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miss  作者: 榛名凛歩
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『もうすぐ、夏休みだね』

 彼女からの連絡は唐突だった。

 着信があったとたん希薄だった彼女の存在が急に鮮明さを増した。迷ったのは一瞬で二コールもならないうちに通話ボタンを押し、第一声がそれだった。

「そうだな」

 それ以上に返す言葉が見つからなかった。

『そういえば、久しぶりだね』

「……そうだな」

『なんか、元気ない?』

 お前のせいだ、とストレートには言えなかった。しかし、再び彼女を聴けて嬉しいと感じている自分も確かにいた。

「少し前に奇妙なことがあったからな」

『……私も、あんなことがあって……、騙されたと思って忘れようと思った。だけど頭から離れなかった。パラレルも君の電話番号も消そうと思ったけど出来なかった。そして、こんなもやもやした気持ちを抱えてるぐらいなら行動しようと思った』

「行動?」

 彼女も自分と同じような思いをしていたのだと知って安心した。

『そう、そこでもうすぐ夏休みなわけで、時間がたっぷりあるわけだから、もう一度会ってくれない?』

「まだ出会ってないけどな」

『……出会えるまで、会ってくれない?』

 指摘すると次は不貞腐れたような声音で言った。

 彼女の提案に僕は二返事でオーケーした。



 集合場所はまたも駅の西口。僕は律儀に十分前にその場にいた。

 集合時間から二分過ぎて、フェアレディからの着信があった。

『着いたよー』

「遅刻だぞ」

『ごめんごめん。……そう言ってそっちも実は着いてないんでしょ』

「……煙草をふかしているサラリーマンのネクタイは派手な赤色」

 一拍置いて、

『……お待たせいたしました』

 殊勝な彼女の返事が返ってきた。

 周りを見回しても、やはりフェアレディらしき人物は見当たらない。

 自分自身は確かに此処にいる。彼女も確かに存在しているのに。互いの存在だけを認めることができない。

「で、この後は、どうするの?」

『その前にさ、自己紹介しない? 今更だけど、お互いハンドルネームしかしらないでしょ』

「そいや、そうだね」

『本田カンナ、よろしく』

「東ショウ、本田なのにZか」

『え? なんだって』

「いや、なんでもない」



 少し薄暗い店内には平日にも関わらず多くの人がいた、その多くが現在夏休みの小中高校生、そして大学生だろう。

 若い声が響く中、一人で立ち尽くしているのは何とも居心地が悪い。

「何故、映画館?」

 じゃあ、映画館集合と言い残し一方的に電話を切ったカンナ。すぐさまかけ直しても出る気配がなく、渋々映画館へと向かった。そしてようやく電話が通じた。

『いやあ、ちょうど見たい映画あったんだよね。ちょっとスピーカーにして』

 納得がいかないながら、言われたとおりにした。

『ふむ、ちゃんと映画館にいるようだね』

 周りの音を拾って判断したのだろう。

「疑うなよ」



 見る映画はカンナが決めた。

 今話題のアニメ映画だ。CMでもバンバン流れている。大人から子供まで楽しめるらしい、が僕の好みではなさそうだった。大団円ではなく、何処か救われない物語が好きなのだ。カンナにそう言ったら「ひねくれてる」なんて苦言を呈された。

『じゃあ私はI-7取るから』

「じゃあその隣のI-8で」

 三十分後に始まる映画のチケットを自動券売機で買っていた。僕が席をとると同時に、ディスプレイ上でカンナの席が灰色になり、既に購入されたことを示していた。

『ねえ、ちゃんとI-8買った? 売れ切れになってるけど」

「そっちこそ、買えた? I-7も売り切れてるよ」

 僕の手には今しがた発見された、映画のタイトルと『大学生』と書かれたチケットがある。

『……』

「……」

 もしかして、と僕等は同時に思ったかもしれない。微かなところで世界は繋がっていると。

『十四時半、上映開始だよね』

「うん」

『スクリーン10だよね?』

「そうだよ」

『大学生で買った?』

「……そうだよ」

 それは関係ないだろう。と、思わず突っ込むところだったが、カンナも混乱しているのだろう。そう察して何も言わずにおいた。  

「そこまで言うならメールで――」

 写真を送ろうか?

