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ダイアリーより綴る譚  作者: しゅんゑ
魔獣掃討編
24/41

閑話休題:高篠神楽~後編~

投稿遅れてすみません!

「はあ、はあ・・・」

玄関前にたどり着いた瞬間、三人分の荒い呼吸が重なった。

雨の中を歩き、おんぶされ、気を張り続けていたせいで、全身がじんわりと重い。

佐久間君の背中も、さっきまでよりわずかに上下している。

風凪君は傘を畳みながら肩で息をし、額に張り付いた前髪を乱暴にかき上げた。

「・・・っと。」

玄関先で、佐久間君がゆっくりしゃがみ込む。

「ありがとう。」

私はその背から降ろされ、ふらりと体が傾いた。

「大丈夫か?」

即座に、佐久間君が私の腕を取って支えてくれる。

手のひらは温かくて、少し震えていた。

「うん、平気です。」

体重を預けすぎないよう意識しながら、足を地面につける。

そのタイミングで、風凪君がインターホンを押す。

そして、ドアが開いた瞬間。

視界に飛び込んできたのは、思わず息をのむほど整った女の子だった。

ロングの黒髪はふわりと肩を包み、眠たげな目元がどこか愛らしい。

薄い色の部屋着は大きめで、袖から覗く手首がやけに細い。

ラフなのに、ちゃんと“かわいい”。

―――この人が、露崎栄花さん。

「お邪魔しますね。」

そういいながら頭をぺこぺこと下げている。思ったより風凪君って物腰が柔らかいんだ。

「えーっと・・・」

彼女は三人を順番に見回し、眉をひそめる。

「いったいいつから、うちは東屋になったんだ?」

その声は低めで、静かな怒りが滲んでいた。その矛先は風凪君だった。

「この人たちは誰?また面倒ごと引っ張ってきたわけ?」

腕を組み、片足に体重をかける。

完全にキレている・・・でも、どこか世話焼きっぽい。

「いやー、かくかくしかしかありまして・・・」

風凪君は苦笑しながら、頭の後ろをぽりぽりとかく。

「まあ、いいわ。」

露崎さんは小さくため息をつくと、体を横にずらした。

「とりあえず、上がって。」

「あざすー。」

「あ、し、し、しつれい、します。」

佐久間君がやけにぎこちなく頭を下げる。

というか、佐久間君と露崎さんって知り合いじゃなかったの?

「初めまして、失礼します。」

私もそれに続いて、できるだけ丁寧に会釈した。

「あっ、まって。」

私が玄関に入ろうとすると、露崎さんは私を制止して家の奥に行った。

少しすると、露崎さんはバスタオルを私に渡してきた。

「え、これ?」

「拭いたほうがいいわよ。冷えちゃうし。あと、靴下も脱いじゃって。びしょびしょでしょ?」

「ありがとうございます。」

そして玄関前で、服と髪についた水滴と、雨でぐしょぐしょになった靴下を脱ぐ。

それから玄関を上がると、佐久間君は私の歩調に合わせてゆっくり進んでくれた。

腕を支えられながら、一歩ずつ慎重に足を運ぶ。

リビングに入った瞬間、思わず周囲を見回した。

白を基調とした室内は、無駄なものがなくすっきりしている。

壁も床も明るい色で統一され、ガラスのローテーブルとシンプルなソファが置かれているだけ。

清潔感があって、少し大人びた空間だった。

私と佐久間君は、リビングの椅子に並んで腰を下ろす。

左から私、佐久間君。

テーブルを挟んだ向かい側には、左に露崎さん、右に風凪君が座った。

「で。」

露崎さんが腕を組んだまま、風凪君を睨みつける。

「なんでこうなった?あと、あなた達はどちら様?」

風凪君にとんでもない視線を浴びせた後、私達には人が変わったかのように優しく接してきた。

蛇ににらまれた蛙状態の風凪君は背筋を伸ばし、急に真面目な顔になった。

「えーっと、まず・・・僕たちから見て右側が高篠神楽さん。で、左側が佐久間扶郎。」

「あー・・・あなたが佐久間さん。」

「え、あ、はい・・・」

なんかごみを見るかのような目をまといながら佐久間君を見ているけど・・・どういうこと?

