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あなたのお願い叶えますぺしゃる

 私は非常に腹が立っていた。世のどんな理不尽も卑下の目線も全て必死で堪えてきた。武装せずに試験に臨んだ私を下品に笑い飛ばした銃使いの男子三人組には腹をタコ殴りにし、魔法に頼り切って努力を忘れた軟弱な先輩には跳び膝蹴りをくれてやった。毎日鍛錬を欠かさず、妥協を許さず、立ちふさがる数多の生徒をこの身一つで何度も何度もひねりつぶしてきた。試験はいつも高得点を維持し、勉強だって嫌いな魔法や武器での戦い方だってトップを守ってきた。負けるはずがないのだ。負ける気もしない。負けたことだって一度もない。私は優秀だ。胸を張ってそう言える。

悔しくって唇を噛む。怒りに任せて壁を殴りつければ、たちまちコンクリートがボロボロとひび割れる。

なのに、なのにだ。 いつまで経っても私の願いが叶えられないのだ。

魔法か何かで焦げた跡を蹴って走る。

この高校で戦績を上げれば何でも願いが叶えられるというのは有名な話だ。


「理事長は……理事長室はどこっ」


見慣れたコンクリートの壁を右に、左に、下に、上に。

その詳細な条件は分からないし無事願いを成就させた者は早々に卒業してしまうか普通の高校に転校するかして消えてしまうため、詳しいことは誰も知らず、半ば都市伝説なのではと言う生徒もいる。

さらにこの噂に拍車をかけるのが翡翠真黒だ。 この高校の理事長にして願いを実行する人そのものであるはずなのだが、なぜかその容姿、声、年齢、はてには性別までもが不明。誰も名前以外の情報を知らない。

この学校は生徒同士の戦闘や奇襲が想定されてか、かなり複雑怪奇な造りをしている。教室だったはずの部屋が事務室に、職員室かと思えば美術室。地図上の理事長室は空薬きょうの転がる空き教室になっていた。このわけのわからない高校で人を探すだなんて、自分で考え出したくせに無謀すぎた。


「もう我慢できない……今日は理事長に全部説明してもらうまで帰らない……ッ」

「へぇ。ずいぶんな覚悟だねえ」

「当たり前よ……そのふざけた制度頭から問いただしてやるわ……」

「それは驚き。一体どんな演説を聞かせてくれるんだい?」

「それはもう姿見せないイカれた理事長、に…………は?」

そこにいたのは、この学校にあるはずのないものだった。

VR高校の制服はブレザーにリボンタイかネクタイ。女子は男子制服も選べるため体術専門の私は動きやすさ重視でスラックスを穿いている。教職員だって服装でいるはずだった。でも、そこでみたのは

黒い塊だった。

「きっ、奇襲っ……!?」


「失礼なやつだなあ」


間延びした、気の抜ける声。引きつった自分が映り込んだ目と目が合う。輝きは鈍く、宝石をそのまま埋め込んだかのよう。

折れそうに細い手足に腰、マンガかアニメからそのまま抜け出してきたかのようなその風貌。

悪夢のように広がる幾重ものフリルは黒く、空間ごと吸い込まんとふかふか、ゆらゆら揺れていた。


「な……何奴!返答次第では容赦しないッ」

「まさか、物騒な真似はよしてくれよ二年次Aクラス生徒○○○○君」


 一瞬、ぞくり、とする。


「何で私の名前を!私に何の用よ、名前ぐらい名乗ったらどう?」

「これはこれは手厳しい。僕はただ君に情報を教えようとしただけなのに」


そう言ってやれやれ、のジェスチャーをしてみせる。信用できるか。そんな調子のいい話あってたまるか。


「何よ情報って」


少女は形のいい唇をニッと歪めてこう言った。

「君は願いを叶えられないってことをこの理事長翡翠が直々に伝えにきたんだよ。感謝してほしいね」


今日一番の笑顔を見た。


 ――――


頭が真っ白になる。この奇怪な少女のセリフに脳の演算処理が追いつかない。

「私が、叶え、られな、い、?」


そんな、まさか。そんなことが。そんなことがあるわけない。成績不順ならまだしも私の成績は押しも押されもしないトップクラスだ。どうして叶えられないなんてことがある。それに、この目の前の生意気なゴスロリ少女が理事長だと?どう考えたって私と同い年か年下だろう。冗談にしてもななめ上すぎる。


「言いたいことはそれだけだよ。ではね」


フリルをもふもふっとひるがえしてUターンしようとする自称理事長に思わず手が伸びる。


「なっ……待っ……!」

「何だい、まだ何か?」

「なんっ……まだ何かじゃないわよ!願いが叶えられないってどういうことよ!」


どこかでただのガキだと油断していたのかもしれない。近づきすぎた、と思う前にすでに間合いは相手のものだった。


「職員には、敬語を使うべきじゃあないかい、君」

喉元には黄金色の、星?

