梅雨の訪れはどこかワクワクする~第二ラウンド~
そして、瞬きをした次の瞬間。
目の前には、さっきまで全力で駆け抜けていたはずの道路が、何事もなかったかのように広がっていた。アスファルトのひび割れ。街灯の白い光。夜気に混じる排気の匂い。
現実だ。
「・・・なんだったんだ、今の。」
息が詰まり、思考が追いつかない。
身体だけが取り残されたように、その場で硬直する。
だが―――
そんな余裕を、時間は与えてくれなかった。
スキル発動:魔力感知
背筋に氷水を流し込まれたような感覚。
僕は反射的に、真上を見上げる。
しかし弾丸はすでに、目と鼻の先の位置にあった。
伸ばせば触れてしまいそうな距離まで迫っている。
度重なる不測の事態。
理解不能な現象。
思考が渋滞を起こしたせいか、弾丸の動きが異様に遅く見えた。
そして、思考だけが僕を支配する。
――防御は無理だ。
魔力を張ったところで、一瞬で貫かれる。
――弾いて軌道を逸らす?
無理だ。魔力の反応が間に合わない。
――回避?
さすがに速度が違いすぎる。
完全な、圧倒的詰みの状況。
「……あ、これ」
死ぬ。
理屈じゃない。本能がそう告げていた。
しかし、僕の魔力感知はもう一つ、尋常じゃない速度で迫るもう一つの異物を検知した。
カキンッ―――
澄んだ、鋭い反響音。
目の前にあった弾丸が、一筋の青紫の閃光によって弾かれた。
金属同士が噛み合ったような音を残し、弾は明後日の方向へと消えていく。
僕は一瞬、呆然とその光を追った。
・・・綺麗だ。
青紫の軌跡。空間に残る金属音の余韻。
もっと、こうして聞いていたい――
『何してんだ! 早く走れ!』
思考を叩き割るような怒号。
『え、あ、あああ!』
我に返り、僕は再び公園に向かって地面を蹴った。
『マジで、俺の魔力感知が少しでも遅れてたら死んでたぞ! 間一髪すぎるわ! もう二度とこんなことさせんな!』
めちゃくちゃ不機嫌だ。怒ったお母さん並みに怖い。
どうやら、花がさっきの一撃を防いでくれたらしい。
・・・というか、壁ごとぶち抜いたのか。
こいつやっぱ、狂ってんなぁ。
『ごめん!』
『謝る前に脚を動かせ! もうこっちは公園に着いてるから!』
『押忍!』
マジか。僕待ちってことか。到着早すぎだろ。
でも――
正直、もう間に合わない気がしていた。
駅から公園まで、残りおよそ六分。霧が下りるまで、およそあと三分。
魔力で身体ごと飛ぶにしても、魔力放出量も、時間も足りない。
花が遠距離から援護してくれているおかげで、弾の威力も、間隔も少しは緩んでいる。
だけど。肉体を捨てれば、隙だらけになって即貫通。
ほんで魔力が流れなくなれば、肉体死亡で終わりだ。
『どうすりゃ・・・』
『は? なにが?』
『あっ、ミスった。』
間違えてソウルコネクトを発動してしまった。
しかも、最悪な独り言を吐露しちゃって。
本当に最悪だ。
『もう、間に合わない。』
花の声が、低く落ちる。
『え?』
情けない返事をしてしまった。いかん、いかん。
『……そう思っただろ。』
『い、いや、そんなこと。』
見透かされている。
いや、それより――なんで否定した。本当のことじゃないか。素直になれよ。
『ソウルコネクトはな、意識の会話だ。感情も、少しは伝わる。』
『そうなの?』
初耳だ。
嘘か本当かは分からないけど。
『それでだ。間に合わないなんて言うな。』
声が、強くなる。
『この街を、普通の生活を守りたいって思ったんだろ!だったら、貫け。』
熱が伝わってくる。気迫が、胸を焼く。
『超えろ! 限界を超えろ!』
本気だ。
花は、最初から本気だったんだ。
公園まで、本気で来てくれた。
さっきは、本気で僕を救ってくれた。
でも、僕は何をしている。同い年で元自分に後れを取ってもいいのか?
それは、僕の目標に反しているだろ。
・・・なんだよ。
ちょっと、ノってきたじゃんか。
こういう展開嫌いじゃないわ。
さっきの記憶が、脳内で再生される。
この言葉も――嫌いじゃないね。
『痛みが、自分を動かすんだって?』
僕は、歯を食いしばる。
『……やってみるわ。』
『できるもんならな。』
もう!しっかりしろ!自分!鳳!