「この二人、僕のクラスメートでさ。事故?に遭って・・・ちょっと手当てしてほしいんだ。」

「はあ・・・」

呆れたように息を吐くと、露崎さんは立ち上がった。

「ありがとうね。」

風凪君がまたぺこぺこと頭を下げている。彼の中で三下ムーブが流行っているのかな?

私の膝の擦り傷、

佐久間君の包帯もない右手。

一通り目に入れたあと、

「・・・まったく。」

そう小さく呟いて、奥の棚の方へ向かう。

「あいつ、医者志望だからさ。こういうの詳しいんよね。」

すると、風凪君が小声で私たちに耳打ちしてきた。

「そうなんだ。」

「へえー。」

それなら安心できる。

ほどなくして、救急箱を手に戻ってきた。

「座ったままでいいから。順番に診るわよ」

そういって処置が始まった。


「はい、終了。擦り傷は処置したけど、膝にはまだ鈍痛があるとおもうから病院行った方がいいね。」

「あ、ありがとうございました。」

けがの処置が終わり、露崎さんは元の席に戻る。

すると、突然風凪君が言った。

「せっかくだしさ、遊ばない?」

唐突な一言で場が硬直する。

しらけるというか、あまりにも突拍子であったものだから開いた口が閉じない現象になっている。

すると、風凪君が慌てて補足する。

「いやね、本当は僕と扶郎で遊ぶ予定だったから、せめてなんかしたいなと思いまして・・・」

みんながみんなの顔を見合わせる。

すると佐久間君が恥ずかしそうに言う。

「あ、あの。あ、あ、あ、あそびって、なんですか?」

ひっくり返りそうな高音の早口でしたけど、大丈夫かな?あとやけに敬語だし。

「なんで、そんなあわあわしとるんねん。」

風凪君がジト目で彼のことを見ている。一方露崎さんは、きょとんとした面持ちでいるし・・・

あの二人間で何かあるのだろうか。

「ま、ま、まあ。とりあえず、質問に答えてくださいよ。」

やけに

「えーっと、トランプ・・・とか?ゲームはないでしょ?栄花。」

「まだここで遊んでいいとは言っていないけど・・・まあいいわよ。とりあえずその通り、ゲームはないけどトランプはあるよ。」

露崎さんがヤレヤレと肩をすくめる。

「高篠さんは、いける?」

え?わ、わたし?時間的には別にいいけど、トランプなんて友達と最後に遊んだのなんていつだろう。そもそも、友達と遊んだのがずいぶんぶりみたいな・・・

「私は・・・時間的にはいいですけど、いいんですか?」

「なんのなんの。トランプは人が多ければ多いほど楽しいからね。」

「ありがとうございます。」

「おけ。」

私にオッケーサインを送ると、風凪君が露崎さんに言った。

「カードどこ?」

「今持ってくるわよ。まったく。」

そうして、露崎さんは再び席から立ち、棚に向かった。

そして、風凪君が机に身を投げ出す、

「で、トランプなにするー?」

風凪君がそういうと、佐久間君はさっきまでのあたふたを見せまいといわんばかりの顔と声色で言う。

「別にババ抜きでよくね?」

そういうと、風凪君は私の方を向いた

「高篠さんは?」

「なんでも大丈夫です。」

「じゃあ、決まりだ!ババ抜きでけってーい。」

風凪君が指を鳴らしながらそう言うと、露崎さんがトランプを机に置いて席に着いた。

「はい、これ。ジジは抜いておくわよ」

慣れた手つきでジョーカーを一枚弾き出すと、彼女はカードを鮮やかに切り始めた。カチカチと乾いた音が、静まり返ったリビングに小気味よく響く。

そして、彼女はカードを流れるような曲線をテーブルに描いて私たちの手元に滑り込ませる。

なんと良い手際。華麗なトランプ裁きだ。

そう思いながらペアになっているトランプをテーブルの上に捨てていく。

しばらく時間がたったのち、みんなの手が止まると、露崎さんが「やるよ。」と切り出した。

みんな三分の一ぐらいなくなったってこところだろう。

「誰からやる?」

風凪君がそういうと、佐久間君が手を挙げながら言った。

「じゃんけんはどうでしょうか?」

「そうだね。勝った人から時計回りで右の人からひくってことで。」

「はい、じゃあじゃんけん、ぽん。」

