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ある奴隷の日常  作者: 氷霧
1/10

1. 売買

「800」

「900」

「950!」

「1000」

「く・・・1001」

「1100」・・・


城が買えるほどの金貨を代価に、その日、フィエナは奴隷になった。


--


「所有紋は焼印、刺青、呪印のいずれになさいますか?」


奴隷商の店員が尋ねる声が聞こえる。まだ奴隷のオークションは続いているはずだが、フィエナの買い主は会場を抜け出して裏に商品を受け取りに来たらしい。


「呪印にするつもりだ。こちらで彫るから魔術師を呼ぶ必要は無い。」


店員に答えたこの声が買い主ということになるのだろう。もっとも、使用人ということもあり得るが。

(私を買ったのは魔術師なのね。生贄にされるのかしら・・・)

商品として運ばれた数日の間に麻痺してしまった心でそんなことを考えながら、フィエナは主人となるはずの人物が現れるのを待った。

程なくして現れた買い主らしき男は、どちらかと言えば悪い意味で印象的だった。歳は分かりにくいが30前後だろうか。美醜で言えば平均的と言えなくもないが、闇に親しいとされる黒い瞳と髪はどちらかと言えば忌まれるものであったし、何より半ば閉じられた三白眼が威圧的である。加えて口角は皮肉気に片側だけ持ちあげられており、全体的に性格が悪そうな印象を与えていた。


「こちらがおまえをお買い上げくださった方だ。ご挨拶するんだ。」

「・・・フィエナと申します。」


店員の声に反射的に体に染みついていた挨拶を返してしまったことを少し後悔しながら、目つきの悪い男を見上げる。男性としてはそう身長が高いわけでは無さそうだが、左足を鎖につながれしゃがみこんでいるフィエナからは遥か上に見えた。


「フィエナ・・・ね。手続きはさっきの書類で終わっているな。すぐに連れて帰る」


前半を独り言の様に、後半を店員に向かって言いながら、男はフィエナの腕をつかんだ。


「し、しかし、呪印を彫るのに必要な魔具と媒介のご用意にしばしお時間が・・・」

「必要ない」


店員の声を遮るように言うと、男はポケットから細長い容器に入った暗赤色の液体を取り出し、フィエナの周りに円を描くように垂らした。続いてフィエナの額に指を当てると、口の中で呪文らしきものを唱え始める。30秒ほどで呪文が終わると、液体を垂らされた地面が暗赤色に光り出し、続いてその光がフィエナの首の周りに集まったかと思うと、そのまま吸い込まれた。


「これでいいだろう。さっさと確認してくれ」


少し疲れた様子で男が告げると、茫然としていた店員があわてた様子でフィエナの首に手をかざし短い単語を発する。その単語に反応するように首に現れた紋様を確認すると、店員はうなずいた。続いて足枷がはずされ、フィエナは男に手渡された。男は


「来い」


とだけ言うとフィエナの腕を掴んで引きずるように歩きだす。そのまま奴隷商の建物を出ると、呼んであったらしい馬車に乗り込み、


「行ってくれ」


とだけ告げた。




馬車の中でフィエナは困惑していた。既に深夜と言ってよい時間帯の馬車の中は明りがあっても薄暗く、唯一の同乗者である目つきの悪い男は目を閉じたまま一言も発しない。

奴隷商に捕えられ売られるまでの間、主人に絶対服従以外のことは説明されなかった。フィエナ自身は貴族の出身であり、家には奴隷もいたが、直接接したことはほとんど無い。聞きたいことは山ほどあるが、自分から話しかけて良いのかどうかも判断できないのだ。


(これからどうなるのでようか・・・生贄は苦痛なのでしょうね・・・)


奴隷商に捕まった時から覚悟したとはいえ、これからされることを思うと涙が滲んだ。買い主本人かどうかはわからないが、この男が魔術師であるのは間違いない。それも、ある程度以上の力を持った。

