盃の底の影
下野国・唐沢山の砦に、一つの急報が届いた。
――「貞盛、川中島にて命を拾い、上洛を果たす。」
その知らせを聞いた秀郷は、口の端をわずかに吊り上げた。
愛馬の腹を撫でながら、喉の奥で低く笑う。
「将門め、さぞや血相を変えておろう。」
秀郷は即座に動いた。
郎党を中心とした騎馬武者百、歩兵五百。
機動力を最優先に編成した東征軍である。
留守の備えも万全だった。
岳父・鹿島氏は下野国府を押さえ、生母の実家・鳥取氏は在地豪族を束ねる。
さらに秀郷には七人の弟があり、それぞれが武将として私兵団を率い、荘園と牧を守っていた。
秀郷は、黄金札の大鎧に、鉄板を鋲で留めた三十八間星兜――
「避来矢」と銘打たれた鎧兜を身に着けた、という伝説すら残る。
常陸国府に入った秀郷は、まず維幾・為憲、そして壬生兄弟と対面した。
維幾は、愛想を貼り付けた笑みで迎えた。
「秀郷殿、よくぞ常陸国府へ。藤原玄明の追討に助勢いただけるとは、まこと心強い。」
「……賊を追討する官符が出ておるとか。」
「左様にございます。奴は――」
「それは、この秀郷も同じこと。
維幾殿、まさか我までも追討されるおつもりではあるまいな?」
秀郷の言葉に、維幾の笑顔がわずかに引き攣った。
為憲は、血の気が引いた顔を隠しきれない。
「な、なにを御冗談を……」
壬生氏が間に入り、場を取り繕う。
秀郷は豪快に笑い飛ばし、そのまま酒宴へと誘った。
その夜の宴は、表向きこそ和やかであった。
だが、盃の底には、野心と恐怖が沈んでいた。
藤原玄明は、“奈河久慈両郡の藤氏”の一派。
古くから土着した有力な土豪である。
『将門記』には「国の乱人」「民の毒害」と酷評され、大規模な農業経営をしながら租税を納めず、官物を強奪し、開拓民の土地を奪うなどの悪行を重ねたと記される。
国府からの再三の督促を無視し続ける玄明に、維幾は業を煮やし、長年にわたり執拗に追討してきた。
だが、玄明がこのような行動に出た背景には、彼なりの理由があった。
常陸介・維幾は、ある村で一人の娘に欲を覚え、館へ連れ去った。
奥向きの使用人名目で置かれたが、程なくして娘は縊死した。
その娘こそ、玄明の娘であった。
玄明は父として、維幾に報いを受けさせたかった。
だが、官位と権勢を盾にした維幾には、ついに手が届かなかった。
抵抗し、拒み、抗うことで、せめて復讐心の一端でも満たそうとしたのかもしれない。
一方で維幾は、己の罪を知る者を生かしておくことを恐れた。
それが、彼が玄明追討に異様な執着を見せる理由でもあった。
壬生氏の狙いは、さらに露骨であった。
信太の地は豊かな農地を背後に抱き、香取海を通じて外海にも開けている。
湿原の多い水郷地帯では米の収穫は限られるが、香取海南岸一帯を掌握したときの水運の利は計り知れない。
しかも国豊の根城・浮島は、天然の要害である。
この地形を欲するのは、むしろ当然の欲求であった。
一方、秀郷には直接的な利害はない。
だが、彼には別の動機があった。
秀郷は、人に愛される人間を嫌った。
同じ血統の中で生じた、どうしようもない格差――
主上や忠平卿の愛顧を受ける仲正と、その庶子への嫉妬。
己が強者であることを誇示したいという渇望。
嫉妬と羨望の狭間で、覆い隠してきた劣等感が、
このときほど露骨に頭をもたげたことはない。
さらに、忠平卿の存在が、国豊を“賊”として討つことを難しくしていた。
ゆえに、玄明追討の“ついで”に国豊を討つ筋書きが必要だった。
――藤原玄明追討に従軍した国府の官が、賊との戦闘中に討たれた。
その賊こそ国豊である。
この筋書きであれば、忠平卿といえども追及は難しい。
国豊が境界地帯で賊の襲撃を受けていた記録も残っている。
幸い、玄明の土地と国豊の所領は近接していた。
秀郷は、盃の底に沈んだ野心を、静かに舐めるように味わっていた。