自分を叱咤する声が、頭の内側で跳ね返る。
感化されたなら、立ち止まる理由はない。行動あるのみだ。
「やってやらぁぁあああ!」
ええい!思うがままになりやがれ!
思考を振り切るように、僕は地面を力ずよく踏みしめる。
同時に、体にまとった魔力を一点へと集束させた。
魔力が、内側から軋みを上げる。
――まだだ。
さらに圧力をかける。
集中のあまり呼吸が乱れ、全身が痺れる。
それでも止めない。
「もっと・・・! もっとだ・・・! 臨界まで・・・!」
圧縮しきった魔力を、足裏へと運ぶ。
蹴り出す瞬間、その拘束を一気に解放した。
内側から破裂するイメージ。
そして、にやけながら呟く。
「ボーン。」
爆裂した魔力が足裏から噴き出し、地面を抉り取る。
砂利と土が弾け、視界が一瞬で後方へと引き千切られた。
身体は衝撃に耐えきれず、空中で大きく体勢を崩す。
それでも、止まらない。
空気を引き裂きながら、無理やり前方へと推進していく。
ドンッ
「―――いって!」
壁だ。いっけねぇ。威力強えぇ。
吹き飛びすぎて右半身から壁に激突してしまった。
骨折はほとんど直っているけど、それでも、ジンジンしてくっそ痛い!
痛みで息が詰まる。
だが、止まる暇はない。
弾丸が唸りを上げて迫ってくる。
「おりゃ!」
反射的に、壁を蹴る。
再び、足に圧縮した魔力を乗せ、内側から解放する。
爆発。
身体は上方向へと弾き飛ばされ、視界が一気に開けた。
「ヒャハァァァア―――!」
体勢は最悪。
顔に叩きつける風圧が、皮膚を削るみたいに痛い。
それでも――
「いい!」
最高だ。
足裏から、背中から、手のひらから。
魔力が爆ぜ、その反動で身体が投げ出される感覚。
世界が後ろに流れていく。
僕は天才や!一気に公園まで一直線や!アハハハハ!
「これを瞬魔と名付けよう!ほんで、天吸!」
圧縮と爆裂。そして天吸。このスリーサイクル。スーパー効率アンド威力!
この超高速じゃ弾も追いつかなかろうに!もう無理じゃけい!アハハハハハハ !
有頂天のまま気づいた時、僕はすでに、公園の上空を滑るように飛んでいた。
「どうもー!」
そういいながら、重力に任せて落ちていく。
そして、着地寸前に魔力を大量放出してクッションにして、華麗に地についた。
『え、本当に間に合うんか。あれからまだ一分も経ってないぞ。』
花が驚きと苦笑を混ぜながら、僕に話しかける。そして、ベンチにぐったりと座っている。
なんか、まだ毒が残ってそうなんですけど。
『まあ、とりあえずこっちに来てくれ。』
「りょうかい!」
小走りで花のところに行き、即座に地面に横たわる。羞恥心なんて気にしてられねぇ。佳境だぞ。
「じゃあ、この体頼む。」
そういって、肉体から離れる。
いやー、霊体ってめっちゃ気楽や!体が軽い軽い。
僕が内心はしゃいでいると、花がジト目で見てくる。
『早く行け!』
そうだった。あのクソ魔獣をぶっ殺しに行くんだった。
忘れていた・・・というか浮かれていた。失敬!
『あ、これもってけ。』
僕が花に踵を返して魔獣のもとに行こうとすると、花が引き留めてきた。
そして、僕にはいといってベンチの下に置いてあった何かをわたしてきた。
「これって・・・剣か!」
刃渡りが長い直剣で、青紫がかっている。そして、脆くない!
これは、魔力で作られた剣じゃない!だと。なんか、あの弾と同じ感じがする・・・
まあ、今は気にしないでおこう。
『じゃあ、行け!がんばれよ!』
「ああ。ありがと。」
花が背後で肉体に入っていくのを感じながら、さっきのように魔力を爆発させて飛ぶ。
土煙が花に飛んだかもしれんけど、まあいいか!
とりあえず、あのアホ面に一太刀入れたるわ!
そういって、僕は毒霧飛び交う梅雨の雨雲に向かって閃光のように飛んで行った。