奴隷を買うときには何らかの方法で所有者の印をつけなければいけない規則である。手軽な焼印や刺青が使われることが多いが、所有者が裕福な場合、呪印が好まれる。呪印は魔術による刻印であり、特定の単語に反応して所有者の印を浮かび上がらせる他、直接的に所有者を害する様な行動を制限する働きもある。フィエナはこの手の魔術に詳しいわけではないが、自らも多少の魔術が使えるだけに、普通は魔術陣や特殊な薬品を用いた上で数時間かかる術であることは知っていた。それを薬品を用いたとは言え、その場で済ませてしまう技量が低いとは思えなかった。

その魔術師が大金を払って奴隷を購入する動機となると、真っ先に思いつくのは儀式魔術の生贄である。13歳のフィエナは処女であったし、容姿も自惚れで無く優れているはずだ。


「あの・・・」


沈黙と恐怖に耐えかねて声をかけると、男は薄く目を開け、先を促す。


「お聞きしてもよろしいでしょうか」

「なんだ?」

「貴方様がわたくしを買われたのでしょうか」

「そうだ」

「わたくしは儀式の生贄にされるのでしょうか?」

「金を払ってつまらないことをする趣味はない」


生贄にされるのではないとわかって、少し心が落ち着いた。見た目にもほっとしたのがわかったらしい。


「生贄よりも辛い扱いなどいくらでもあると思うがな。まあいい、説明は明日する。それまで質問は無しだ」


と言われてしまった。フィエナは再度襲ってきた恐怖に耐えながら、馬車が止まるまで沈黙を守った。




馬車が止まったのは、平屋の建物の前だった。暗くてよくわからないが、土地はそれなりに広そうであるものの、周囲の建物に比べると高さも大きさも控えめである。この家よりもフィエナの方が遥かに高額だっただろう。庭もさほど手入れがされているようには見えない。

ますます男の正体がわからなくなり混乱していると、


「何をしている。早く来い。」


と声をかけられた。いつの間にか男は馬車から降りていたらしい。鎖で繋がれていたためにもつれがちな足をおして、既に玄関の近くにいた男を慌てて追う。玄関を入ると中は真っ暗だった。

(使用人は寝ているのかしら)

不思議に思っていると、男が口なのかで呪文を唱え始めた。短い呪文が終わると、玄関とそれに続く廊下が淡い光で包まれる。廊下はまっすぐ前に進んだ後右に折れており、両側に並ぶ扉を見る限りでは、平屋ではあるもののそれなりに広い家の様だ。

明かりのついたのを確認した男は、


「お前の部屋はつきあたりを右に曲がってすぐ左の扉だ。夜着は部屋の中にある。少しは食べ物も置いておいた。風呂に入りたければ一番奥の右の扉が浴室になってる。好きに使え。俺は寝る」


と言い残すと、廊下のつきあたり左側の部屋に入ってしまった。ついていけないフィエナが呆然としていると、男が部屋から顔を出し、


「言い忘れた。おまえ、古語はわかるか?」

と聞いてきた。古語と言うのは500年ほど前まで使われていたとされる言葉で、近隣諸国の言葉の祖と言われる。上流階級の子女は教養として簡単な読み書きくらいはできることが多い。

「え、ええ・・・」


突然話しかけられ、奴隷としての言葉使いも忘れて肯定の返事を返すと、


「なら、部屋の明かりは古語の『光よ』でついて『闇よ』で消える。無駄遣いするなよ。じゃあ、朝まで起こすな」


と言って、男は再び部屋の中に消えてしまった。




半ば呆然としながら言われた扉に入ると、月明かりの下、予想以上に広い部屋が見えた。言われた通りに

『光よ』

と唱えてみると、廊下よりはやや明るめの光がついた。原理は分からないが、部屋の隅に備え付けられた縦長の容器の上から光が出ているらしい。あらためて部屋を見渡すと、寝台と机、箪笥に化粧台まである。寝台の上には絹製らしい夜着が、机の上にはパンと果物が置いてある。


(部屋を間違えたのかしら)


奴隷用とはとても思えない部屋に不安になったが、既に限界にあった肉体と精神は休息を求め、そのまま寝台に倒れ込むと気を失うかのように眠りに落ちた。

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