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miss  作者: 榛名凛歩
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夏休みを利用して僕等は様々な場所に出かけた。

 水族館、動物園、プラネタリウム、温泉。めぼしいところは行き尽くした。世界の力を見極めるため、とうのは建前でほとんどがただのデートと化していた。

 結局のところ、世界の力の解明は遅々として進んでいなかった。ただ僕等は一緒に居たかっただけなんだ。

『もう、夏も終わりだね』

「まだまだ暑いけどね」

 ほぼ毎日、僕等は取りとめもない会話を楽しんでいた。わざわざ何処かに出かけなくとも、テレビを見て笑いあったり、DVDを借りて来て感動を分かち合ったりしていた。

『一緒にバーベキューとかしたかったなあ』

「ははっ、やる?」

『さすがに、一人でやってる姿想像したら、寂しいね』

 カンナはいつも元気だ。朝でも夜でも関係なく、テンションの高い声が僕の双耳に響く。夏バテ気味でローテンションの僕も彼女の声を聴くと少しは上がる。

「ゆったりと素麺でも食べようじゃないか」

『素麺ばっかり食べてるからころごろ元気ないんじゃない?』

 声だけでもカンナは僕の体調が分かるらしい。  

 だけど、気分が沈んでいるのは夏バテだけではなかった。

 カンナと僕とのこの状況、声だけ、会話だけのこの状況。それだけでも楽しい、だけど、それだけじゃ満足できない気持ちもあった。彼女の姿を見たい、触れたい、そう思うのは普通のことだろう。

 僕と違ってカンナは毎日楽しそうだ。飽きもせず毎日のようにコールしてくれる。だけどそれも少し悲しかった。彼女は会話だけで満足しているのだろうか。会いたいと思っているのは僕だけなのだろうか。

『ねえ、海に行こうよ』

「海? 泳ぐの?」

『いや、別に泳がなくても、海岸を歩くだけでも……、夏なんだし、いいでしょ、海』

「今からだと夕方ぐらいになるんじゃない?」

 僕等が住んでいるところは海なし県だ。一番近くの海岸でも電車で一時間以上はかかる。今は既に昼下がり、海に着くころには日が西に傾きかけるころだろう。

『いや?』

「全然、いこうか」

『やった、そうときまれば早速集発しましょう』

 


 駅に着き、カンナと一緒に同じ電車を待っていた。乗る電車が見えてきたのでそろそろ通話を終えようとする。

『じゃあ、後でね』

「うん、後で」

『寝過ごしたりしないでよ』 

「……大丈夫だって」

『不安だなあ』

 実は以前に一度、カンナと出かけた時に寝過ごしたのだ。その時は街に出てただぶらぶらするという曖昧な予定だったのだが。カンナはわざわざ僕が折り返して戻ってくるまで駅で待っていてくれた。

 通話を切ると急に静けさが身にしみる。

 電車は空いていた。一応今日は平日なのでもう数時間もすれば帰宅するサラリーマンで溢れるのだろうが、今のこの時間、まばらにしか乗客はいない。

 今、自分は確かに一人だと強く感じだ。

 カンナと話しているとき、実質的には一人でも、確かにその時は彼女と繋がっていた。遠い遠い、違う世界の彼女と。僕のいるこの世界には存在しないとしても。

 もし、彼女との出会いが普通だったら。いや、出会いなんてどうでもいい。そう、彼女が同じ世界に居たら。きっと未来を想像するのはとても楽しかったはずだ。

 今は、未来を考えたくはない。

 明日、明後日みたいな近い未来ならまだいい。一月、一年ともなると、もうわからない。今のこの状況が。

 僕はカンナが好きだ。

 きっと、向こうも僕のことを好意的に見てくれてるんじゃないかな。そうであって欲しい……。

 今なら言えるさ。彼女が好きだと、声高らかに。例え会話だけだとしても、彼女を失いたくないと。

 だけど、現実は留まることなく変わり続ける。人間関係だって。カンナに想い人ができたら、きっと僕等の関係は終わるだろう。カンナが僕のことをただの友達だと思っていて、パートナーができても、僕との会話を続けてくれるとしても。その頻度は減るだろうし、惚気話など聴かされた日には僕の方が持たないかもしれない。

