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ある奴隷の日常  作者: 氷霧
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2. 主人

「朝だぞ。起きろ」


聞き慣れない声に驚いて目をあけると、白い天井が目に入った。ここ数日見てきた檻が無いことにやや戸惑い周りを見渡すと、小奇麗な部屋と、その入り口からこちらを見る黒ずくめの目付きの悪い男が見える。


「あ・・・わたくしあのまま・・・」

「着替えもせずに寝たらしいな。汚れた寝具は自分で洗えよ」

「申し訳ございません」


粗末で汚れた奴隷用の服、それも布をを節約するために露出が多めのもの、のまま寝ているところを見られた恥ずかしさに顔を赤らめながら謝る。


「さてどうする?飲み物は持って来てやった。飲んだら食事にするか?それとも風呂が先がいいか?」


目覚めたときには気付かなかったが、あらためて見ると男は手に果汁らしきものを持っていた。これではどちらが主人かわからない。差し出された果汁を飲むと、柑橘系の少し酸味のある味がした。


「申し訳ございません・・・あの、先に体を拭かせていただいてよろしいでしょうか」


オークションの際にあられもない姿を見られているとはいえ、薄汚れた姿を晒し続けることには抵抗があった。


「ならば浴室へ行け。場所は昨日言った通り一番奥の右側だ。タオルは浴室にある。着替えは持っていってやる」

「いえ、あの・・・」

「何だ?」

「わたくしが浴室を使わせていただいてもよろしいのでしょうか」

「良いと言っている。湯や布を用意する方が面倒くさい」


立場をわきまえて遠慮してみたが冷たくあしらわれたため、すごすごと引き下がる。男は着替を取りに行ってしまったので、フィエナは部屋を出て、浴室があると言われた扉を開けた。そこには裕に3人は入れそうな湯船になみなみと張られた湯が用意されており、しばらく呆然としてしまう。そもそも入浴自体が贅沢品であり、庶民は基本体を拭くか、川で洗う程度。やや裕福な層はたまに公衆浴場に行くが、家に浴室を持つのは一部の貴族か豪商のみ。それを、洗い場のみならず湯を張った湯船まで奴隷に使わせるなどあり得ることではなかった。


「何を呆けている。入り方がわからないのか?ここには侍女はいないからな。自分で適当にしろ」


扉の前で固まっていたら、後ろから急かされた。


「いえ、あの・・・やはり湯船は・・・」

「おまえがぐずぐず言ってるだけ食事が遅くなるんだ。いいからさっさと入れ。これが着替えだ。着方は分かるか?」


再度の遠慮もあえなく却下され、着替えを渡される。自分で着替えなどしたこともなかったが、渡されたのは頭と腕を通して腰の部分を紐で縛るだけのシンプルなタイプのものの様だ。下着が無いのが気になったが、それを言う勇気はなかった。


「わかる・・・と思います」

「そうか。なら、終わったら玄関を入って右側の部屋に来こい」


そう言い残すと、男は去ってしまった。

残されたフィエナは諦めて浴室に入った。奴隷商に与えられた服を脱ぎ、湯船に入る。久しぶりの入浴に癒されながら、一気に黒くなった湯に今の自分の今の立場を思い知らされて悲しくなった。ほっとしたら、これまでの恐怖と今後に対する不安が押し寄せてきて涙がこぼれる。

(お父様・・・お母様・・・リューナ・・・ユーティス様・・・)

今は生死も知れない愛しい人々を思いながら、声を殺して泣いた。ひとしきり泣いた後、タオルで簡単に体をこすると、湯船を出る。正直なところ一人で入浴したことなど無いため、道具の使い方はわからなかった。

タオルで水気を拭うと、苦労して服を着る。用意してくれた服は落ち着いた青色のもので、少しサイズは大きめだったが裾を引きずるというほどでもなかった。湯船で泣いたせいでかなり時間をかけてしまったはずだ。おそらく瞼は腫れているだろうが、化粧などしてごまかす暇はないだろう。そもそも、化粧の仕方もわからないのだが・・・。

(仕方ないわよね)

覚悟を決めて指定された玄関近くの部屋に向かった。




「えらく時間がかかったな・・・と、なるほどな」

「・・・申し訳ございません」

「いいから座れ」

「はい」


部屋に入るとそこは広めの食堂と、そこに繋がる台所だった。浴室があるほどの家でこういう作りは珍しい。普通はキッチンは使用人が働く場なので、主人の食堂からは見え無いようにするものなのだ。食堂自体もこの規模の家にしては狭い。普通に座れば6人、つめても8人程度しかテーブルにつけないのではなかろうか。一瞬、使用人用の食堂なのかとも思ったが、それにしては調度が豪華だし、家の主人であるはずの男が席についているのがおかしい。

色々な違和感に苛まれながら、フィエナは野菜のふんだんに入ったスープが用意されたテーブルに着いた。本来、主人と奴隷が同席するなどあってはならないことだが、どうせ遠慮しても聞いてもらえないことがわかってきたので無駄な抵抗は止めることにした。


「どうせろくな物は食べてなかったのだろう。まずは食べろ。食べながら話す」


色々なことがありすぎてあまり食欲は感じていなかったのだが、食べ物を目の前にすると空腹だったことに気づく。スプーンを手に取り目の前のスープを口に運んだ。


「美味しい・・・」

「舌が退化してるな。まあ、不味くないのなら重畳だ」

「そんな。本当に美味しいです」

「適当に野菜を突っ込んで煮ただけのスープを美味しいなどと言っては、お抱えだった料理人が泣くぞ。空腹は最高の調味料とは言うがな。そんなことより、別に話すことがあるだろう。

まずは自己紹介だな。俺はウェルス・カタクラット。魔法学院の教師をしている」

「・・・以前お目にかかったことがございますでしょうか。お名前に聞き覚えが・・・確かロジェ公国の男爵様?」

「所領を持たない一代だけの爵位だがな。俺がパラクレス聖王国に旅行に行ったときに舞踏会で挨拶したことがある。もっとも、一言二言言葉を交わした程度だったが」

「それで私の出自をご存じだったのですね。服の着方がわかるかどうか訊ねられたり・・・」

「知らなかったとしても、お前は貴族の娘にしか見えんがな。ところで、そちらは名乗ってくれないのかな?」


男が皮肉げに口角を上げながら尋ねる。


「フィエナ・パラエキアです。今更家名に意味があるとは思えませんが」

「ふーん。まあいい。パラクレスの蒼姫(あおひめ)は有名だからな。ルード皇国の黒姫と並んで美姫と名高い。もうすぐ14歳であらせられましたでしょうか。フィエナ・ウル・パラエキア殿下?」

「!?」

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