思いに気づいて、お節介する王道プレイをしたかった
「これにするか・・・」
そう呟きながら僕は太宰治の「人間失格」を手に取った。
理由は太宰治の本を見たことないからだね。名前を聞いたことがあるのに見たことがないってのはモヤモヤするし、みんな鬱になっていたから、なんで鬱になるんかなって思って気になったから。
そして、僕はラノベコーナーにある「追放された付与魔術師の俺、実は唯一の【概念上書き】持ちだった~今さら戻ってきてくれと言われても、隣国の聖女様と無自覚に無双しているので間に合っています~」という、僕が今読んでいる小説へと目を向ける。この本を一言で表すにはもったいないほど出来がいいが、とりあえず一言で言うと、追放からのざまぁ、そして無自覚の最強といった王道中の王道の内容なんよねぇ。こんな簡単に言っておりますけど、まずね、概念上書きっていうスキルが条件発動型スキルなんよ。その条件ってのが、対象物の構造や性質を完全に理解し、頭の中で「本来こうあるべき姿」を強くイメージすることで、あまり詳しいことを言ったらネタバレになるから言わないんだけど、条件を知らない主人公が運命の歯車がうまくかみ合うことで条件を達成して、スキルが発動するっていうね。ほんで、この運命力にもちょっとしたメカニズムが・・・もう脳汁確定小説なんよ。
と、まあ興奮はここらへんにして・・・さて、ここでみんなの言いたいことを予言しよう。「いや、なんでラノベなん?話が違うだろ。」と、みんな思ったであろう。僕もそう思ったわ。うん。
でもな、聞いてくれよ。この本の最新刊がさ、発売されていたんよなぁ―、これが。しかも最終巻。こんなの買うしかないっしょ。ということで、純文学じゃなくてラノベ買いますね。ごめんなみんな。
「なに思ってんだろ・・・。」
僕は自分に呆れながら、ぼそっと呟く。
そして、その最終巻をその本との距離二メートル前で目視して、ただ一直線に歩く。そして、本に手を伸ばす。
ターゲットロックオン。 距離、約五十センチ。障害物、なし。僕の右手は、吸い寄せられるようにその背表紙へと伸びていく。この一冊を手に入れることで、僕の休日は約束されたも同然。あとがきを読み終えた瞬間のカタルシスを想像し、口元が緩むのを抑えきれない。
「いざ、参らん!」
心の中で高らかに宣言し、僕はその聖典――『追放された付与魔術師~』の最終巻へと、躊躇なく手を伸ばした。
あと数センチ。 指先が、滑らかなカバーの感触を捉える―――はずだった。
―――ペタリ。
「ん?」
指先に伝わってきたのは、ツルツルとした紙の感触でもなければ、無機質な棚の冷たさでもない。 人肌の温もりと、驚くほど華奢で柔らかな感触。
そして、僕の視界には、目当ての本を掴もうとしている誰かの白く細い手と、その上から覆いかぶさるようにして重ねてしまった、僕の無骨な手が映っていた。
「あ・・・すみません。」
反射で謝ったが、脳はフリーズしている。時が止まったかのような静寂。書店という知の聖域で、まさかのラブコメ的ハプニング発生!?いわゆる、「同じ本を取ろうとして手が触れ合う」という、ベタ中のベタ、王道中の王道の展開ではないか!もし相手が美少女なら、ここから恋が始まるフラグだが、あいにく僕はそんな安っぽい展開にはない―――
「っ!?」
僕が一秒間フリーズしたのち、重なった手の下から、ビクリと震える感触が伝わってきた。
僕は気づいた。まだ手を重ねていたことに。
その瞬間僕はしまったといわんばかりに電光石火の速度で手を離した。そして、恐る恐る、その手の持ち主へと視線を這わせた。
既視感。僕はその感覚を味わう。
