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違うっ、そうじゃない!

作者: かんな月

 とある伯爵邸の一室。

 この部屋の主である伯爵令嬢リザが嘆きの声を上げる。


「もう、返事を書かなくてもいいわよね?」


 リザの手には婚約者から届いたばかりの手紙が握られている。

 まだ中身の確認すらしていない状態でそう嘆くリザを側付きメイドが窘める。


「さすがに婚約者様からの手紙に返事を書かないのは失礼なのでは?」


 正論である。

 しかし、リザにも言い分がある。


「だってこれ以上、何を書けって言うのよ!」



 リザの婚約は親同士が決めたものだ。

 だが、リザは婚約自体に不満はない。

 何なら婚約者であるエミリオのことも好いているし、エミリオとの仲も順調だ。

 つい先日もデートをして、側付きメイドがうんざりするほど惚気話を聞かせたばかりである。


 エミリオと直接会って、話すのは楽しい。

 趣味も似ているし、一緒にいると落ち着く。

 何よりリザのことを大切にしてくれる。

 不満なんてない。

 ただ一つのことを除いては。

 それは――――。




「だって三日にあげずに手紙を送ってくるのよ?」



 そう。

 エミリオは筆まめだった。

 一方のリザは筆不精とまではいかなくても、あまり手紙を書くことが得意ではない。


 それでも、最初は頑張った。

 何より愛しのエミリオからの手紙が嬉しかったのもあり、ああでもないこうでもないと頭を捻りながら何とか書くことを絞り出して、手紙の返事を送った。


 しかし、やっと返事を送れたと安堵する間も無く、次の手紙が送られてくる。

 そして、その手紙にも返事を送れば、またもやすぐに手紙が送られてくる。

 その繰り返しだ。


 終わりがない。

 エンドレス。


 そうして飛び出したのが、先程の「返事はもう書かない」という嘆きというわけだ。



「大体この手紙を見てよ。分厚っ! 手紙にあるまじき厚さでしょ? 机の上に置いたら立つんじゃない?」


 リザの言う通り、エミリオからの手紙は信じられないほど分厚い。

 この分量がこう頻繁に送られてくれば、さすがに返事を負担に思うのも無理からぬことだ。


「でしたら、手紙の頻度を減らして頂けるようエミリオ様にお願いしてみてはいかがですか?」

「したわよ! 何度もそれとなく『こんなに頻繁に手紙を送るのは大変でしょうから、もっと頻度を減らしてみては?』って言ったわよ! だけど『全然大変じゃないから』って言われたのよ!」

「それなら素直に、手紙の返事を書くのが負担だとお伝えしてはどうですか?」

「それも言ったの! だけど『無理してすべての手紙に返事をくれなくても構わないよ』って。――――違うっ、そうじゃないの!」


 リザが頭を抱えて呻き声を上げる。

 いくら毎回返事を書かなくてもいいと本人から言われたとしても、周りの目は厳しい。

 婚約者からの手紙に返事をしないなんて、どうやら二人は不仲らしいと悪い噂が流れてしまうことも考えられる。

 そして社交界では、良くも悪くも噂には尾ひれがつくものだ。

 不仲から婚約破棄間近なんて噂に変わる恐れもある。

 そうすれば好奇の目で見られることは必至。

 もしかしたら、エミリオに色目を使う令嬢が現れないとも限らない。

 それは勘弁願いたい。


「だから、これまで頑張って手紙の返事を書いてきたけど、もう無理。これ以上、もう書けない」


 深い深いため息をついて、リザが諦めの境地へ至る。

 こうなる前に、リザも色々と試したのだ。


 例えば『そうですか。良かったですね』という一行だけの素っ気ない返事を送ったり、起床から就寝までの一日の生活を綴った日記のような返事をしたり、今日の食事のメニューと感想といった食いしん坊だと思われそうな返事も書いた。

 だけど、エミリオはこんな返事でも喜んでくれた。

 むしろ「普段のリザのことを知れて嬉しい」とまで言ってくれた。

 それはそれでリザも嬉しかったけれど、さすがに毎回一行だけの返事をしては嫌われるかもしれないと自重し、かといって日記もどきや食レポを何度も送るのは何となく気恥ずかしくて、すぐにネタが尽きてしまった。

 もう、どうしようもない。


「リザお嬢様はエミリオ様から手紙をもらうこと自体がお嫌なわけではないのですよね?」

「それは勿論。好きな人から手紙をもらって嫌なわけがないじゃない。返事を書くのだって、こんなに頻繁でなければ別にいいのよ」

「それでしたら、エミリオ様に手紙を送るのは月三回までにしてくださいとお願いしてみるのはどうでしょう?」

「何で月三回なの?」

「回数はリザお嬢様のお好きなようになさってください。それよりも、エミリオ様には遠回しに言ってもこちらの意図は伝わりません。それならば、こちらの要求をはっきりとお伝えするのが得策かと。きちんと理由をご説明すれば、エミリオ様ならご理解くださいますよ」


 側付きメイドの助言にリザが「うぅーん」と声を出して考え込む。

 そして、静かに頷いた。






「やった。やったわ! 手紙を出すのは月に三回までにしてくれるって!」

「良かったですね。リザお嬢様」


 かねてから約束していたエミリオとのデートから帰宅したリザが今にも小躍りしそうな様子で自室に入ってくる。


「貴女の助言のおかげよ。本当にありがとう」

「お役に立てて光栄です。これで一安心ですね」


 そう言って喜びを分かち合う二人はまだ知らない。

 後日エミリオから回数を減らした分、さらに分厚くなった手紙がきっちりと月に三回送られてくることを。

 そして、その手紙が回を増すごとに厚みを増し、ついには巻物に変わることを。

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