 僕の場合も同じだ。

 今はいないが、心よせる女性が、これから現れないとは断言できない。そのとき、遠い世界に居るカンナより、目の前の彼女を選ぶかもしれない。

 そんな想像をする自分に嫌悪感を抱く。

 カンナを失うのが怖いんじゃない、カンナをいなくてもいい自分になるのが、何よりも怖かった。

 遠距離恋愛をしている恋人たちも同じような思いを抱いているだろうか。

 だけど僕等の場合、その距離が遠すぎる。今、同じ電車に乗っていても、僕等は地球の裏側以上に離れている。



 もうすぐ目的の駅だった。

 降車する準備をしているとカンナから着信があった。同じ電車にのっているなら彼女もまだ車内のはずだが。

 コールは五回ほどで消えた。

 そうか、モーニングコールかと、僕は思い至った。何ともお節介な。だけどそんな小さな行為がとても愛おしく思えた。

 ちゃんと起きてるよ、と伝えるためにコールを返した。

 電車から降りると、またすぐに着信があった。

『ちゃんと起きた?』

「ずっと起きてたよ。でも、嬉しかったよ、モーニングコール」

 カンナは照れた笑いを返した。

 海岸は駅から十分ほど歩くようだった。

 駅から海岸へ向かう人は、ほぼいなかったが、海から帰ってくる人々はたくさんいた。海を満喫して黒く日焼けした彼等は、一人海へ向かう僕を物珍しそうな視線で見た。

『そうだ、聴いて聴いて!』

「何、いきなり」

『昨日すごい発見したの、言うの忘れてた』

「ほう」

 僕は続きの言葉を待つ。

『携帯の明細書見たの。ここ最近はずっと君と通話してたよね。だけど料金はいつもと変わらなかった。むしろ低くなってた』

「会社が同じなら無料とか、そんなサービスあったっけ?」

 携帯のサービスは複雑すぎて理解する気になれない。他社との差別化を図るためだろうが、細かくなりすぎてさっぱりだ。

『わかんない、ちなみにどこ?』

「ソフト○ンク」

『私、○u、じゃあ、サービスではないね』

「これも世界の力かな?」

『電波だけだなんて、けちだよね』

 潮風が鼻につく。

 沈みかけた太陽。

 少しはましになった夏の暑さ。

 海岸までの道のり、通話は繋がったままだが、会話はなくカンナの世界の微かな音がノイズとなって聞こえる。

 通話料金がかからないのならば関係ない、たとえ二十四時間繋がっていようとも。

 この未知なる電波はきっと基地局なんかには依存されないだろう。海の次は山に行ってその繋がり具合を試してみようか。

 そんな、呑気なことを考えている間に海に着いた。

『誰もいないね』

「いないね」

 見事に誰もいなかった。

 夏の終わり、夕方とはいえ誰もいないとは思わなかった。予想していた喧騒はなく、静かな波の音だけが響く。

 砂を踏みつける感触を楽しんだ後はそのまま砂の上に腰を下ろした。

『なんか、ごめんね。こんな寂しいとこ来たいなんて言って』

「こういう海もいいんじゃない」

 僕は本心でそう言ったのだが、カンナは黙り込んでしまった。そんなに申し訳なく思っているのだろうか。

 人混みが嫌いなのでむしろこっちの方がよかったのだが。何か気のきいたことを言おうと考えていたら、

『もしかして彼女とかできた?』

「はい?」

 いきなりの質問に上ずった声を出した。

『いや、別に正直に言っていいんだよ』

「待て待て、何でそう思うんだよ」

 海に来る前はあんなにテンションが高く、元気だったのに、いきなりどうしたというのだ。

『だって、最近元気ないし……』

「……だから?」

 彼女ができたら逆に元気になるのでは。

『だから私とこうやって話したり、出かけるのが煩わしくなったんじゃないかって』

「大した想像力だな。大体、この夏休みにそんな暇があったか? ほとんどカンナと出かけてたじゃないか」

『その横に彼女が……』

「いない、いない」

『本当?』

「ほんと」

『誓う?』

「俺が好きなのはカンナだよ」

 気づいたらすらりと告白していた。

『えっ! あの、えーと……ありがとう。私も、君のことが好きです。よし、じゃあ泳ごうか!』

 後半急にハイテンションになり、その後すぐにバシャバシャと水音が聴こえた。まさか、本当に泳いでいるのではあるまいな。

 いきなりのことに驚いたのだろう、無理もない。

 僕も今になって心臓が爆発しそうなほど脈打ってきた。

「カンナ?」

 返事はない。

 代わりに派手な水音が聞こえる。加えて嬌声が微かに響いた。

 暫くそっとしておこう。

 晴れて僕とカンナは両想い、ということになるのだが。やはり素直には喜べない。

 数分後、ようやく電話の向こうからカンナの声が聴こえた。

