閑話休題:高篠神楽~前編~
「ねえねえ神楽ちゃんって、どこの高校志望なの?」
「私は・・・無難に魁堂高校とかかなー。」
「やっぱ、魁堂かぁー。この県じゃ一番頭いいところじゃん。さすがだねぇー。」
「まあねぇー。」
「さすが、万年テスト一位様だよぉー。」
「いやー、それほどでも・・・」
私の家は母子家庭で、お母さんはずっと仕事で大変だし、お金もあまりなかった。
だから、幼いころから暇をつぶすために勉強をずっとしていたら勉強が好きになっていて、勉強が取り柄になった。
そのせいか、友達と遊ぶよりも勉強の方が楽しくなって、いつしか友達遊ぶことはなくなってしまった。
私の夢はまだ決まっていないけど、お金を稼いでお母さんに恩返ししたいと思っている。
だから、今は良い高校・大学を首席で入って授業料を安く済ませながら勉強をするのが目標であった。
だから、中学三年生の今に至るまで定期テストとかもずっと一位をキープしていたし、塾に行っていなくても模試で常に上位に位置するようにしていた。
学校では提出物も忘れずに提出し、先生から好印象にみてもらうために優秀な生徒として過ごせていた。
そして、高校入試当日。この日は最高のコンディションだった。
“私ならいける”そう言い聞かせて緊張も抑えていた。
高校入試が終わった後、首席だと思った。それほど、完璧な出来だった。
合格発表の日。私は高校に行って掲示板を眺めていた。
首席の人には合格者の掲示板にかいてある自分の受験番号の左側に紙花が貼られている。
その時、心は不安ながらも、どこか自信に満ちていた。だから、私のところに紙花があってほしいと思っていた。
「ッ!・・・」
自分の受験番号がそこにあった。受験には合格していたのだ。あの難関高校として名高い魁堂高校に入学できたのだ。嬉しいし、安堵の気持ちはある。
だけど、
私の受験番号には紙花が貼られていなかった。
言葉にならない気持ちがぐるぐると胸をかき回した。
私はずっと勉強に勉強を重ねていた。なのに、それを上回る人がこの世にいる。それは至極当然の話で、別に気に留める必要はない。
だけど、それでも、
「なんで・・・」
ぐちゃぐちゃになった心は、一筋の涙として現れた。
友達みんなの入試結果が分かり報告会が開かれた。全員、志望の高校に合格していたようだ。私の周りには、笑顔に満ち溢れている。
「神楽すごいじゃん!」
「あの魁堂に受かったなんてやるじゃん。」
「やっぱ天才だったか・・・」
「おめでとー!いっしょに志望校に受かってよかったね!」
「みんな、ありがとう。」
友達はずっと褒めてくれる。それは嬉しいし、居心地はいい。悪い気は微塵もしない。
だけど、素直にその言葉を受け入れることができない。
それは心で育っていった自尊心とか矜持が、首席で合格していないという揺らぎもしない事実が本能的に受け付けていないのだろう。
そして、この気持ちは消化されないまま高校に引きずっていった。
高校に入って聞いて分かったことがある。
首席を取ったのは風凪鳳花という男の子だった。彼はどうやら全教科満点で合格したらしい。頭がおかしいとしか言いようがない。これを天才というのかと思った。
―――どうせ私は追いつけないと思ってしまった。
どうやって、全教科満点をとれるのかを聞きたかった。
だけど、私はためらってしまった。
彼とは別のクラスだったから話すこともなかったし・・・と甘い意識に飲まれて、べつに話さなくてもいいと思ってしまった。
そして、今まで通りの勉強をずっとしていった。いや、今まで以上に熱を入れていた。
それでも、心は荒んでいく。
定期テストが終わるたびに、劣等感を覚える。
彼は全教科満点で一位。私は二点ぐらい落として二位。
友達は褒めてくれるけど、私は二位でちやほやされている自分自身が惨めに思えた
どれだけ勉強方法を改善して、質問して対策をしても、フリーな時間を削って勉強に打ち込んだとしても、彼を超えたことがなかった。
そんなのが一年間も続いた。
そして、二年生に上がるとき、神のいたずらか、私と彼は同じ教室になった。
私は今度こそ、どうやったら全教科満点とれるのか。
でも、恥ずかしかった。そんなことを聞くのが怖かった。
そして、とある帰り道、突然目の前が暗くなった。
気が付くと図書室の隅にいた。
「え、え、え。今私帰っていた・・・」
そして、立ち上がって時計を確認すると、正午を回っていた。
「え?なんで?時間がもどっている・・・?」
何が起きているか全く分からず、とりあえず職員室に行った。とりあえずその日は早退し、病院で数日検査するために学校を休んだ。
結果は特に何ともなく、疲れで一時的に記憶が抜けたというものだった。。
たしかに勉強のために睡眠時間も削っていたからそうだと思うようにした。
そして、すぐに学校へ出席できた。
みんなからは、心配されたけど平気な顔をして、笑って受け流した。
このハプニングで風凪さんに質問しようと決意した。というのも今のまま勉強していたら、今回みたいにお母さんを心配させてしまうと思ったからだ。
昼休み、勇気をもって、うつぶせになっている彼に話しかけた。
「あの、すみません。」
「・・・」
あれ?む、し・・・?