手首、袖口、そして―――見覚えのある、切り揃えられた漆黒のボブカット。そこにいたのは、さっき食品売り場で見かけたばかりの、虚ろな目をしたクラスメート。
「あ、かまつ・・・?」
僕の声に反応したのか、彼女がゆっくりと顔を上げる。その瞳は、ショーケースを見ていた時と同じように光がなく、僕と目が合うと、怯えたように小さく揺れた。
「久しぶり・・・?」
僕は語尾を上げながらそっと、話しかける。
「・・・風凪?」
か細い声。でも、そこには変な遠慮や他人行儀な響きはなかった。
黒髪のボブカット。少し伸びて目にかかりそうな前髪の隙間から、覚えのある瞳が僕を見ている。
「うえー!超絶久しぶりじゃん!」
僕は努めて自然に、あくまで「休日に久しぶりに偶然会った友達」のトーンで返した。内心では「さっきは素通りしたけどやっぱ、相対すると・・・不登校のクラスメートと遭遇イベント発生!ってかんじでワクテカよ!しかも手が触れるとかどこのラブコメかよ!ガハハ!」と叫び出したいのを必死に抑え込む。ここで変なキャラを作っても、昔馴染みの赤松には引かれるだけだ。
「その本・・・風凪も、読んでたんだ。」
「ん? ああ、これな。まあ、一応全巻追ってるし。・・・で、どうする?」
そういいながら、僕は取ろうとした小説に指をさす。というのもその一冊しか、その巻がおかれていないのだよ。
「これ最後の一冊っぽいけど。」
赤松は少し俯き、どこか諦めたように首を横に振った。
「いいよ。私、また今度にするから・・・」
「いやいや、譲るって。別の日に行けばいいんだし。」
僕は首をブンブン振って遠慮する。そして、早く本を取るようにジェスチャーする。
「え、あ、じゃあ遠慮して。」
赤松はそそくさと本を取る。
その瞬間。僕の魔力操作・魔力感知によって研ぎ澄まされた全感覚がある音を感知した。
―――腹の虫とやらをな。
「てか、若干腹減ったくね?飯ほし―って感じ。」
僕は変態紳士だから、この瞬間を逃すまいと、僕はすかさずランチのお誘いをする。
「え・・・?」
案の定といえば案の定。そりゃ急に言われたら困惑するわな。
僕は補足を入れる。
「ほら、あそこにファミレスあるやん。一緒に行かね?というお誘いを・・・」
「あー。私も外で食べる予定だったし。おなかも減ってきたというか。」
「じゃ、決定!そっこーいくぜ!」
僕は強引に会話をまとめた。彼女とともに本を買いにレジへ向かい、そのままファミレスへ向かった。その道中、彼女と「追放された付与魔術師の俺、実は唯一の【概念上書き】持ちだった~今さら戻ってきてくれと言われても、隣国の聖女様と無自覚に無双しているので間に合っています~」について最終話の熱い考察を交わしあっていたが、その時の表情は意外にも一年生のころと同じような明るさを放っていた。
しかし、さっき食品売り場で見かけた時の、あの今にも消えてしまいそうな危うい雰囲気が、どうしても放っておけなかったのだ。
『おい、俺は邪魔だってか?』
『察しがいいな、相棒。空気の読めるイケメン霊体として、フードコートで無銭飲食でもしておけ。』
『はいはい。せいぜい青春するこったな。』
『その語弊のある言い方やめろよな。』
『うわっ。五平餅食べたくなってきたー。』
『やかましいわ!』
『ま、バイバイということで。』
『はぁー。じゃまた。』
不満げな念を飛ばしながら、僕はソウルコネクトを停止させた
「大丈夫?」
赤松が目にかかりそうな前髪を耳にかけながら、テーブルの一点を見つめている僕のことをを覗いてくる。とても眼福・・・じゃなくて、ちょっと、ボッとしすぎていたようだ。
「あ、ああ。うん。平気。とりあえず、注文するか。」
「うん。ありがとう。」
僕と赤松は某リーズナブルなイタリアンファミレスで食事をすることになった。黄ばんだ照明に照らされた、ボックス席に、両者、前のめりになりながら向かい合って座っていた。
