頭が良く回らない。そう思い込んで、私もようやく寝ることが出来た。こんなに遅くまで起きていたのは久しぶりだ。
電気を消す前に、私はグリーンストーンを見る。
「……」
きっかけはあの石なんだ。まさかこんな事になろうとは考えていなかった。