露崎さんがそういうと、彼女はグー、私と風凪君と佐久間君はチョキを出した。彼女の一人勝ちだ。

「私からか。じゃ、ひきますね。」

そういうと、私のトランプから一枚カードを引いた。


「じゃあね。」

「ほなねー!」

露崎さんと風凪君がひらひらと手を振り、私たちは露崎さんの家を後にした。

あのあと、大富豪とかポーカーとかをやっていたらあっという間に時間が過ぎてしまっていた。だから、一人じゃ心配だということで佐久間君が見送ってくれることになった。

ちなみに、風凪君は露崎さんにここに残るように命じられたらしい。あのときの風凪君の顔、一切の血の気が引いていたけど、平気かな・・・

「家の方向違うのに、わざわざありがとうございます。」

「いや、いいよいいよ。無理に連れてきたのはこっちなんだし。」

「そんなことないですよ。」

「いやいやぁー。」

彼は照れくさそうに頭をかいた。小動物みたいにかわいい。

ところで、五月の夜気は思いのほか冷たく、空はまだ泣き止む気配がない。

街灯に照らされた雨粒が、夜の帳に細い銀の糸を引いていた。

佐久間君は一通り家までのルートをスマホで確認すると、私の方を見て言った。

「高篠さん、足、もう一人で歩けるか? 無理すんなよ、おんぶならいつでも受け付けてるぜ?」

隣で傘を広げた佐久間さんが、ひょいと顔を覗き込んできた。

「大丈夫です。なんか不思議なくらい、もう痛みもありませんから」

私は一歩、アスファルトを力強く踏みしめる。 さっきまで佐久間さんの背中に預けていた体重を、今は自分の足で支えている。

―――というか、相合傘状態になってるっってことだよね。

急に顔が火照ってきちゃった。

「風凪さんって、実はすごく良い人ですよね。」

私は気分を換えるために話題を振りまいた。

「あいつを褒めるか。あいつ、ああ見えて結構お人好しだからなー。」

「はい。不器用そうですけど、根は優しいんだなって。」

「根はねって・・・やっぱ、初見は変な奴だよな。」

「ちょっと上げ足取らないでくださいよ。」

「すまんて。」

そんな会話をしながら歩いていると、佐久間さんが煌々と光るコンビニを指差した。

「ちょっと寄ろうぜ。ちょっと糖分欲しくなっちゃった。」

店内で彼は迷うことなく甘いカフェオレを手に取り、私には温かい紅茶を差し出してくれた。

会計を済ませて店の軒下に出ると、彼は再びスマホを取り出し、マップを開いた。

ブルーライトに照らされた佐久間君の横顔は、教室で見せる顔とは少し違って、どこか静かだ。

「ここからだと・・・こっちが近道か。雨だし、さっさと帰って寝るのが正解だよな。」

「・・・あの、佐久間さん」

「ん? どうした?」

「さっきのカードゲーム・・・、その、すごく楽しかったです。あんなに夢中になったの、初めてで」

「ははっ、マジで!? まあ思い返せば高篠、ポーカーとかババ抜きのときとか『えっ!?』とか『あぁっ!』とかわかりやすい良いリアクションしてたもんな。」

「・・・恥ずかしいです。」

少しの間、沈黙が流れる。

「実は私、今まであまり友達と遊んだことがなくて。いつも勉強とか部活とか、そういうことばかりだったので」

本当だ。カードをめくる時のワクワクする音、次はどうしようかと考え込む時間。あんな時間は、私にとって「特別」だった。

「そっか。なら、今日が記念すべき『放課後エンジョイ記念日』だな!」

佐久間君が手を広げてにやける。

「大げさですよ。」

「いーや、大げさじゃないね。鳳花だってこういうこと絶対言うぞ。」

ちくりと私の心が揺らぐ。

やっぱり、この劣等感は消えない・・・か。

「風凪さんも、ですか。」

つい、ことが吐き出てきた。

「まあ、鳳花だけじゃねえと思うけどな。」

「そう、かもですね。」

引っかかるこの変な気持ち。

「てか、鳳花が大富豪のときに、最初一とか十三とかバンバン出していて負けるんじゃねって思っていたけどさ。最後、八切した後に三で革命起こしてそこから、五と四とを三枚連続で出してとんとん拍子であがったの、熱かったよな。」

