休日のひと時をいれるのは王道に決まっているだろ
濡れた折りたたみ傘を閉じながら自動ドアが開くと同時に、冷房の効いた涼しい風と、休日の人混みが発する熱気とが混ざり合って吹き付けてきた。
というか、朝はそこまで曇ってなかったのに急に雨雲が埋め尽くして雨が降ってきて・・・折り畳み傘を常備する優秀な僕じゃなかったら今頃ずぶ濡れよ。
『いやー人多いねぇ。』
僕はため息をした後、口を閉ざしたまま、スキル「ソウルコネクト」を通じて相棒に呼びかける。
目の前に聳え立つのは、魁堂高校のすぐそばに鎮座する市内最大級の商業施設、「ワンダーモール」。
吹き抜けのエントランスからは、上の階にあるゲームセンターの電子音が微かに降り注ぎ、フードコートからは甘いクレープと焦げたソースの香りが漂ってくる。食料品、映画館、書店、アパレル――ここには人間の欲望を満たす全てが詰め込まれていると言っても過言ではない。
「そうだねー。てかあとやっぱり“無賃乗車”ってのは、背徳感があって心が躍るねえ。」
視界の端、僕の左斜め上空。 周囲の客には見えない領域で、花があぐらをかいたままプカプカと浮遊していた。彼はここに来るまでの電車移動のことを言っているのだ。改札も素通り、座席も占有せず宙に浮いていた彼にとっては、移動そのものがアトラクションらしい。
『犯罪係数を高めてんじゃねえよ。お前は存在自体がアウトサイダーなんだから。』
「わかってるって。・・・さて、じゃあ予定通り、ここからは別行動といこうか。」
花は空中でくるりと一回転すると、眼下の群衆を見下ろしてニヤリと笑った。 僕が食材や生活必需品を買っている間、彼は彼でこの巨大な迷宮を探索したいらしい。
『了解なんだけど・・・釘を刺しておくぞ。万引きとかすんなよ?普通に迷惑だし、万引きしてる瞬間見られたら物理的に物が動くポルターガイスト騒ぎになるからな。』
「失敬な。俺はこれでも順法精神に溢れた人間だよ。・・・ま、バレなきゃ犯罪じゃないって言葉もあるけど。」
『おい。それおれやないかーい!』
「ほんとじゃん。人のこと言えないじゃん。」
『いやね、あれは不測の事態だったからしゃーなしよ。しゃーなし。』
「あっそうですかー。」
『そうですよー。』
僕と花はお互いツンデレムーブをかましながら話し歩く。
「それじゃ、またあとでな!」
花はヒラヒラと手を振ると、足裏から微弱な魔力を放出させた。
ボンッ、と空気の弾ける音が(僕にだけ聞こえ、次の瞬間、彼はロケットのような加速で吹き抜けの上階へと消え去っていった。
周囲の人々は、突然頭上で起きた魔力など気づきもせず、ただスマホやショーウィンドウを眺めて歩いている。
その様子を見ながら僕も花に手を振り返す。
「・・・まったく、あいつは。」
そして、誰にも聞こえない声量で呟いた。
・・・というかよくよく思ったら、誰もいない虚空に向かって手を振り返している僕は、傍から見ればただの不審者やんけ。
僕はやれやれと溜息をつき、気を取り直して、独り、食品売り場を目指す。
家族連れやカップルでごった返す通路を縫うようにして、歩き進める。まったく、休日のモールというのは、どうしてこうも人間の密度が高いのか。しかも、雨だぞ!家でぬくぬくしておけよ!まじで、酸素濃度が薄くなっているのではないかと疑いたくなるわ!
そんな無益な愚痴をこぼしながら、鮮魚コーナーの手前あたりに差し掛かった時だった。
視界の端に、ふと見覚えのあるシルエットが映り込んだ。
「・・・ん?」
人混みの流れに逆らわず、しかし存在感を消すように佇む小柄な影。夜の帳をそのまま切り取ったような、艶のない漆黒のボブカット。その毛先が、彼女の鋭い顎のラインに沿ってナイフのように真っ直ぐ切り揃えられている。
あれは、赤松だ。彼女は誰かを待っているのか、それとも何かを探しているのか、虚ろな目でぼんやりとショーケースの方を眺めていた。
最後に学校で見かけた時とは違う、どこか張り詰めた、あるいは糸が切れたような危うい雰囲気が漂っている。昔は、もっと明るい笑顔だったのに。
―――声をかけるべきか?
一瞬、そんな選択肢が脳裏をよぎる。不登校だし、友達だし、これを逃したらもう話しかけるチャンスがなくなると思う・・・だが、僕の脳内会議はコンマ一秒で「否」を可決した。
今の僕は、ただの買い物客Aだ。それに、プライベートな時間に他人の複雑な事情に首を突っ込むなんて、面倒事のトリガーを自ら引くようなものだ。
彼女には彼女の事情があるだろうし、僕には僕の(主に冷蔵庫の中身を補充するという)重大な任務がある。
見て見ぬふり。それが、現代社会を円滑に生きるための最適解だ。
「・・・すまんね、赤松。」
僕はそう、謝罪の言葉を呟きながら視線を彼女から外し、何事もなかったかのように歩く速度を維持したまま、その横を通り過ぎた。
彼女が僕に気づいた様子はない。それでいい。
その後、僕は迷うことなく食品コーナーへと突入した。
「はぁー。げろ疲れたー。」
戦場のような特売エリアをくぐり抜け、カゴいっぱいの食材、主に肉と野菜、あと花が好きそうなジャンクフード少々を精算し終えた僕は、ずっしりと重くなったレジ袋を両手に提げてエリアを出た。
「さてと。次は知の泉、本屋へと参りますか」
食欲の次は知識欲を満たす番だ。
僕は重さを誤魔化すために少しだけ魔力をまとって身体強化をし、魔力操作で持ち上げつつ、エレベーターの方へと歩き出した。
それにしても、赤松はなぜここにいたのか? そして、何の目的で来たのか?
いや、それは個人の自由だとは思うがね。せっかく外出できる体力があるなら、学校に顔を出してほしいものだよ。淋しいよ。
ま、過度な詮索は不幸を呼ぶからな。今は本に集中じゃ。
断っておくが、僕は目当ての本を買うためだけにここへ来たわけではない。ある「ゲーム」を興じるために来たのだよ。
あれは高校一年の時だったか。僕は「題名と表紙だけで購入する本を二冊決める」という高尚な遊びを発明してね。これが面白くてたまらない。未知の世界へダイブできる上、読書のマンネリ化も防ぐ画期的なシステムだ。
今もだが、あの頃の僕は本当に冴え渡っていたな。我ながらあっぱれや! ガハハ!
「よし、着きましたよぉ。」
僕は薄笑いをしながら中に入る。
エレベーターを上がってすぐのところに書店がある。いやー、便利便利!
「まずジャンル決めだが。まあ、前回ライトノベルづくしをやったばかりだからな・・・久しぶりに純文学を嗜むとするか。」
僕はそう呟きながら純文学系の棚へ向かった。まあ、文庫は気にせん。すべてを見てから決める。これに尽きる。ということで、全部見ていくか・・・




