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miss  作者: 榛名凛歩
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数日後。

『行列のできるラーメン屋に行こう!』

 開口一番、彼女はそう言った。

 いきなりの誘いに僕は困惑した。

『世界の力を知るために!』

 台詞じみたハイテンションな口調で彼女は言った。いまどきの少年漫画でもそんな、あからさまな台詞は言わないだろう。 

 世界の力とは、あのことだろう。映画館の席において、僕とカンナの隣には誰も座らなかった。確かに誰かが買ったのだ。しかし、それぞれの世界において隣にはだれもいない。それをラーメン屋で試すというわけか。

「オーケー。お供しましょう勇者様」

 


 待ち合わせのコンビニ前に着いた。

 ちょうど彼女も着いたらしく、彼女から着信があった。

『着いてる?』

「着いてるよ。本当に並ぶの?」

 此処からでも既に長蛇の列が見える。三十人は優に超える列。既に結構空腹な状態なので、今から一時間ないし二時間並ぶと考えたら鬱になった。

「並ぶの。ちゃんと同じ位置に並ばないとだめだよ」

「はいはい」

 通話しながらラーメン屋の行列へと向かう。

 もちろん、周りにカンナらしき人物は見当たらない。だけど、こんな状況にも慣れつつあった。

『並んだ?』

「並んだよ」

『前に並んでる人は?』

「大学生っぽいカップル。男の方は白いパーカー」

『彼女の方はキャップ帽を被ってる?』

「そうそう。今ちょうど後ろに人が来た。またカップルっぽい」

『よしよし、同じ位置に並んだようだね』

 こんな会話を周りに聴かれたらどう思われるだろうか。それに今はハンズフリーで話している。カンナとの会話ではどうしても長時間の通話になるので購入したのだ。

 ハンズフリーも結構認知されるようになってきただろう。少なくとも一人で喋ってる変な奴とは思われないはずだ。

「一人でこの行列を並ぶのはきついなあ」

『ひ、一人じゃないでしょ』

 照れた口調がどこか可愛かった。

「そうだな、一応こっちもカップルかな」

『……』

 案外早く順番が回ってきた。早く、といっても並んでいた時間は一時間と少々長い。しかし会話相手がいると時間は直ぐ過ぎ去っていった。くだらない世間話から、カンナが勉強したという量子力学の話まで。

 時折、通りかかる人の特徴や、車種を言い合ったりして、お互いが今そこに居るということを確認し合った。

 当初のように相手のことを疑っているわけではない。安心が欲しいだけ。また、そうすることによって深まっていく何かがあった。

『じゃあ、また後でね。ちゃんと色々と覚えておいてね。席の場所とか隣の人とか』

「わかった、わかった」

 一旦電話を切り店内に入る。

「お好きなカウンター席へどうぞ」と案内される。

 店内はカウンター席のみのこじんまりとしていた。

 会話はほとんどなく、面をすする音だけが響く。行列ができるぐらいだからチャラチャラした店かと予想していたが、案外硬派らしい。

 空いている席は並んで二席。ちょうどいい、見せて貰おうじゃないか、世界の力というやつを。

 僕は空いている席の右側を選んで座った。壁から五番目。隣は席ほど前に並んでいたカップルの女性の方。

 空席を開けて、座ってるのは壮年の男性。メガネをかけ、フォーマルな服装。なんとなくラーメン屋にはマッチしていない出で立ちだ。

 向こうも同じ状況と仮定しよう。世界の力が働いているならば、カンナは無意識にもう一つの席――現在空いている方、を選んだはずだ。もし同じ席に座っているなら、同じ空間にいるわけで、それでは矛盾する。いや、矛盾も何もないのだが、僕とカンナは違う世界に居る、それでも、互いの世界に関わり合っていると、その証明が欲しい。

 ラーメンが運ばれてきた。見たところ普通のとんこつラーメン。早速一口食べてみる。

 おいしい、おいしいが、それ以上に形容する言葉は持ち合わせていなかった。おそらく美食家の人達の舌では普通のラーメンとは違うなにをか感じることができるのだろう。

 さて、今隣の席にはカンナがいるとする。力というものがあるならば、カンナがいる間は誰も座らないはずである。僕はなるべくゆっくり麺をすすり、店内を観察した。

 今現在も僕の隣は開いたままだ。何故誰も案内されてこない? あんなに並んでいては少しでも早く回転させた方がいいではないか。たとえ、今一番で並んでいるのがカップルで、二人並んで座りたいということでも、一人の客を先に入れてもいいものだが。

 客の回転は案外に早い。純粋にラーメンだけを食べるだけで、食べ終わったら客たちはそのまますぐに店を後にする。決してだらだらとい残ったりしない。

 入れ替わり立ち替わり、店内を客が行き来するが、誰も個の隣の空席には座らない。一人の客が来ても、ちょうど一人分の席が他に空き、そこに座ってしまう。

 やはり本当に力が働いているのか。

 しかし、とうとう隣の席に客が座った。やはり映画館でのできごともただの偶然か。そう思った時、ポケットの携帯が震えた。着信はカンナから。

 急いで残りの面を食べ支払いを済ませる。

「もしもし。今は外?」

『そうだよ』

「席を立ったのは今さっき?」

『うん』

「なるほど……」

『なに? 一人で納得してないで説明してよ』

 そして、僕等は実験の結果を話しあった。ラーメンの味には一切触れず。

 カンナが座ったのは僕の隣、すなわち二つ空いていた席の左側、壁から四番目。左右にいた客は同じ。そしてカンナの場合、店を出るまで隣には誰も座らなかった。僕の場合カンナが店を出た時刻とほぼ同じ時に客が空いていた席に座った。 

『やっぱり、世界の力が働いているんだよ!』

「確かに……」

 結果からすると、世界の力、確かにそんな見えない力が働いているのかもしれない。

 しかし、偶然と言われればそれまで。決定的な証拠は何処にもない。

『こっちの世界にも君はいるし、そっちの世界にも私はいるんだよ。たとえ、見えないとしても』

「うん、確かにいるよ」

 今日の結果に、カンナは満足のようだ。

 だけど、僕は素直に喜べかなった。見えない、会えないというのは喜ばしいことではない。相手の存在が違う世界に居る、ようやくその事実を認め、だけど互いの存在は確かにそれぞれの世界に影響し合っている。違う世界にいても存在を感じられる、それは確かに嬉しい。

『ねえ、次はどこに行く?』

「次?」

『そう、まだ、色々と試してみようよ、世界の力を』

「うん、いいよ」

 世界の力、どこまでその力が働くのかは確かに興味があった。ただ、それよりカンナと一緒に居たかった。例え声だけの繋がりだとしても。

 だけどやっぱり悲しいな、好きな人に会えないというのは。


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