そう、あの試合、私はジョーカーを二枚持っていてかつ二を二枚持っていたのに、負けたんだ。

遊んでいるときは楽しくてそれが頭の中を満たしていたけど。

今思い返すと、やっぱり運はこっちに傾いていたのに負けたなんて。

・・・壁を感じた。

たかが遊びが、されど遊びになってしまう。それは今まで友達と遊んだことがあまりなかったからだろうか。それとも、メンタルが弱まっていたせいだからだろうか。それはわからないが、私が分かっていることは心にさらなる負荷がかかっているということ。

「風凪さんってすごいですよね。」

だから、その心を呟いてしまう。

「まあ、そうだな。あいつはすげえよな。性格を除けば。」

「フフッ。そうなんですね。」

佐久間君は、ジョークを交わしてしゃべってくれる。

「学校のテストとか成績とか、全部高いレベルでやり抜いてるじゃないですか。尊敬します、本当に。」

だけど私は俯き、自嘲的な笑みを漏らしてしまった。

そんな私の様子を見た佐久間君がすかさず遮る。

「いやー、高篠もすごいよ。いつも優秀でキビキビしていて。ぶっちゃけ鳳花よりもずっと人が良いよ。」

佐久間君はそういっているけど、違うの。

そういってくれるのは本当にうれしい。

でも、それが私の心を傷つける。

「・・・私は、トップになったことがないんです。」

その声は自然に出てきた。

人には見せたくなかった自分にかけた呪いを。その一片を。

「え?どうした?」

ほら、佐久間君が困惑してる。だから、やめてよ、私。

「なんか、私って何をやっても『そこそこ』止まりというか。」

次々と呪いが出てくる。

「勉強だって主席を取るために勉強したのに、無理だった。」

なんで止まらないの?佐久間君に言いたくないのに。

「学年一位は、いつも風凪さんに取られてしまいます。」

これ以上は、もう・・・

「私なんて、佐久間さんが思うほど凄くもなんともないんですよ。」

風凪鳳花という、圧倒的な「天才」。

彼と同じ空気を吸っているだけで、自分の積み上げてきた努力が、経験が。

―――色褪せた二番手でしかないと思い知らされてきた。

「私なんて、凄くもなんともない・・・ただの、負け犬です」

雨音に紛れて、熱いものが頬を伝いそうになる。

すべてをさらけ出してしまった。

歯止めがきかなかった。

急にこんなことを、仲良くなって間もないただのクラスメートに言われる。

絶対ひかれた。私が佐久間君の立場だったら距離を置いてしまうかもしれない。

そんな私の不安を無視するかのように佐久間君は足を止めず、淡々と語り始めた。

「・・・なぁ、高篠。努力をすれば結果とか名誉が得られるっていうのは・・・あれ、嘘だよなぁー。」

「え・・・?」

「なんか、現実はもっと違うというかさ。例えばさ、アインシュタインが生きていた時代に、別の天才物理学者が生まれたとするだろ? その人がどれだけ努力しても、さすがに『世界一』とは言われない。だって、アインシュタインがいるからな。」

佐久間さんは一度言葉を切って、雨の夜空を仰いだ。

「でもさ、アインシュタインが同じ時代にいるせいで、その人の努力が消えるわけじゃないだろ?もしかすると、その人が発明したのものが別の技術に使われて、結果人類の進歩に大いに活躍するってこともある。」