「まーじーかーるーすーてーっきー」

 得体の知れないテンポに思わず後ずさる。

 なんだ、よく見ればおもちゃのステッキじゃないか。頭の装飾はずいぶん重そうだが。

「じゃあ聞きますけど、なぜ私は願いが叶えられないんですか。理事長?」

「駄目だから」

 たった5文字で2年越しの志望はあっさりと砕かれた。

「なっ……何故……何故です!いつまで経っても願いが叶えられないんですか!私は今の今まで負けたことはないし試験も全て最高に限りなく近い状態でパスしてる!パートナーだってすこぶる優秀です!なのにどうして!」

「ん……?ああ君のパートナーの黒髪の女の子かい、その子ならね」


真っ黒なもこもこの塊が動きに合わせて左右に揺れる。


「ついさっき願いを叶えてあげたよ。彼女の願いはきちんと遂げられたさ」


自ら「しゃきーん」「てれってー」などと効果音をつけおもちゃのステッキを振り回しながら理事長は言う。


「……は?」

「……は?、じゃないよまったく~物分かり悪いね君。はぁ~」


あの子は良くて私はダメ?


「そうだよ。あの子は良くて君はダメ。願いは叶えられないなぁ」

「翡翠真黒は願いを叶える条件を達成した生徒の前にしか現れないんだよ。普通に考えて何でも願いを叶えるなんて非現実的すぎるからね。秘匿の意味も兼ねてこんな仕様にしていたらいつのまにかこんな扱いになって……いやはやティーンの突飛な妄想と噂拡散力については恐れ入ったね」

「それなら……!」

「話を聞きなよ、君にはその資格はないって言ってるじゃないか」

「じゃああなたは理事長じゃないんですか?叶えてくれないならなんだって言うんです!」


だって私の前に現れたってことは、そうでしょう?

黙って首を横に振る。


「違うよ、君は何か勘違いしてるようだったからね」


明らかに人工的だと分かるまつげを捕食するみたいにばさばさとさせる。


「勘違い、って」

「いかにも!」

「つまり私は願いを叶えるに値しないと?」

「そうだよ」

「その理由は教えられないと」

「その通り!」

「そして私が理事長に叶えてもらうことは一生できないと」

「さすが優等生。理解が早くて助かるよ」


悪びれもせず満面の笑みを浮かべる。


「本気で言ってるの……」


かくっと首を傾げ覗き込まれる


「……ふっ、ふざけないでよ!!これだけ条件がそろってるっていうのにまだ叶えられないの!?私が今までどれだけ口を噛んで耐えてきたと思ってるの!?いい加減にしてよ!!」

「納得できないかい?」

「当たり前でしょ!」

「そうかなぁ……実に妥当だと思うよ?」


心底理解できない、というような顏をしてけらけらと笑う。

噛みつけば避けられ、追いかければ嘲笑される。ああうざったい。理事長でなければこんなませたガキ、一撃で潰してやるのに。これじゃそこらの雑魚の生徒と何も変わらないじゃないか。


「大体なんなのよ何でも願いを叶えるって!そんな胡散臭い話信じて入学するバカがよくいるわね!魔法も、天界も魔界も、何だって言うの!?バカばっかり!私はそういうね、たいした努力もせずに遊んで楽して生きようって奴が大っ嫌いなの!」

「……へぇ?」

「あなただってそうよ!座敷童?伝説?笑わせないでよガキがそのふざけた態度もアホみたいに飾り立てたその服も!さっきから黙って聞いてれば偉そうに!私は悪くないみたいな顔してそれでも責任者なの!?」


色彩に欠けたスポーツブランドのスニーカーの下に亀裂が入り、バキバキと不穏な音を立ててピータイルを破壊していく。つま先を立てれば爆発音とともに翡翠の足下まで歪ませる。


「叶えなさいよ……私の願い……出来るんでしょ……あの女もできたのに私が叶えられないなんて許さない……」


この学校において戦うことは必定であり常である。得意不得意はあれど必ず全員が素手でも剣でも銃でも戦えるよう教育がなされている。 もちろん、魔法でも。

「―― 絶対に許さない」

突如轟音とともに朱の炎が立ち上り、らせん状にまっすぐ、確かな意思を持ってゴシック少女に向かっていく。その距離5メートル、4メートル、3、2、1……0。着弾。豪奢なレースがちりちりと焦げ、独特の匂いが鼻をつく。


「いい加減僕にも話させてくれないかなぁ」


「こ……の、舐め腐ったガキが、ぁ、ぁ、ぁ、あ、



「残念ながらその必要はないんだよ」



ぽんっ、と軽快に紙吹雪が散った。星印のあのステッキが目前に押し付けられていた。


「ぱんぱかぱーん。定期試験はぁーーーーーーーー不合格ぅーーーーーーーーーーー残念だったね退学けってぇーーーーーーい」


「……えっ」


ふご、うか、く。


そこからの翡翠の動きはとんでもないものだった。身長の倍以上は跳躍したかと思うと安っぽいおもちゃがみるみるうちに巨大化し冷蔵庫ほどの大きさがひるんだ私に影をつくる。

最後に見たのはぴかぴかのエナメルの靴と山ほどあふれ出すフリルとレース。それと、

明確な殺意だった。


「傲慢は罪だよ、君」


骨の折れる音が響いた。そんなこと日常茶飯事のこの学園でそれを気にするものは誰もいなかった。


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