仄闇の穴へ
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!
ホラーっていいですよね……
嫌な人間を書き放題というか、ね!!
本編をお楽しみください♪
「ねぇ由唯、お母さんでよければ話してくれない?」
「…………」
母のまっすぐな視線に、答える自信などなかった。
妊娠に気付いたとき、倉田由唯は目の前が真っ暗になるのを感じた。まだ高校生だし、母とふたり暮らししている家計は火の車、それに、そんなことよりも。
問題は、目の前の母だった。
由唯の妊娠を知った母は、青ざめた顔で相手が誰なのか、このことを知っているのかと尋ねてきたが、母にはどうしても言えなかった。
──父親は、あんたの彼氏だよ。
言えばどうなるか、わかっていたから。
由唯の父親は、覚えているだけでも5人いた。
いつの間にかいなくなっていたり、大喧嘩の末に出ていったり。それでも懲りずに再婚を繰り返しては、また離婚して大声で泣き喚く母の姿を、由唯は幼い頃からたびたび見ていた。
『由唯はいいよね、ただ突っ立ってればいいんだから!』
泣き喚く母の姿に戸惑えば、悲憤の矛先が向いて。
『そんなに私惨め!? あんたに憐れまれる筋合いない!!』
泣き止んでほしくて頭を撫でれば、腕が千切れそうなくらい乱暴に振りほどかれて。
『子どもが何口挟んでんの! わかんないでしょ、大人同士のこと!? いいからそこで遊んでなよ、さっきまで無神経に遊んでたんだから!』
喧嘩のときに母を庇えば、そう足蹴にされて。
そんな扱いを受け続けても、由唯は母を愛していた。「父親」さえ絡まなければ母は誰よりも由唯に優しかったし、いつだって由唯のことを考えて動いてくれていた。そんな母のことが、由唯は大好きだったのだ。
そんなある日、当時の「父親」──今のふたり前だったか──と留守番していた由唯は、まだ中学校に上がったばかりの少女に欲情する大人がいるということを、その身で思い知らされた。
抵抗しようとしても身体が萎縮して動かず、助けを呼ぼうにも喉から声が出ず。全身刺されたような激痛と、身体の奥に滞留する異物感で吐き気がして、それが何であったかを認識してからはたまらなく恐ろしくなって、母に打ち明けた。
そんなことされたの!?
そんな酷いことするなんて!
怖かったよね、もう心配ないからね。
母の反応は、由唯の想像していたどれとも違っていた。
『は?』
第一声からして、それまでと比べ物にならないほど不機嫌であることが窺えた。それから由唯を自分の前に立たせ、『そっか……』と冷めたような、それでいてドロドロとしたものが煮えたぎっているような憎悪すら感じる声と眼差しで見つめて。
『またかよ』
そう呟いて、母は由唯を思い切り蹴飛ばしたのだ。更に、突然のことに驚きながら仰向けに倒れた由唯の上で馬乗りになり、何度も拳を振り下ろして喚いた。
『またか! また由唯は私から幸せを奪うんだ!! 妊娠したって言ったら逃げられて、子ども連れってバレたら逃げられて、育てるお金が要るからってお金を出せずにいたら逃げられて!』
顔を庇う腕が痛くて、怒号を受ける耳が痛くて、無慈悲な言葉を浴びせられる心が痛かった。
『やっとそういうの気にしないって男と会えたのに! なんで、なんでなんでなんで!? なんで由唯は、お母さんの幸せを邪魔するの!? もういいじゃない、さんざんお母さんをひとりにしてきたじゃない! なに、今度は男を寝取ることまで覚えたわけ!?』
捲し立てられる言葉の半分も理解できなかったけれど、それでも。
『あのとき、もう少しでもお金があったら……! もう少し早くお金を用意できてたら!! そうしたらお前なんか産まなかったのに……!!』
その後どれだけ優しく接されても、どれほど愛情を注がれていると感じる瞬間があっても、この言葉が由唯の心の底に重く横たわることになる。
そういう経緯もあって、お腹の子の父親がわかってしまえば母からどんな詰られ方をするか、想像することすら厭わしかった。どんなにこちらが抵抗したことを伝えても、自分の意思では断じてなかったと伝えても、彼を拒むために部屋に施錠していたことまで伝えても、きっと無駄だから。
「大丈夫だよお母さん、なんとかする……なんとかするから」
「本当? ねぇ由唯、こういうことはちゃんと相談してよ。お母さんも力になるから」
それが決して叶わないものであることを悟っているからこそ、由唯は母の言葉に「ありがとう」と返すしかなかった。
こんなはずじゃなかったのに。
由唯の頭は、そんな言葉で埋め尽くされていた。
学校終わりにバイトをして、どうにか金を貯めて家を出ようと思っていた。母や、母のもとを訪れては由唯を穢らわしい目線でねめつけてくる「彼氏」から逃げるために。最近ようやくひとり暮らしをする目処が立って、もう少ししたらどこかの物件を借りようかと思っていたところだったのに。そんな折に毒牙にかかり、そのうえ妊娠までしたのだ。
