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コールセンター:コーリングフロムヘル株式会社

ここは埼玉県の大宮駅。東京の植民地の街をペンギンが歩いています。

彼の名前はバナナペンギンさん。今日もブラック企業をよく知るためにインタビューをしているのです。


「ついたスン。」


バナナペンギンさんが到着したのは、駅から5分くらいの微妙なビルです。

エントランスは狭くて暗いので、バナナペンギンさんはプルンとふるえてしまいました。


エレベーターに乗ろうとしましたが、バナナペンギンさんには高すぎて、ボタンに手が届きません。

バナナペンギンさんはしかたなく、バナナのはじっこをにぎって、バナナでボタンを押しました。

ボタンはバナナのカスが少し付着した状態で沈み込み、5階を示します。


エレベーターは3人乗ると満杯になりそうな具合です。息がつまりそうです。

しかも、足元の隅にはほこりが溜まっており、少し汚いです。


「ブラックきぎょうならあるあるスン。」


チン。


さて、5階につきました。

ブラック企業のエレベーターは、閉まるのがとても早いのがとくちょうです。なので、転がるように飛び出さなければなりません。


見ると、眼の前には錆びた鉄のような緑色のドアが、こちらを出迎えてくれます。

バナナペンギンさんは興奮して、チャイムを3回押しました。


ガチャ、と音がなり、明らかに寝不足そうな社員さんが扉を開けてくれました。

バナナペンギンさんはここぞとばかりに自己紹介をします。


「ぼくはやさしいペンギンさん。すきなたべものはバナナ。」


ちょっと待っててくださいね、と言って社員さんは戻っていきます。

5分ほど待つと、少しやつれた事務系のお姉さんがやってきました。


「こんにちは、本日ご案内するコーリングフロムヘル株式会社・総務人事経理課の山下です。よろしくお願いします。」


「ぼくはやさしいペンギンさん。すきなたべものはバナナ。」


「承知しました、バナナペンギンさんですね。よろしくお願いします。ちなみにバナナペンギンさんがご見学にいらっしゃったご理由をお聞かせいただけますか?」


「ブラックきぎょうに入社したいスン。」


「そうだったんですね。確かにブラック企業の様子って気になりますよね。弊社はコールセンターを運営するブラック企業になりまして、中堅通信企業の孫請けとしてセンターを運営しています。」


「利益も幸も薄そうスン。」


「はい、そのとおりです。大手さんが幅を効かせていて、いつも困ってしまうんですよ。」


社内を歩きながら山下さんは説明をしてくれます。


「クレームはあるスン?」


「もちろんです。弊社が使っているリストは名簿業者から仕入れていて、顧客の許可を取っていないものになります。なので、どこからかけて来ているんだなどとお尋ねになるお客様もいらっしゃいますね。」


「当然の質問スン。」


「その場合は適当に嘘をついて、以前アンケートをもらったとか適当な話で逃げるように伝えています。名簿業者を使っていることはひた隠しにしなければなりませんので。」


「わくわくするスン。」


「21時までしか営業してはいけないのですが、弊社は22時まで電話をかけています。なので、遅い時間帯であればあるほどお叱りをいただくケースも多いですね」


「怒られたらどうするスン?」


「まずは共感ですね。お怒りになられているお客様の感情をうまく受け取ります。例えば――そうですよね、こういう電話が遅くにかかってくるとちょっと迷惑かもですよね、すみませ〜ん――などです。」


バナナペンギンさんはおしりを左右に振りながら聞いています。


「その上で、当社の電話サービスにお切り替えを誘導するために質問をしていきます。例えば、使われているのはドコモさんとかauさんとかどちらですか、などです。こうすると質問に答えてくれるお客さんが多いので、そのままヒアリングを開始します」


バナナペンギンさんはおしりを左右に振っています。これは、ブラック企業ぶりを感じているサインです。


「なんども怒られると、メンタルが落ちてしまいそうスン。」


「大丈夫です。電話機と左手をガムテープでぐるぐる巻きにしますので、受話器を置くことができなくなる仕組みになっています。これにより、時間いっぱいかけ続けることができるのです。」


「すごいスン。とてもバカみたいスン。」


バナナペンギンさんはジャンプしながら喜んでいます。純度の高いブラック企業ぶりを感じている証拠です。


では、実際にブースを見てみましょう、と言って山下さんが案内してくれます。バナナペンギンさんは遅れないように早足でついていきます。なお、社内を歩いている間、誰もあいさつをしてくれません。


