ふわり
人生の中で最も長く見つめ続けていた駅。
いつも彼女と待ち合わせていた駅。
最初に会うのはこの駅で、
別れるのもこの駅。
彼女との世界の入り口と出口。
この階段で別れた時に、彼女は別の世界に行き、
僕は元の世界に戻る。
彼女はなんとなく家に寄りついてしまった猫みたいな
感じだった。勝手に寄ってきて、いっぱい甘えて、
コロンとどこかに消えて行ってしまう。
そしてある時、ふわっとどこかに消えたまま、
もう戻らなくなってしまった。
彼女がここにいたという体温だけを残して。
この駅も、今年で建て替えられようとしている。
「君の居場所と思い出を、今、全力で消しにかかってるから。」
とでも神様は言いたいのだろうか。
彼女と僕をつなぐ僅かな思い出も、
地中深くに埋められてしまう。
見送る時、またねと言った後、もう一度だけ振り返る。
僕もそれを分かっているので、
お別れを言った後、僕はここで待ってるよという気持ちの
表れでもあったように思う。
あのふわりとした数秒が、僕の心をすごく温めていたのだと思う。
今はもう僕を待つ人はおらず、
僕が誰かを待つ事もない。
駅は単なる通過点となり、新しい建物が古い思い出を駆逐してゆく。
思い出の維持を破棄するかのように。