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ある奴隷の日常  作者: 氷霧
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4. 買い物

「買い物と申されましても、何を買いに?」

「服も履き物も持ってないのだろう。俺は知らないが、化粧品なんかもいるのではないのか?」

「わたくしも詳しいわけではございませんが、普通奴隷の衣服は古着を適当に手直しして与えるのではないかと。化粧は元々舞踏会の時くらいしかいたしませんでしたし、そもそも奴隷に化粧品など聞いた事もございませんわ」

「身近をうろうろするものがみすぼらしい恰好だと俺が不快なんだよ。いいからつべこべ言わずついてこい」

「そうおっしゃられるのであれば参りますが・・・。そう言えば、馬車は呼ばれたのですか?」

「いや、そう遠くないから歩いていく。靴はこれでいいだろう」


と言いながら、女物の靴を1足持ってきた。仮にも貴族が馬車を使わずに買い物に行くのは珍しい。そもそも、貴族の服は仕立て屋を呼ぶのが一般的なので、店の位置を知らないことも少なくない。恐らくは生まれながらの貴族では無いのであろうが、奴隷の扱いと言いかなり変わっていることは間違いなさそうである。

(今のところは悪い方向に変わっているわけでは無いから良いのだけれど・・・)

何を考えているのかわからないというのは恐怖ではあるが、考えても仕方の無いこともまた事実。とりあえず不安を横において、与えられた靴を履くと、主人の後を追った。靴はやや大きめだったが柔らかく、やはり奴隷に与えるようなものでは無いとフィエナは思った。




自分の足で外を歩いた経験のあまり無いフィエナが少し歩き疲れたかな、と感じた頃、一軒の店の前で主人の足が止まった。振り返りフィエナが顔を真っ赤にしていることに気づくと


「ここだ・・・どうした?深層の姫君にはきつかったか?」


と聞いてきた。


「・・・いえ」


呼び方に異議を唱える気力もなく、答える。

(下着をつけずに往来を歩くのがこんなに恥ずかしいなんて・・・)

服の裾は決して短くは無いが、風は無いとは言えず、捲れてしまわないかどうか気が気ではない。春になったばかりの気持ちの良い日和であり、こんな事情さえ無ければ街並みを見ながら歩けたのにと思うと恨めしい。改めて今の自分の立場に悲しくなりつつ、店に入ってしまった主人を慌てて追った。


「あの・・・本当にこちらで買われるおつもりですか?」

「他に店を知らん」

「ですが、こちらは貴族用の店では?」

「そうだな」


そこに飾られている布や衣服は、フィエナが御用達にしていた仕立て屋の商品ほど豪華ではないものの、絹やレースがふんだんに使われ、どうみても奴隷が着るような服では無い。固まっているフィエナを余所に主人は、


「貴族の娘も城に侍女として上がることもあるんだ。家事のできる服くらいあるだろう。それにこの店は裕福な庶民用の服も置いてあったはずだ」


などと言いつつ、出迎えにきた店員の元に行ってしまった。どう動いて良いのかわからず佇んでいると、主人と話していた二人の女性店員が寄ってきた。


「ご用件は承りましたわ。ささ、こちらへ」


と言いつつ、店の奥に手をひいて連れて行かれる。何かもうどうでも良くなってきて、大人しく連れられて行った。



結局、使用人の服2着、外出用2着、部屋着2着、夜着2着、下着2セット、履き物2足、その他小物に加え、簡易のドレスも1着選ばされた。着せ替え人形にされるのは慣れているが、状況もわからずあれこれ選ばされるのは精神衛生上よろしくない。もっとも、着たことの無い服を選ぶのは楽しくないわけではなかったが。


「終わったか?まあ、悪くないな」


ぐったりしながら店の奥から出てくると、主人が声をかけてきた。ちなみに今の服装は外出用の服の内1着だ。淡い緑の袖の短い上着に、同系色の膝より少し短いスカート。腰に濃い色のベルトを巻き、肩から桃色のストールを、膝下から足首まで細い毛で粗く編んだものをつけている。貴族の着るドレスはほとんど足を露出しないので、着なれないフィエナは正直落ち着かない。しかし、これ以外に購入した服は仕立てが必要ですぐ着られるものはこれしかなかったので、選択の余地は無かった。


「あ、ありがとうございます」


容姿に対する賞賛など聞き飽きるほど聞いてきた身ではあるが、しなれない装いでは勝手が違う。


「ですが、奴隷にこのように多くの着物を与えずとも・・・」

「お前の着てきた服に比べれば気にするほどのものではないだろう。それに、お前の値段に比べれば誤差の様なものだ。俺の目を楽しませるのも仕事の内だと思って着るものは選べ」

「はい・・・」


公爵家には夜伽を目的とした奴隷はいなかったのでわからないが、そういうものなのだろうか。主人に買われてから、自分の常識に反することが多すぎて自信が無くなってきている。

(考えても仕方の無いことよね)

非常識であっても、自分はこの主人に買われてしまったのだ。慣れるしかないのだろう。そう諦めつつ、帰路に就いた。


「残りの品は後日お届けいたします」


と言った店の主が、主人と目配せをしていたことに嫌な予感を覚えながら・・・。




着せ替え人形になっている間に馬車を呼んでいたらしく、店を出ると既に馬車が止まっていた。日はすでに傾いており、夕方と言っても良いころ合いだ。主人に続いて乗り込むと、中に肩幅ほどの大きさの箱が二つ、既に馬車に乗せられていた。


「ご主人様、こちらは?」


と尋ねると、


「近くの店で料理を作ってもらった。今日から料理をしろといても無理だろう」


との返事。もっともだと納得しながら、これから自分が料理と家事を覚えるという事実にあまり現実感を感じられなかった。家に意識を飛ばしたことで思い出したことがある。


「申し訳ございません。ところで、お屋敷で私が休ませていただいた部屋なのですが、別の部屋とお間違えではないでしょうか。あまりに分不相応かと」

「おまえもいちいち細かいことを気にする奴だな。あそこで良いんだよ。他に部屋が無い。俺があの部屋で寝ることもあるだろうしな」


最後の一言の意味を理解して気が沈んだが、何とか


「あまり細かいとは思えませんが・・・ご主人様がそうおっしゃるのでしたら使わせていただきます」


と返すことができた。昨日は疲れていたからか身体を求められることは無かったが、今夜はそうは行かないだろう。行方不明の婚約者の顔を思い浮かべて流れそうになる涙を堪えている内に、馬車は家にたどり着いた。

「日常」になかなか辿り着けません・・・

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