24時間
「誰しもに与えられた1日の時間が、“24時間”以上は存在しないと言うのは間違いだと思ってしまう。
時間の早さが、毎日毎日全て同じ感覚だなんてあるはずがない。それは苦痛な時程長く感じ、楽しさを思えば早く過ぎ去ってしまう。
それなのに、これでも“24時間”という区切りにはめ込まなければならないのかと思うと納得がいかないんだ」
そんなことを、かつて誰かが言っていたような気がする。
杉本薫は眉をひそめて、もやのかかった記憶の奥をさぐり始めた。
思えば随分と正論なようで自由奔放な理屈だ。
こんな言い回しをする奴は、薫の中ではたった1人しか存在しない。
“井上孝一郎”それが彼の名前だったと思う。
薫とは大学で知り合った、人生の中で4年というちょっとした期間で関わりを持った人物だった。
それでも彼の名前をきちんと覚えていたのは、おそらく薫にとって井上孝一郎という存在が一風変わったものだったからに違いない。井上孝一郎は第一印象からすれば、一般的ないわゆる“今どき”の男子学生だった。
外見もさほど気取ってるインテリ派でもない。
だからこそ、口を開いた時のその理屈っぷりに周りは驚きを隠せなかった少なくないと聞いていた。
そんな孝一郎が生み出した数々の言葉の中で、何故か薫の中からいつまでも消え去らずにいるのが、この“1日24時間”理論だった。
比較的、時間というものを自由にゆったりと使いこなすことの出来ている大学生の中で、孝一郎だけはいつもそんなことを考えていたらしい。
「考えすぎだよ」
「大げさだなぁ、孝一郎は」
と、当時の孝一郎の言葉に返されていた言葉は、悠長なものばかりだった。
もちろん、薫の言葉も同じ類だったのに…。
変な話だわ、薫はふっと嘲笑した。
それはかつての孝一郎にではなく、かつての自分に向けての嘲笑だった。
もしかしたら、孝一郎はあの時点でもう気付いていたのかもしれない。
“時間”という目に見えないものの、時に感じさせる残酷さを。
そして今、それを身を持ってひしひしと感じ取っている自分を薫は皮肉だと思わざるをえなかった。
「杉本さん、何してるの。その仕事は今日の定刻が納期なんだから、ボーッとしてないで急いで頂戴」
斜め向かいからかけられたその言葉に、薫はようやく我に返り、
「す、すみません。只今」
と、また慣れないPC業務に没頭し始めた。
あんたの言うとおりだわ、孝一郎。
これだけ切羽詰まった時間が、誰しも同じ“24時間”だなんて…納得がいかないわよ。本当にね。
そんなことを心の中でボヤきながら。
End.