 そう言おうとして気づいた。というよりも、何故気付かなかった。メールでなら写真も遅れるではないか。先ほどカンナは音で僕が映画館に居ると判断していたが、メールで当たりの写真でもなんでも送れば済む話だ。自分の姿も、彼女の姿も、互いに分かるではないか。

『え? メールで何?』

「そこまで言うなら写真送り合おうよ……チケットの」

 さすがにカンナ自信の初写真を送ってくれとは言えなかった。自分の写真を送るのも抵抗があるし。

『そ、そっか、その手がったか!』

 そう言い残して、電話は突然切れた。

 チケットの写真を撮っているのだろうか。今の流れからしてそうだろう。

 そういうことにして、僕もチケットの写真を撮った。そしてメールに添付してカンナに送った。

 送信が完了したと同時にタイミングよくメールを受信した。タイトルも本文もないそのメールを開く。が、そこには、モザイクをかけたように乱れた画像で、それからは何の判別も出来なかった。

 落胆と同時に着信。

『どう、届いた?』

 暗い口調、それだけで向こうの結果も予想できた。

「届いたは、届いたよ」

『……そっちも?』

 向こうも僕の口調で芳しくない結果と知ったのだろう。

「そう、訳のわからないモザイク画像」

『はあ、文章はよくて、通話もよくても、画像はだめなのかな』

「恐らくそうらしいね」

 結局、僕等が求めている確実なものは何一つ手に入らない。何でもいい、決定的な何かが欲しかった。



 開場のアナウンスがなされ、僕はスクリーンに入った。

「じゃあ……」

『うん、後で』

 スクリーン内では通話できない。

 一緒に映画を見に来て、隣の席のチケットを買ったというのに『後で』なんて台詞はなんともおかしい。この状況だからこそ当てはまるだろう。

 間もなく上映時間。スクリーンには溢れんばかりの人が埋めつくされている。暗くなる前に周りを見回したが、全部の席が埋まっているのではないだろうか。僕の隣を除いて。

 そう、僕の隣の席――カンナが購入した席には誰も座っていない。僕がチケットを購入したと同時に売れたこの席。カンナか、他の誰かか、どちらが購入したかは僕にはわからないけど。そのどちらも現れない。

 見えない力に守られているかのようにその席はぽっかりと空いていた。

 カンナの存在が、その空白によって感じられた。

 確かにそこに彼女はいるのだと、感じられた。それは、周りの席がすべて埋まっているからかもしれない。

 もしかしたら向こうも……。

 今すぐ電話したい衝動に駆られたが、映画が終わるまでなんとか我慢した。

 内容はあまり頭に入ってこなかった。

 スクリーンに映し出される物語より、より不可思議な状況に居るせいだろうか。



 ようやく映画が終わり、エンドロールが流れる。

 しかし周りの人々は誰も立ち上がらずエンドロールに見入っている。そんな中一人だけ立ち上がるのは、なんだか恥ずかしかったので、浮かしかけた腰を一旦下ろした。

 その直後着信があった。もちろんカンナから。周りの視線を気にしながらもスクリーンをでた。

「もしもし?」

『早く出てよ!』

 二重コールぐらいは待たせただろうか。

「あの雰囲気じゃ出られないでしょ。ちょうど真ん中らへんの席だったし」

「そんなの気にしない。それより、君の席だけ、人がいなかった』

「うん、こっちも」

 やはり、向こうも同じ現象が起きたらしい。

『どういうこと?』

「わかんないよ」

 あーでもない、こーでもない、仮定の話が繰り広げられた。そこには映画の内容など一切なかった。

「結局、これはパラレルワールド? ってことかな。君がいる世界と、私がいる世界、君がいない世界と、私がいない世界、それが重なった……?』

「エヴェレットか……」

 エヴェレットの多世界解釈。よくわからないが量子力学の解釈のひとつらしい。

『え? エレベーター?』

「なんでもない」

『兎に角、すごいことだよね、これ。ノーベル賞とかもらえるんじゃない?』

 そう言って笑う彼女の声はどこか乾いていた。

「頭悪そうな台詞だなあ。小説の賞とか直木賞しか知らないでしょ?」

「なっ、知ってるよ! 芥川賞とか……』

「とか?」

『うるさい!』

 かくいう僕もその二つしかしらないのだが。

 機嫌を直した彼女は次に空腹を訴えた。

 映画館に隣接しているショッピングモールのフードコートに立ち寄り軽い食事をした。その間ずっと片手は携帯電話を握っており、彼女と会話をしていた。会話の内容はほとんど他愛ない世間話で、世界の謎など頭の片隅に追いやられていた。


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