佐久間君は話し続ける。

「話が別なんだよ。」

彼は、私を励ますかのように笑い飛ばしてくれる。

それが私の負の感情に拍車をかける。

「でも、私はみんなのためになることなんてしてない。」

私はお母さんに恩返ししたいっていう私利私欲のためだけに勉強をしてきた。

そのなかで目標ができた。

そして、目標を突破できないただの落ちこぼれになった。報われなかったのだ。結局、首席を狙おうだなんて旗を振っておいて、それを獲得できなくて、特待生になれないで恩返しできなくて。

「それでいいじゃないか。」

「・・・でも、私は人に迷惑をかけてしまう。」

特待生になれなかった時だって、今日も傘を持ってくるのを忘れて、転んでけがをして、みんなに迷惑をかけてしまった。

「人間そんなものだよ。」

「でも!でも、私は胸を張れない。」

それは、喉の奥で詰まった嗚咽を、無理やり言葉の形に変えて吐き出したような声だった。

一度決壊した感情はもう止まらない。雨音にかき消されそうなほど震えているのに、その響きは痛いほど耳に残る。

まるで、ガラスの破片を飲み込みながら喋っているかのような、苦しげで、湿り気を帯びた悲痛な叫び。

自信がないから弱音を吐いてしまうし負の感情は高まるばかりだ。

学年一位だって狙っているけど、いつも獲れなくて悔しくなって。結果がものをいう社会で、その結果が出ずにただもがく人生なんて。惨めだ。

雨水で浸された道路に反射したきらめく街灯の光が、目にたまる水で濁る。

「・・・高篠は、人からの賞賛が欲しいのか?」

急な質問に私は驚きながらも返答する。

「べつに・・・いらない。」

「じゃあ、何が欲しい?」

何が欲しいのか・・・

自分では見つけられない。というか、見つけることができていれば、今みたいになっていない。

「ただ満たされない―――」

そっと、呟いた。

しばらく時間が流れた。

それはたった数秒だった。しかし、私にとってそれは無限に近かった。

雨の一粒一粒が私の瞳に鮮明に映った。

少し冷たい風が肌を撫でて通る感覚を、心臓の鼓動をより感じた。

さらけ出してしまった恥ずかしさと、佐久間君を困らせてしまった罪悪感で、頭がおかしくなりそうだった。

―――今すぐにでも逃げ出したい。

そう思った瞬間、そっと、彼の口が開く。

「それは自信なのか名誉なのか?それとも・・・」

そういうと、にやけながら私の方を見る。

「ちっぽけな一言かな?」

「え?どういう・・・」

私が驚く暇も与えずに、佐久間君は宣言する。

「俺は、一番になれなくても、頭のいい高篠のこと、普通に格好いいと思うぜ。」

「格好いい・・・私が、ですか?」

「おうよ。努力の価値は、誰かと比べて決まるもんじゃねーだろ?」

すとん、と。 その言葉が、私の胸の隙間に落ちてきた。

そんなこと初めて直接言われた。

いや、もしかすると、ずっと言われてきたのかもしれない。

ただ、それをはっきりと言われたことがなくて気づけなくて。

だから、満たされていなくて―――。

雨の音が聞こえないほど、私の心は煌めいた。

「なーんて、俺が言うと格好つかないけどな!」

佐久間君は恥ずかし恥ずかしといいながら顔を覆う。

その様子を見て、一気にどこか安心した。

「なんか、ありがとう。」

笑みが自然に出た。

この劣等感が消えることは決してない。

だけど、この気持ちを別の何かで上書きすることができる。

こんな私でもかっこいいって言ってくれる人がいる。

「いやー、こりゃ全世界の女子が惚れちゃうかなって。」

「ふふっ・・・それは、絶対にないですよ。」

「だよなー! あー、現実って厳しー!」

佐久間さんはわざとらしく頭を掻くと、「まあ、急ぐか!」と軽い足取りで歩く速度を上げた。

私は、彼の背中を追うために一歩を踏み出す。

水溜りを踏む感触は、先ほどよりもずっと軽やかだった。

ドクン、と心臓が一度だけ、強く跳ねた。

それが冷えた体温を上げるための防衛反応なのかそれとも違うものか。

私はその答えを探すのをやめた。

ただ、雨の中に滲む彼のマップの道筋をなぞるように、前を向いて歩き続けた。


しばらくお休みするかもです!すみません!

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