「はい。ここがブースになります。」


「ギチギチスン。」


「弊社は薄利が特徴ですので、ブースもギチギチになります。」


「ギチギチすぎて、これでは隣のペンギンのひじがあたってしまうスン。」


「大丈夫です。隣はペンギンではなくヒトですので安心してください。メンバーとの距離が近い、アットホームな職場となっております」


バナナペンギンさんは少し悩みましたが、バナナをひとくち食べると「アットホームだからいいかもスン」と落ち着くことができました。


落ち着いたひょうしに、バナナペンギンさんのお腹はくうくう鳴ってしまいました。


「ごはんがたべたいスン。」


「それでしたら、ブースでどうぞ。」


「隣のペンギンが電話をしている隣で食べてもいいスン?」


「はい、隣はペンギンではなくヒトですので大丈夫ですよ。」


それなら安心スン、とバナナペンギンさんはブースでバナナをむいて食べ始めました。ブースの中では、ほうじゅんなフィリピン産アポ山バナナの香りがただよいます。お隣では月見バーガーを食べながら電話しているヒトもいて、なかなか自由なふんいきです。


「自由な職場はとてもいいスン。」


「そうですよね。ただ、それでもルールはあるんですよ。」


「えっ、ほんとうスン。」


「はい。カップラーメンはこぼれると機械の故障につながるので禁止です。同じように、蓋付きでないコーヒーなども禁止です。」


「カップバナナは大丈夫スン?」


「こぼれないので大丈夫ですよ。」


それならバナナペンギンさんも一安心です。


「ブラックきぎょうのボスにも話をきいてみたいスン」


「承知しました。でしたら社長兼センター長のところにご案内しますね」


山下さんは一番奥の大きいデスクに案内してくれました。


「やたらと偉そうなデスクスン」


「こうでもしないと承認欲求が満たせないんですよ。」


「なるほどスン。とても興味深いスン。」


社長兼センター長がやってきて、握手をしてきました。


「ぼくはやさしいペンギンさん。すきなたべものはバナナ。」


「どうもこんにちは。バナナペンギンくんだね。私が社長兼センター長の栗田だ。」


栗田さんは、とても強そうなラグビー部員がそのままおじさんになったような人でした。


「なんでブラック企業をやっているスン?」


「それはなあ、社員が揃って弱いからなんだよな!ハッハッハ!」


「弱いとブラック企業になるスン?」


「そうなんだよ。コールセンターなんて、ガチャ切りされてなんぼ。興味がない人に電話を売るんだから、例えるならナンパと一緒だろ?そんなの断られたって気にしなければいいのに、くよくよ悩むんだよな。だからコール数が減って売上も減っていくんだよ。バカみたいだろう?」


バナナペンギンさんはまたおしりを左右に振っています。


「ブラック企業の経営者は、よく営業をナンパとかキャッチに例えるスン。」


「あるあるなのかもしれないなあ。ハッハッハ!」


「社員には申し訳ないとは思わないのスン?」


「正直、社員に月給16万しか払えなくてごめん!と思っているよ。交通費も出してないしなあ。でもそれも自己責任だからなあ。俺は人の5倍稼げるやつに2倍給料をあげるかわりに、人並みにしか稼げないやつにはちょっとしか上げたくないんだよな。ハッハッハ!」


「ふてぇ野郎スン。こういう社長がいるから戦争が終わらないスン。」


バナナペンギンさんはぺたぺた足踏みをしています。興奮している合図です。

「吐き気がするような社長スン。」


山下さんは微笑んで答えます。


「本当ですよね。私もこの社長の元で働いているので、よくストレスで吐いてしまうんですよ。」


「仕方ないよなあ!だってお前が弱いんだから!ハッハッハ!」


一通りのヒアリングが終わると、山下さんは経理の仕事があるからと仕事に戻っていきました。


「じゃあ、俺はそろそろ取引先との接待があるから!もし良かったら入社してくれてもいいんだぞ!ハッハッハ!」


社長もまだ6時だというのに早々に接待に向かいます。

バナナペンギンさんも一緒のタイミングで会社を出ました。

社長はハッハッハ!と叫びながら夜の街へ消えていきました。


「とても魅力的だったスン。少し考えるスン。」


帰り道、バナナペンギンさんはとてもワクワクしていました。

まだまだ世界にはブラック企業がいっぱいあります。


明日はどんなブラック企業が待っているのでしょうか。


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