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思えば  作者: 染井円
1/1

抹茶のアイス

「最近、こればっか食べてる気がする。」


 暖房を効かせすぎたワンルーム。半裸のままアイスを食べて言った。


「昔はバニラとかよく食べてたのに。」


 不思議と抹茶味だけ、なんだかそれ以外はずっと気分でないように思えてしまう。


「嫌いになったの。」


「そーいうわけじゃないんだよなあ。」


 今でもバニラだとかイチゴだとか、普通の味や珍しいのもそこそこに食べる。


 大手チェーンのジェラート屋なんかでは、幼い頃からのお決まりメニューなんかもあったりする。


でも抹茶味はそういったのではない。


「歳かもね。」


「そういうのは御自分の話では?」


「あー、いけないんだあ。女性に年齢の話なんて。」


 一つ歳が上の女がむくれた振りをして見せると、なんだかそこで会話が収束してしまった。


 それ自体に申し訳なさを覚えたつもりもないが、慰めんと体を捻って頬骨をなぞるために腕を伸ばす。


 まだ少し硬いラクトアイスはローテーブルに放置した。


「それで言うとさ。抹茶味は、なんか弟妹が好きであげてたな。」


「優しいじゃん。良いお兄さん。」


 満足そうに目を細める女。


「なんか優しさっていうわけでもなあ。」


 好き嫌いの無い自分と違い、弟妹は偏食気味だった。食べたいものを絶対に譲らなければいけないようなことはなかったが、彼らの嫌いを退けてまで選ぶような執着は持ってなかった。


「そっちの方が丸く収まるでしょ。」


 頬に沿わせていた右手を少し下にずらす。実家の猫を少し思い出しながら、顎の下で手を揺らす。


「そういうもん?」


 目を細めながら口元をくしゃっとさせながら言ってきた。


「そういうもんじゃないかな。」


 肩に押し当てられた頭。旋毛から放射状に広がる髪は綺麗で、体を支えていた左手を地面から離し、撫でつける。


 ふと手を離して、彼女の手にある溶けかけたアイスもテーブルに運ぶ。


 好きな味はこれといってないけれど、普段からフルーツ味をよく食べた。よく余っていたから、少しずつ食べてもちょうどよかった。


 みんなで好きなケーキを選ぶ時、なんだかショートケーキをよく食べた。チョコレートのケーキはくどい甘さだからな、なんて思っていた。好き嫌いがないのも知られていたが、家族はおそらくフルーツの方が好きなのだろうと認識していたはずだ。 