「そっちはどれくらい分かった?」
「あと一個ってところ。そっちは?」
「僕もあと一個。」
「この間違い探し、昔から難しいよね。」
「え、それな。しかも微妙に大きさが違うやつがあって、間違い探し作成部門の社員の心の良さが垣間見えますわ。えらい丁寧にこれをつくりますよねえ?」
「そうねえ。えらく勉強になりますわあ。って唐突な京都人やめてね。」
赤松が乗り突っ込みを決めながら笑い、僕も笑った。今は待ち時間。僕たちは間違い探しに勤しんでいた。
「うぇ?待て待て待て待て。この文字なんか違くね?」
僕はそういいながら絵の中にある説明文のなかにある“の”の文字を指さす。
「いや、さすがに・・・え、ほんとだ・・・」
赤松は、絶句している。
「なんか大きさが若干違う。うそでしょ?」
「これ、やーばいでしょって話だよね。」
「某都市伝説番組の人、登場させないでー。」
「いやいやいやいや。これは関暁夫を出さざるを得ないって。陰謀論でしょ。」
「百パー無い。それは断言できる。」
「うおっ。『五条悟らない』も出ちゃう?そーいうキャラも悪くないかもねー。うん。」
「え!このセリフから悟様を連想できるって・・・風凪ってコアなファン?」
「もちろんに決まっているだろう。」
そういって僕はグーを出す
「風凪に同じく。」
赤松も、グーを出し、「いえーい」と言いながらグータッチした。まあ、とりあえず去年の赤松が戻ってきてなによりだ。
そして、今までの一連のバカみたいな会話を横でずーっと待っててくれていた店員さんに全米が泣いている。
僕たちは、店員さんに謝罪しながら料理を受け取った。
僕は辛味チキンとミラノ風ドリアを、赤松はマルゲリータピザを注文した。 運ばれてきた料理の湯気が立つ中、少しの間、ストローで氷を突く音だけが響く。
「懐かしいな、こうしてお前と外食しながらバカみたいな話をするの。去年の二学期以来か?あんときは、栄花とも一緒によく行っていたよなー。」
「・・・そうだね。ちょっと半年、かな。」
赤松はメロンソーダに刺さっているストローをいじりながら微笑む。
「てかさ、栄花とたまに話すんだけどさ、お前元気かなって言ってたよ。」
「そっか。栄花ちゃんも・・・元気?」
「あいつは相変わらずだよ。前なんてこっぴどくがやがや言われたからね。」
「何やらかしたの?」
赤松はマルゲリータを切りながら微笑んだ。
「怒らせるようなこと。」
「だから、それが何―?」
「アポなしで僕含めた三人で家に押し掛けた。」
「馬鹿じゃないの?」
赤松はピザをほおばりながら明るく接する。そしてピザを飲み込むと、ティッシュで口を拭いて、憫笑しながら言った。
「風凪はいつまで経っても変わらないね。」
「それは、悪口としてとらえていいか?」
「ただの事実。」
「はぁー。まあ、二年生に入っても中身はそんな変わんないよ。」
「ふふ、そっか」
赤松がほんの少しだけ、口元を緩めた。。
だけど、その“笑み”の反面にはどこか、暗くて悲しい表情があった。一度その闇を覗いたら飲まれていきそうな真っ黒な沼が支配しているように見えた。それは話しぶりだけにあらわれているわけではない。
手首も骨みたいに細いし、目の下のクマもやつれているときのそれに近い。ただならない状況に彼女がたたされていることくらい、鈍感系主人公を自称する僕でも分かる。
彼女があらかた食べ終わってから、僕は、本題に入るべく、ナイフとフォークを置き、紙ナプキンで口を拭った。
「なあ、赤松。」
「・・・なに?」
僕は彼女の瞳―――かつての輝きを失い、深く沈んだ瞳を真っ直ぐに見据えた。
遠回しな探り合いは、僕の柄じゃない。
