第三話
家に帰り部屋へと入るも何もしたくないとベットへと寝転んだ。
未だに、少しだけ残る頬の熱を覚える歩は枕に顔を押し付けた。押し付け過ぎたのか息苦しくなり、枕から顔との距離をとっては大きく息を吸う。
自分で何をやっているんだなんて自己嫌悪に陥った。それだけ、歩は動揺していると言える。
歩は何も考えないようにして、眠りについた。
次の日、いつものように準備をしていつものように学校に行く。
「歩、おはよう!」
「おはよう」
昨日のこともあり、涼介の挨拶に顔を向けられない。それどころか、ドキドキと心臓が煩く鳴っている。
席に座ると同時に担任が教室に入ってきたので、涼介とそれ以上話すことはなかった。
___キーンコーンカーンコーン。
聞き慣れたチャイムが鳴れば、色とりどりのランドセルを背中に背負って一斉に教室を出て行く。歩もその流れに乗るようにして赤いランドセルを背負う。
そのとき。
「歩!」
後ろから涼介が歩の名を呼ぶ。
「なに?」
歩は控えめに涼介の顔を見る。
「今日、暇?」
「え、うん。暇だけど…」
「じゃあ、ちょっと付き合って!」
涼介に手を引かれ、廊下を走っていく。
涼介と手を繋いでいることに歩の心臓は朝より煩くなるとともに、頬が熱くなっていくのが分かる。その感情が何かということをまだ知らない歩にとって、自分がどうなってしまったのかと不思議でたまらない。
廊下を走って着いた場所は“図書室”。
「歩、『竹取物語』って読んでいただろ?俺も読んだことあるんだよ」
知ってるよ。
心の中でそう呟く。
「でも、俺には難しくて分からないから、歩に教えて欲しいんだ!」
「え?」
突然の事で歩は目を開く。
涼介を見れば「いいかな?」と首を傾げながら聞いてくる。
昨日、涼介は歩が『竹取物語』の本を手にしていたこと見て、言おうとしたが歩はいなくなったことから言えなかったのだ。
「いいけど、上手く説明できるか分からないよ?」
「歩なら大丈夫」
笑顔で言う涼介にドキリと心臓が高鳴る。歩はすぐさま顔を背けた。
「ん?歩?どうしたんだ?」
「な、なんでもない!」
段々と熱を帯びてくる頬をどうにか見られないように隠すが、涼介は顔を覗いてくるので、歩は涼介の注意を逸らそうと声をいつもより大きくして言う。
「せ、説明するから、本取って来るね。先に座ってて!」
そう言って、昨日見つけた場所まで『竹取物語』の本を取りに行く。手に本を取って振り返れば涼介は既に椅子に座って、肩肘を付いて窓の方を向いていた。
歩は一度、深呼吸をしてゆっくりと涼介のもとへ歩く。
「お待たせ」
「おう!」
歩は涼介の隣に座り、物語の大体の内容を話す。うんうんと頷きながら歩の話しを聞く涼介。話を終えたのは夕日が明るくなり、二人を照らす時だった。
時計は午後5時を指す。小学生はそろそろ家に帰らなければならない時間帯。
「さすが、歩だな!良く分かったよ!」
「あ、ありがとう」
褒められたことに嬉しく思う。
親に褒められるそれとは違う感情。
よいしょと立つ涼介は「帰るか」と言う。歩はそれに応えるように立ち、二人で図書室をでた。
歩と涼介はそれをキッカケに、よく放課後に図書室に行っては話し込むようになった。そして、ある日、歩が自分の席に座っていると、囲むようにクラスの女の子が歩の前に集まった。
「ねぇねぇ、歩ちゃん」
「なに?」
「歩ちゃんって涼介くんのこと好きなの」
“好き”
その言葉がやけに心に響く。
__あぁ、私は涼介くんのこと好きなんだ。
歩はやっと自分の気持ちが分かった。
「うん、好きだよ」
素直にそう女の子たちに話すと、告白をするのかしないのかなど女の子特有の恋バナに発展して歩の席は騒がしくなった。歩は教室に涼介がいないことにホッとして女の子たちの質問に答える。
放課後のチャイムを聞き、歩は家に帰る。今日、涼介は友達と野球をする予定だったため、図書室へ行くことは無しになった。
自分の気持ちに気付いたことに嬉しさを覚えながら家に帰ると、いつも遅く帰って来る父親が珍しく家に帰って来ていた。少し開いていたドアから覗けば、机を挟んで深刻そうな話をしていた両親の姿が目に入る。
幼い歩でも、何かあったことぐらいは分かった。
「ただいま」
控えめにドアを開けた歩に対して、「おかえり」と笑顔で言う母親と父親。
「歩、大事な話があるんだ」
そう言う父親の言葉に嫌な予感が漂う。歩は素直に椅子へと座る。
「歩、お父さんの仕事の関係で引っ越すことになったんだ」
「え……。じゃあ、学校は?」
「遠くへ行かないといかないから、転校しないといけないんだ」
それを聞いて歩は飛び出して、自分の部屋にこもる。
「何で、何で……」
やっと、この想いに気付くことができたのに、何ですぐにお別れをしないといけないの?
どうして……どうして……。
顔を枕に埋め、涙を流す。
まるで、『かぐや姫』じゃん。
歩は少しかぐや姫の気持ちを知り、涙を流し声を殺して泣いた。
狼零 黒月