当たり前だが、貯めていたのは由唯ひとりで暮らしていくための金だ。間違っても幼い子どもを抱えていけるような額ではない。
それなら実家に残る? それも、今となっては絶対に選びたくないことだった。とはいえ、中絶にも費用もかかる。ようやく家を出られると希望を見出だしたばかりだった由唯にとって、それが遠のくのは絶望以外の何物でもなかった。
自分の身体を、見知らぬものに侵されているような感覚。心が千々に乱れ、思考が混濁して、時折手術以外の方法で堕胎や流産をする方法を検索しようとしている自分に戦いた──かつて母が由唯に向けた、『お前なんか産まなかったのに』という言葉を思い出してしまったから。
「……やっぱり、わたしも同じなんだ」
身体の奥を氷柱で刺し貫かれたような寒気が全身を襲う。途方に暮れて、いっそのこと命を断ってしまおうかとも思った。
きっと自分はこの先も、たとえ腹を決めて子どもを産んだとしても、きっと母と同じことをしてしまう。そして、いま自分が母に抱いている感情を向けられる。そんな未来に、希望など見えるわけがなかった。
決めるなら早く決めなくては──早くしないと手遅れになる……焦燥感と、『手遅れ』と言った自分への嫌悪感とに背中を押され、発作的に家を飛び出した。
梅雨時の夕暮れは、心まで侵すように重苦しい。雲を伝播してのっぺりと広がる茜色が地平線までも燃やし尽くすようで、その業火に巻かれないようにと由唯はひたすら足を進めた。
日の当たるところにはいたくなかった、自分の濁っていく心のうちを無遠慮に晒されてしまうような気がしたから。
避けて、避けて、ひたすら避けて。
走った末に辿り着いた、川を跨ぐ鉄橋の下から、宵闇に焼き尽くされる世界を見つめていた。ぼんやりと、もはや抵抗する気力すらなくして。
「……ぁ、」
ふと目に入った、斜陽の光を映して毒々しく輝く川の流れが、ひどく優しいものに見えた。家庭に怯え、級友たちのことも信じきれず、更には自分のことすら嫌悪し続けている由唯には、もはや優しさの求め場所など思い付きようがなかった。
「もういいよね」
口を開く。
「疲れたよ。耐えるのも、傷付くのも、傷付いてないふりするのも、普通のふりするのも、お腹のこと考えるのも、全部。もう、いいよね」
どうせこの先、自分がこの苦しみから解放されることなんてない。生まれ変わったら何でもいいから一年草の花になりたい──そう思いながら一歩、また一歩と川へ向かっていたとき。
ふと、耳についた。
「ねぇ、知ってる? この近くの山にある古いトンネルなんだけど……」
「知ってる知ってる! あそこって、“なんでも食べちゃう”トンネルなんだよね?」
無邪気な声で語られる、ありがちな怪奇話。
しかし、どこか引き付けられるものがあって。
「なんでもって?」
気付けば、由唯は子どもたちの話に参加していた。子どもたちは少しだけ驚いた顔をしていたが、まるで由唯が来ることも予定のひとつだったかのようにふたりしてニッと笑い、意味ありげな言葉を吐く。
「“なんでも”はなんでもだよ」
「人も食べるし、車も食べちゃうんだって!」
特撮怪獣の話でもするように楽しげなふたり。
由唯はいつしか、縋るように尋ねていた。
「じゃあさ……。身体の中にあるものも、食べられるのかな」
由唯の問いに、子どもたちはふたり揃って深い笑みの形に顔を歪めながら「もちろん!」と答えた。
「そうなんだ」
由唯の顔に浮かんだのは、久しく損なわれていた安堵。その瞳に輝いていたのは、紛れもない希望──暗く、淀んだ希望。
「ありがとね。お姉ちゃん、元気が出たよ」
泥濘のような光に照らされた心を噛み締めながら、ふたりに礼を伝えようとしたとき。
「……あれ?」
ふたりの子どもは、もうどこにもいなかった。
前書きに引き続き、遊月です。今回もお付き合いいただき、ありがとうございます! お楽しみいただけましたら幸いです♪
個人的な話ですが、作者は最近ゲーム実況動画の他にも、宇宙や地球上、もしくは歴史の謎や雑学に関する動画を視聴するのにハマっております。作者、昔は宇宙大好き少年だったので、鉄の雨が降る星だのダイヤモンドで出来た星だの、宇宙に関するいろいろな情報を見ると当時の心が甦ってくるようでしたね……。
コズミック・ファンタジーみたいなものを書いてみたくなってしまいますよね……。鉄の雨なんて、もうロマンの塊ですもの! 他にも高温高圧で水を噴き出し続ける星だとか、ガラスの風が吹く星だとか、いろいろと興味をそそられる(けど行こうとは思わない)星の数々がね、宇宙にはあるそうなのです。
なんだかワクワクするお話ですよね!
閑話休題。
匿名企画で公開していたのは、ここまでですね。
ここから先は、誰も知らない『仄闇の仔』が始まります。是非、お付き合いくださいませ……。
また次回お会いしましょう!
ではではっ!!