「単刀直入に聞くけど。」
「・・・うん。」
「なんで学校、来てないんだ?」
店内のBGMが、一瞬遠のいた気がした。赤松の肩が、ビクリと跳ねる。彼女は唇を噛み締め、視線をメロンソーダの鮮やかな緑色へと落とした。グラスを持つ手が、白くなるほど強く握りしめられている。
「言いたくないなら、無理には聞かない。ただ、友達として・・・ちょっと心配になっただけだ。」
「友達・・・」
赤松が、ぽつりと呟く。その言葉を確かめるように繰り返した後、彼女は掠れた声で、重たい口を開いた。
「・・・私ね、怖くなっちゃったんだ」
その言葉は、重く、湿り気を帯びてテーブルの上に落ちた。
僕は息を呑む。いじめか?ストーカーか?それとも、家庭内暴力か?すべての可能性を考える。僕の脳内でシリアスなBGMが再生されかけた、その時だ。
「・・・朝起きるのが、怖いくらい辛くてさ。あはは!」
赤松は急に顔を上げ、引きつったような笑みを浮かべた。まるで、さっきの弱音をなかったことにするかのように、無理やり明るいトーンを作る。
「え?」
僕はこの困惑を声として赤松に伝えた。
「だから、単に学校行くのが面倒くさくなっちゃっただけ。朝早いし、勉強ダルいし、布団から出たくないじゃん? 一回サボったら、もういいやってなっちゃってさ。」
そう言って彼女はストローをくわえ、
メロンソーダをズズッと音を立てて啜った。
その視線は、僕ではなく、テーブルの木目の一点を見つめている。
―――嘘だ。
僕の直感が・・・いや、直感以前の問題。僕の眼が、魂が警鐘を鳴らしている。
「面倒くさい」なんて理由で休んでいる人間の顔色じゃない。グラスを持つ指先は小刻みに震えているし、笑っている口元はどこか強張っている。 目の奥にあるのは「怠惰」ではなく、もっと切迫した「恐怖」や「焦燥」だ。
嘘がだいぶ下手だ・・・何かを、隠している。そんなのは明確だ。
だが、その真相が大事だ。僕の中の探偵(及び中二病的な分析官)が、「問い詰めろ」と囁く。
『おいおい、今の嘘だろ。何があった?正直に言えよ』と、肩を掴んで問いただすべきかもしれない。
もしこれがラノベの主人公なら、ここでお節介を焼いて彼女の心の扉をこじ開けるのが正解ルートだろう。
だが。
「・・・なんだよ、それー。」
僕はあえて、気の抜けた声を出し、背もたれに深く体を預けた。
「てっきり重い病気か、なんかのトラブルに巻き込まれたのかと心配して損したわ。ただのサボりかよ。」
「うん、ごめん。ただのサボり。・・・呆れた?」
「まあな。でもまあ、お前らしいと言えばお前らしいか。アハハ!」
ここは追求しないことを選んだ。
彼女が必死に隠そうとしている「何か」は、今の僕が土足で踏み込んでいい領域じゃない気がした。それに、僕はラノベの主人公でもなければ、心優しき聖人でもない。ただの魔力にハマった中二病高校二年生だ。深入りして面倒ごとに巻き込まれるのは御免だし、聞いたからって彼女の心の支えになれるわけがない。
本音としては、単純に、あんなに必死に作り笑いをしている相手を、これ以上追い詰める気にはなれなかった。それだけだ。
「あ、もう時間だ。私、行かないと。」
赤松は買った本を胸に抱きしめると、逃げるように席を立った。
「あ、そうなんだ。僕はもうちょっとゆっくりしていこうかな。」
僕がそういうと、赤松は代金をピッタリ机の上に出し、踵を返した。
「じゃあ、またいつか。」
「うん。」
「ありがとう。」
「栄花に連絡しろよー。あとネタバレ厳禁で。」
「わかった。」
「じゃ。」
赤松は小走りで店を出て行ってしまった。
自動ドアの向こう、人混みの中に消えていく小さな背中を見送りながら、僕は大きく息を吐いた。




