異世界トリップしたら辺り一面荒野だし、はじめて出会ったのはとんでもなく巨大なオーガなんだが?
俺は今とあるビルの屋上の端に立っていた。
事の起こりはネットのある噂だった。
今、ネット上で密かに囁かれちょっとしたブームになっている噂がある。
とあるビルから飛び降りると異世界に行けるというのだ。
異世界に行った人間がネットに書き込めるはずもない。
何の根拠もないのに実際にそのビルから飛び降りるものが後を絶たず、数週間に一度は自殺者がでていた。
まだこの噂を報道するような事態にはなっておらず、マスコミでは呪いのビルと呼ばれている。
俺もそんな噂に惹かれた者の一人だ。
高校を中退してから十三年間も引きこもってきた。
もちろんそんな俺に、彼女がいたことなどあろうはずもなく無事に三十歳を向かえた。
はれて魔法使いになれたというわけだ。
もちろん実際に魔法が使えるようになったわけではない。
だがこれで異世界に行く準備は整った。
引きこもっている間に、俺はネットで小説を読むことに傾倒するようになっていた。
その世界では俺と同じような境遇の人々が、異世界に行き神様にチートを貰ってハーレムを築き上げていた。
もちろんそんな、ただの小説の状況が自分にも訪れると勘違いしたわけではない。
どうにもならない今の現状からの逃避にすぎない。
そんなときに見つけたのが、先ほどの噂だったというわけだ。
別にそこまで信じているわけではなかった。
これまでに飛び降りた人々も信じていなかっただろう。
ただ、死ぬきっかけがほしかっただけなのだ。
俺もそうだ。
ただ死ぬよりは、異世界に行けると噂のビルから飛び降りるほうがマシだ。
だが、俺はここにきて怖気づいてしまった。
かれこれ数時間はここに立ったままだ。
引きこもっていれば親が死ぬまでは現状を維持できる。
親が死んでからでも遅くはないんじゃないか。
いや、親が死んでからどうやって生きていくのだ。
堂々巡りだ。
そんなとき強い風が俺に吹きつけ、体は宙を舞っていた。
自分で死ぬことも決められず風によって死んでいくのか。
事故だが、報道では自殺とされるのだろうな。
まぁ怖気づいたとはいえ、もともと死ぬ気だったのだ。
かまわないさ。
落下し続ける体が急にふわりと浮いた。
そして光に包まれる。
これは!
異世界トリップは本当だったのだ。
どこからか声が聞こえてきた。
「ふむまたか」
その声はどこか億劫そうにしていた。
「あなたは?」
とりあえず声に反応し確認してみる。
「ワシのことなどどうでもいいじゃろう」
俺に興味がないのかそっけない態度だった。
「異世界トリップとかいったか。お前もそのためにあのビルから飛び降りたんじゃろう?」
来た!
やはりこれは確定だ。
「はい。その通りです」
「よしでは行ってこい」
おい! チートはどうなってるんだ。
このまま行ったってすぐに死んじまう。
「あの……」
それだけでこの声の主は俺の言いたいことがわかったようだ。
「ああチートってやつじゃな。わかっておる。そなたは不老不死じゃ。これでどんなことがあっても死ぬことはない。」
不老不死! これは結構いいチートじゃないか? 異世界でやりたい放題できそうだ。
「ありがとうございます」
その俺の言葉には何の反応も返ってこなかった。
あっさりしたものだ。
まあ、チートを貰い異世界にいけるのだ。
もうあの声に用はない。
俺はまどろむように気を失った。
気がつくと辺り一面何もない荒野だった。
おいおい。
トリップさせるならもっとマシな所を選んでくれよ。
これじゃどっちにいけばいいかわからない。
とりあえず適当に進むか。
あれからどれくらい歩いたのかわからない。
進んでも進んでも目の前の景色はかわらず、ずっと荒野だった。
十三年間も運動をしていなかった体には負担がきつい。
普通、運動能力の上昇とかあるだろ。
引きこもりの体のままトリップとは、これから先が思いやられる。
ん? なにか前方に見える気がする。
遠くてはっきりとはわからないが、建物のようだ。
やっとか。
疲れ果てた体に鞭打って走る。
だんだんとはっきりと見えだしたその建物はとてつもなく豪華だ。
だが、その建物はイメージしていたようなヨーロッパ建築ではなかった。
どちらかといえば日本建築というか中国建築というか、あんな感じだ。
門をくぐり建物のなかに入る。
「すいません。誰かいませんか?」
辺りはしんと静まり返り人の気配はしない。
長い廊下の先に大きな扉が見えた。
ここまで酷使した体は悲鳴をあげていたが、なんとか辿り着き扉を開ける。
なかにいたのはオーガだった。
俺は結構ファンタジーに詳しい。
赤黒い肌に頭から大きく突き出た角。
さらに牙まで生えている。
間違いなくオーガだった。
序盤からオーガとはついていない。
定番ならゴブリンとかコボルトだろう?
異世界トリップして、現代日本に生きていた人間でもあっさり倒せちゃうような怪物だ。
そういったのを期待していたのに、いきなりオーガとかハードルが高すぎる。
まだこちらには気がついていないが、このままでは殺される。
ああ、これは死んだわ。
俺のハーレムが……
いや、俺は死なないんだった。
ん?逆にこれは大変じゃないか?
死なないせいで、ひたすら痛めつけられるとか?
死なないまま食われて、オーガの腹の中でいきるとか?
それじゃ死なないんじゃなくて、死ねないじゃないか!
やばい逃げなければ……
そろりそろりとオーガから目線を離さずあとずさりを始める。
ガンっと大きな音が響いた。
オーガに気を取られていたため扉にぶつかってしまったのだ。
オーガがその音で俺に気付いた。
立ち上がり俺に近づいてくるオーガ。
でかい。
とんでもなくでかい。
身長は俺の倍以上だろう。
四メートルはありそうだった。
なりふりかまわず走って逃げようと一歩踏み出そうとしたとき
「よくきたな」
オーガの口から流暢な日本語が聞こえてきた。
これはどうやら助かったようだ。
日本語を話す理性的なオーガだったんだ。
よく見ればオーガは小奇麗な服を着ている。
初めて見るでかい化け物に焦って、そんなところまで気が回らなかった。
「ちょっと待っておれ」
オーガはそういうと、これまたとんでもなくでかい机に向かい、何かを手に取り読み始めた。
「なになに。十三年間引きこもり、最後はビルからの投身自殺と」
どうしてかはわからないが俺のことを知っているようだ。
ここはまだ異世界ではなく、これから異世界先に飛ばされるのだろうか?
それにしてもこのオーガはいったい……
「あなたは一体誰なんですか」
「俺か?俺は閻魔だ」
閻魔……じゃあ、ここは……
こんなことを望んでいたわけじゃない。
「騙されたんだ。生き返らせてくれ」
そうだあのネットのやつらと、そして俺をここに送ったあの声が悪いんだ。
「ああ、神にチートを貰って異世界トリップとかいうやつか。前回来たやつがお前と同じように騒ぎたてておったわ。よく考えてみろ。お前の人生において何か神に選ばれるようなことをしたことがあるのか。もし神が本当にそんなものを与えるとして、お前が選ばれると思うのか?」
「だけど俺だって好き好んで引きこもっていたわけじゃない」
そうだあれだって学校のやつらが俺を虐めさえしなければ今頃普通に生きていたはずだ。
「それは本当にそうだといえるか? なにもしなくても生きて行ける。それに甘えていたんじゃないのか? とにかくお前が向かう場所はもう決まっておる。話は終わりだ」