『はあ、はあ、ごめん、ちょっと、はしゃいじゃって』

 息切れして、言葉も途切れ途切れ、これは泳いだな、おそらく服のまま。帰りはどうするつもりだろうか。

 誰もいないビーチに若い女性が嬌声を上げながら一人泳いでる姿はシュールを通り越して不気味だろう。想像に思わず苦笑いを浮かべた。

「何してたんだ?」

『海と言えば、泳ぐしかないでしょ』

 念のため訊いたが、予想は覆らなかった。

 今は落ち着き何処かに腰を下ろしたようだ。

 この広いビーチの中、カンナが何処にいるかはわからない。それでも、今この瞬間、カンナがすぐ隣にいる気がした。もちろん何も見えない。電話の向こう以外からは波の音しか聞こえない。それでも五感では説明できない感覚でカンナの存在を感じていた。

 そして、それは視覚になっても現れた。

 砂の地面に三角と一本の線分、いわゆる相合傘が描かれ、片方にカンナと書かれていた。これを書いたのはカンナ以外にはあり得ない。案外おとめチックな所もあるんだな。しかし、相合傘なんて、描いても小学生までじゃないだろうか。

 カンナの名前の隣に自分の名前を書いた。

 電話の向こうで息をのむ音が聴こえた。

『君、そこにいるの?』

 そこ、が何処を指しているのか、それは此処だと僕は分かった。

「いるよ、ここに」

『私達、付き合うことになったんだよね?』

「そう。晴れて恋人」

『えへへ、改めてよろしくお願いします』

「うん、よろしく。……でも、このままじゃ――」

『わかってる』強い言葉に遮られる『今のこの状況が、色んな不安や困難がお互いにあると思う。だけど言葉にしたら、考えなくちゃいけなくなる、言葉にしたら、本当になっちゃうから、だから今は何も言わないで』

 ああ、自分だけではなかった。

 カンナも十分悩み苦しんでいたのだろう。それを自分だけが苦しんでいるなど、なんと浅はかな考えだっただろう。

 思えば彼女のハイテンションは無理して保っていたのかもしれない。今を十分に楽しむために。

 それでも僕は耐えられず言葉を吐く。

「会いたいよ」

『ダメだよ言ったら……』

「I miss you」

『英語でもだめ』

 会いたい、だけど、会えない。

 今この瞬間、世界が同じならは物理的距離は零に等しいはずなのに、どうして僕等はこんなにも離れているのか。世界の力ってやつがあるなら自分をカンナの世界に飛ばして欲しい。たとえその世界に自分が存在した証拠が一切なくてもいい。今のこの世界の全てを捨ててもいいから彼女に会いたかった。

『ねえ、久しぶりにさゲームしない?』

 湿っぽい雰囲気を乾かすようにカンナが努めて明るくそう言った。

「ゲーム?」

『パラレルだよ。私達の出会いの場所じゃない』

「久々だなあ」

 最近はさっぱり御無沙汰だった。学校がある時はあんなに毎日やっていたのに、夏休みに入ったとたんにやらなくなった。いや、カンナと出会ってからだろうか。

『勝負だ!』

「受けて立とう」

 通話をしたままゲームアプリを起動した。

 なつかしいBGMが流れ出す。今でもカンナに勝てるだろうか。昔取ったなんとやらに賭けるしかない。

 勝負する前に機体のチェック。今どんな装備を積んでいたかを確認する。

『やっぱ初心に戻るのは大切だね。……あれ、協力プレイ? こんなの、以前あったっけ?』

 機体チェックを終え、対戦メニューに目を移す。そこにはカンナの言うとおりに協力プレイの項目があった。

「いや、初めて見た」

 その項目を選択する。

 すると、現在協力できるプレイヤー一覧が表示された。その一番上に『フェアレディ』があった。それを、選択する。

『あれ? そっちでなんかした?』

「うん、誘った」

 やがて承認されたとのメッセージが表示された。

『どんなものか、やってみますか』

「うむ」

 今までソロで楽しんでいたゲームが二人でできる。少し心躍らせながら持つ。が、ロードが長い二分、ないし三分は優に過ぎただろう。

 遅い、僕と同じその呟きが向こうからも聞こえてきた。

 新機能だから、まだ色々と問題があるのだろうか。もしくは僕とカンナの状況に問題がある。後者の確率の方が高そうだ。向こうとつなげるのは、さすがに時間がかかるのかな。

 あまりにも長いロードにこれは無理かと、諦めかけてゲームから目を離した。

 しかし次の瞬間BGMが変わった。

 ロードが終わったのだ。

 僕等は同時に感嘆の声を漏らした。

「お、終わった」

「あ、終わったね」


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