「でも結局、最近食べてるのはこの抹茶アイスとガトーショコラ。」


「初めて会った時なんて、甘いの得意じゃないって言ってたのに。」


「そうだっけ。」


「そうだよ。カッコつけか?」


 額を離したところから、少しニヤニヤしながら言っている。


「…….。言ってたかも?でも…。好みって、結構すぐ変わると思いません?」


 好きなお菓子、好きな作家、好きなバンド、好きになるタイプも。環境が変わる度に、いつも何かしら変化がある。


「あの時すぐだったら、僕なんて相手してくれなかったでしょ。」


「それはそうよ。私だって軽い女じゃないからね。」


少し上体を起こしながら言う。年齢よりは幼い印象を感じさせる体を動かして、大人びたようなことを言っている。


「僕も、当時は自分は年上好きに違いないと思ってたからなあ。」


「先輩である私を目の前にして、その発言はどういう意味かな?回答によってはお話ししなきゃいけないんだけど。」


すっと左耳に手がかけられる。耳たぶを挟む指で、回答によっては強く抓るぞと脅しをかけている。


左手をそちらに動かして、どかしてみようと試みるも、どうやら話を聞くまで梃子でも動かないつもりのようだ。


いや、まあこの細腕ぐらい、梃子ならずとも動かせるだろう。


白い吐息も立ち昇る、立派な冬の住宅街を歩く。


学生街というには、それほど溢れているわけではない。ありふれた住宅街だった。


回送のタクシーと、自分だけの世界になったように錯覚できる。


雪なんか降ってたら幻想的だったのにな、なんて思うけれど、そろそろ面倒さを感じるようにもなってきた。


いや、逆に言えば、この歳までそう思わないほどには童心を抱えてこれたのかもしれない。


誰かと寝ることは嫌いではなかったが、寝所を共にするのは得意ではなかった。


朝起きた時に一人でない良さを理解していないわけではなかったが、シングルベットを分け合うのは偶にするぐらいでいい。冬の寒さにはいっそう辛い。


口の中で、抹茶とバニラの香りがしていた。


抹茶のアイスは、弟妹のものだった。ついでにいうならチョコレートも。


好きなものを選ぶ時、最初から選択肢になかった。


生憎、別腹とやらを持って生まれてこなかったので、そういった味は食べ切るのに苦労してしまう、というのも昔から変わらない事実ではある。


ただ、ふと自分の選択肢として復活したそれは、以前より美味しそうに見えた。


食べてみるとそれなり、求めていたその味以外の何者でもないのだけれど、どうにも並べられると一際目を引いてしまう。


これまでの選択肢を選ばないのかと言われれば、そうではない。ショートケーキも美味しいのだ。


それなりに。


手が冷たい。防寒具をつける手間を惜しんだせいだ。そもそも、今シーズンになってから使っていたかな。いや、おそらくまだ奥に眠っているはずだ。今年もまだ出番のない哀れな布。使えば暖かいことは周知の事実なのだが、家を出る忙しさの中で奴らを引き出す暇はないわけで。


先輩と初めて会ったのは数年前。サークルの人間関係を2人ほど経由したところにいる人だった。紹介というか、そんな改まった場でもなく、なし崩し的に挨拶を交わしたような気がする。


美人だなと思った。


 初めて出会った時、芸能人顔負け、とかそういうわけではなくて、ああ、モテるんだろうな。そう思えてしまうような人だった。もちろん綺麗だったが、とりわけ愛嬌があるというか、視線がこちらを向いていて、気がついたら目が合ってしまうような女性だった。


 蓋し、美人というのは自分がどういう生き物なのかを最もよく理解しているとも言える。やはりその時の短い会話だけでも、僕とは縁のない人なのだなと理解させてくれたのだから。だからこそ、この温い関係でいられたのだと思う。初めは年上だと構えていたが、この1、2年の差などあってないようなもので、話してみれば趣味嗜好こそバラバラだが、どうにも会話のテンポやらが小気味いい。どちらからともなく声をかけては、といったつながりで気づけばもう1年は経っていた。いや、どちらかともなくではなかったか。特に初めのうちは、近くに住む友人の少なさかを言い訳に、こちらからだった。男友達の愚痴だとか、なんだか同性にするのも気が進まない話というのもあったのだ。異性と話しているという事実で、多少の自尊心というか、不思議な安心感というものがあるということも、恥ずかしながら告白しておこう。


 別に、そういった特定の関係であったわけではない。お互いにそういうものだという感覚で、利用しあっていたし、今もその延長線上に違いない。


 手を突っ込んでいたポケットから、家の鍵を取り出す。冷え切ったドアノブも、悴んだ手で掴むとあまり冷たく感じない。そのまま冷たい部屋を進んで、エアコンのリモコンを探す。初めの年は渋りながらつけていた暖房も、気にするのも面倒なほど寒い冬を越すたびに考えなくなったものだなと。


 少し座面の低いソファに腰を下ろした時、スマホのバイブレーションが鳴った。先輩からだ。律儀に帰宅するだろう時間に来るのだから、生真面目な人だ。こういった面に触れるほど、ついさっきまで顔を突き合わせていた猥雑な側面の存在は信じられなくなる。二言三言、当たり障りのないやり取りを交わす。健康的なあの人は、もうご就寝なさるらしい。こちらはまだ、夜食をどうするかに悩んでいるというのに。


 内面の美しさは外見に出るというが、多分生活習慣のせいだろう。そうに決まってる。おそらく時間と共に誰かに都合よく意味が変わったのだ。性格のことじゃない。性格の悪い美形なんて、僕の短い人生の中にも割といた。生活習慣などに気をつけることができる人間。俗に言えば丁寧な暮らし、の方向を向いて生きるようなことのできるものについては、まさに内外一致だろう。


 少し前に買い溜めしていた即席麺が今夜の供。小鍋で湯を沸かしながら、麺の方を用意する。カップ麺にしとけばよかった。しかしながら、一食当たりの安さと言う至上命題を眼前にして、背に腹は変えられなかったのだから仕方ない。


 育ち終えた成人男性の胃袋には、世の中の一人前はやや足りなくなってしまう。少し食いはじめれば、まだもう少しと欲も増すが、ここは今持つ少しの眠気に体を預けて眠る方が賢明に違いなかった。風呂は、明日の自分に任せるほうが良い。今よりもっと寒いだろうが、朝の支度のついでにもなる。


 布団をすっぽりと被り、壁の方を見る。足先から入り込む隙間風が冷たくて、丸くなってしまう。別に大柄な方でもないのに。一人用のベッドは、人ひとりを収納するには短い。いつの間にか、こうして眠るようになっていたのだろうか。

出さない神レポートより、出す屑レポート。遊び人の大学生がいってました。彼の生き方は眩しくて、そんな彼の真似事の延長なのかもしれませんが、私の拙文に時間を割いてくださる方がおられましたら、嬉しく思います。

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