「すみませーん。」
「・・・ん?ああ、ごめん寝てた。」
彼は、ゆっくりと、起き上がりながら返事をする。寝ていたみたいだ。
「で、なにかよう?」
そういいながら頭を横に回転させる。そして、私の方を見るやいなや、すこし、気まずい顔をしてきた。
え?私、嫌われている?
「え、あー。そのー。」
変なことを思ってしまったせいで言葉が詰まってしまった。
「ん?どうしました?」
私が恥ずかしがってもじもじしていたらせかしてくるように疑問を投げかけてくる。
言いづらいよ。こんなの。
「あ、あ、え、あ、」
完全に言葉を失ってしまった。どうしよう!
「えーっと、一回落ち着こう。」
「は、はい。」
そうだ、とりあえず、落ち着こう。ふうー。
「どうも。」
私が胸をなでおろしていると、目の前にいる彼が後ろに手を振っている。
後ろを振り向くと、そこには空嵩さんがいた。
「謝るの遅くなってごめーん。」
「いや、大丈夫大丈夫。そっちこそ大丈夫そ?」
「うん、平気平気。」
・・・これは、私だけ置いてきぼりってこと?
しかも、なんか空嵩さんが私の方を見た後に風凪君に何か耳打ちしているし。
私って、邪魔なのかな・・・?
「えーっと。私はいいですよ。また、後で伺いますから。」
惨めな気持ちになってしまった。
なんか私がのけ者みたいになって。
どうしてなの?
「いや、いいよいいよ。私が邪魔したのが悪いんだし。」
「いえ、本当にいいです。それでは。」
私はすぐに後ろを振り向いて彼らに背を向ける。
「ちょっま!」
風凪君の制止を振り切って私は廊下の渦に逃げるように入っていく。
それ以降はずっと浮かない気持ちでいっぱいだった。もう、彼に話しかけるのはやめにした。
メンタルがぐちゃぐちゃになって。
どうすれば・・・
そんなモヤモヤな気持ちで学校が終わった。私がリュックを背負い、再び彼のもとに行こうとした。すると、先生がごちゃごちゃしている生徒たちの波を躱しながらこっちに来た。
「高篠。ちょっと、手伝ってくれないか?」
私は学級委員ということもあって、こうやって先生に頼まれされることが多い。
今日は気分が良くないし、すぐ帰ろうと思ったけど・・・まあ、いいか。
「あ、分かりましたー。」
結局印刷や書類の整理を手伝わされて、三十分ぐらいして下校できた。外に出ると雨が降っていた。バッグを確認するが、折りたたみ傘がなかった。
今日の朝、雨が降るの知っていたから準備していたのに・・・
「はぁー。なんでこんな目に・・・」
呟いてしまった。その言葉には今まで我慢していた気持ちが全てのっかっていた。
幸い学校は駅に近いから急いで走る。
雨に紛れて涙がこぼれていく。
感情があふれ出てくる。
泣いて引けないと思いつつもあふれてしまう。
電車に乗っているときもびしょびしょになりながら涙が出てくる。
“―――消えたい”
そう思うほど惨めだ。
私はすぐに電車を降りて、急いで家に向かう。
ズリッ、ドン
「―――イッ!」
工事現場を通り過ぎようとしたら、大きなくぼみに躓いて転んでしまった。
幸い頭から行かなかったけど手と膝を強く打ってしまった。
「なんでこんなところに・・・もう、踏んだり蹴ったり・・・」
体と心の痛みで、そのまま座りこんでしまった。
「死にたい・・・」
もう、メンタルは限界だった。鉛を飲み込んだように胸が重い。息を吸っても酸素が脳に届かないような、泥沼のような閉塞感。
ドォンッ!!
「え?」
鼓膜を揺らす破裂音に、思考が強制中断される。
隣の工事現場が悲鳴を上げたかのように大きく振動していた。
ふと見上げると、雨粒にしてはあまりに巨大で、あまりに硬質な影が、空から迫ってくるのが見えた。
「コン、クリート・・・?」
認識した瞬間、血の気が引いた。
降ってきたのは、私の頭よりも一回り大きい鉄筋コンクリートの塊。重力に任せ、殺意の塊となって一直線に私を狙っている。
直撃すれば、軽傷どころか―――即死だ。逃げなきゃ。脳が警鐘を鳴らす。
「ッ!」
だが、痛みで足が動かない。一歩も踏み出せないまま、死の影が視界を覆い尽くしていく。
「うそ・・・」
死ぬ。こんな、あっけなく。まだ何も成し遂げていない。目と鼻の先まで迫る圧倒的な質量。避ける術はない。
「だれか・・・たすけて・・・」
絞り出したのは、誰に届くとも思えない最期の祈り。 しかし――その祈りを切り裂くように、背後から怒号が轟いた。
「おらぁぁぁぁあああああ!!」
突風。瞬き一つ分の空白。次の瞬間、視界を埋め尽くしていたはずのコンクリートが消滅していた。
いや、違う。
私の目の前で、巨大なコンクリート塊が弾き飛ばされ、少し離れたアスファルトの上で無惨に転がっていたのだ。
「え?」
何が起きたのか理解できず、私は硬直する。呆然と立ち尽くす私の背後から、先ほどの怒号とは打って変わった、気遣わしげな声が降ってきた。
「だ、大丈夫か?」
後ろを振り向くと、そこには、土煙の中で拳を握りしめた一人の男子生徒が立っていた。見慣れた、我が校の制服。
「だ、だいじょうぶ・・・です」
震える声で答えながら、私はその顔を見た。そこにいたのは、なんとクラスメイトの佐久間扶郎君だった。
「ならよかった。」
「なんで・・・?」
ふと後ろを見ると、無造作に置かれた傘が目に入る。
そのすぐ横で、佐久間君の右手からじわりと血がにじんでいた。
「なんで、って・・・前にいた高篠が転んでるの見えたからさ。駆け寄ろうとしたら、上から変なブロック落ちてきて。ぶつかりそうだったから、助けただけだよ。」
そう言いながら、気にしていないふうに右手を軽く振る。
私は、言葉を失った。
そのとき、佐久間君がはっとした顔をする。次の瞬間、着ていたブレザーを脱いで、そっと私の肩にかけた。
「え、これ・・・?」
私が問いかけるより先に、彼は傘を取りに走っていく。
戻ってくると、私の頭上にそっと差し出した。
「いや、だってびしょびしょじゃん。そんなの、風邪ひくぞ。」
「あ、ありがとうございます・・・」
素直に受け取る。今になって、自分の体が芯まで冷えていることに気づいた。
制服を整えていると、佐久間君が私と同じ目線になるようにしゃがみ込む。
「立てそう?」
声が、思っていたよりもずっと優しい。
「無理かもです・・・」
膝がまだずきずきと痛む。思いきり打ったから、しばらくは動けそうにない。
「なら、おんぶするよ?」
「へ?」
へんな声が出てしまった。おんぶとは私の見解だと男女間において恋人同士でしか許されていない禁忌。それを急に犯そうと勧誘してきたのだ。驚くにきまっている。
「いや・・・」
「まあ、さすがに急すぎるか。」
照れくさそうに笑って、目を逸らす。
「そういうのじゃなくて・・・なんか、びっくりしたというか。申し訳なくて・・・」
半分自虐混じりに断って、うつむく。
「いいって。気にすんなよ。」
「でも、私の家、ここから結構かかるし・・・」
「どれくらい?」
「五〇分くらい。」
佐久間君が露骨に顔をしかめた。
ちょっと今の顔、面白いかも。
「遠っ。いつもどうしてんの?」
「自転車です。でも今日は雨だから歩いてきて・・・」
「で、傘忘れたと。」
すかさず突っ込まれる。
「バカですよね、ほんと。」
そう自嘲しながら言った瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
笑ってごまかしたけど、涙腺が少し危なかった。
「そんなことないだろ。人間、ミスくらいするって。」
何気ない言葉なのに、不思議と救われる。
「そうかもですね。」
「あ、そうだ。今、鳳花の家行くとこだったんだ。いったんあいつの家で雨宿りしよ。」
「え? 風凪さんですか?」
胸が、わずかにざわつく。
「そう。風凪鳳花。遊ぶ約束してた。」
「あ、そうですか・・・」
やっぱり、ちょっと怖い・・・というより抵抗感がある。
「行けるか?」
「大丈夫です。」
「とりあえず、傘持って。」
そう言って傘を私に渡すと、バッグを前に背負い直す。
そして私の前に立ち、軽く腰を落として背中を向けた。
「ほら。乗って。」
「え、いいんですか?」
「早く早く。膝痛いんだろ。」
急かされる。
「じゃ、じゃあ・・・失礼します。」
両手をそっと肩に置き、ためらいながら体重を預ける。足を浮かせると、彼の背中が思ったより広くて、あたたかい。
「よし、行くぞ。」
立ち上がる衝撃に、きゅっとしがみつく。歩くたびに、体が上下に揺れる。高校生になってからおんぶされるなんて、想像もしてなかった。
だからなのかなんだか、楽しい。
「ふふっ。」
雨の冷たさより、背中のぬくもりのほうが、ずっと強かった。




