98話外伝 悪女イザベラ、側妃への道 最終話
イザベラに側妃になれるのかと聞かれて、エイダンは不思議そうな顔をした。
「そなたが望んだことではないか? 今さら何故そのようなことを?」
イザベラはさらにもじもじしてから、エイダンの緑の瞳を覗き込むように見つめた。
「だって・・・、私には・・・ゼ・・」
「ああ、イザベラ、そなたが言いたいことはわかっている。だが、わざわざ口に出さなくとも良い。」
「知ってるんですか?」
イザベラがキョトンとした顔をする。
「そなたのことは私の情報網で調べている。」
「だったら・・・、なおさら・・・」
「そなたのことは調べたが、王太子殺害未遂については、当の王太子本人が認めていない。それにそなたの元婚約者のことだが、アヤツは毒を取り上げられたのにも関わらず、自ら奪って飲んだのだ。私はこの件に関してはアヤツの自業自得であり自殺だと思っている。」
「あの・・・それって・・・」
「つまり、手っ取り早く言うと、そなたに罪は認められないと言うことだ。だから安心しろ。」
「で、殿下・・・。それじゃあ私・・・、本当に側妃になれるんですね。」
「ああ、ずいぶん時間がかかってしまったが、約束通り、そなたは側妃として私のそばにいてもらう。それにだ・・・、イザベラ、そなたはやはり、私好みの女性であった。」
最後の言葉を少し照れながら言うエイダンに、イザベラも釣られてぽっと赤くなる。
「殿下の好みって・・・私の顔・・・ですよね?」
「それもあるが・・・、イザベラの度胸が気に入った。それにな、イザベラは目の前に大きな壁があっても、それに食らいつくであろう? そしてそれを乗り越えようと頑張る姿を見ているとな、私も力が湧いてくるというか・・・、私も頑張ろうと思えてくるのだ。そういうところもな・・・。」
最後に、また照れたようになるエイダンのことを、イザベラは可愛いと思ってしまう。
「ふふっ、私もね、殿下が大きな壁を乗り越えようと頑張っている姿を見ていると、応援したくなるんです。だから、そばにいて支えてあげたいって・・・」
「そうか・・・、そなたは私のことをそんな風に見てくれていたのだな。」
ルーメリアとアンドレアスの婚儀が決まってからの一ヶ月間、それぞれが忙しい毎日を送っていた。
アンドレアスは騎士寮を出て、王都内に新居を構えるために家を探した。
それに関わる費用は、エイダンからもらった報奨金で十分に足りた。
ルーメリアは新居で暮らすための必要な家具や衣服の準備に忙しい。
先立つ金も、エイダンが結婚祝いだと言ってくれたから問題なく買えた。
イザベラはジオルグの娘であることが公になったが、ルーメリアの身の回りの世話をするのが仕事だと言って、今まで通りスズラン宮で過ごし、ルーメリアの買い物にもセレニアと一緒に付き従った。
報奨式から一ケ月後、ルーメリアとアンドレアスの婚儀が王城内の神殿で行われた。
二人を祝うために、ルーメリアの父親であるジェンキンス侯爵が王都に訪れた。
ルーメリアをランベルジオスに差し出した元国王であったので、側妃を外されたことを嘆き悲しむのではないかと、ルーメリアはとても心配していたのだが、婚儀の前日に到着したジェンキンス侯爵は、涙を流してルーメリアに謝罪し、二人の結婚を祝った。
彼はそのとき、涙を流しながら自分の愚かな思いをルーメリアに語ったのである。
国民を救うためとはいえ、国を失うことは、とても耐えられないことだった。
だから、ルーメリアをランベルジオスに差し出し、ジェンキンスの血を引く王子がランベルジオスの後継者になれば、事実上国を乗っ取ることになると考えた。
ルーメリアがアンドレアスに思いを寄せていることは薄々気付いていたのだが、国のためだと、それは知らないことにして話を進めた。
そのような自分勝手な腹黒い欲望からルーメリアを差し出したのだが、後から後悔が押し寄せてきた。
冷静になって考えてみれば、王太子には正妃との間に二人の王子がいる。たとえルーメリアが男児を生んだとしても、後継者になれる可能性はほとんど無いに等しい。
さらに後悔を深めることになったのは、ルーメリアからの送金である。
王国であった頃から金銭面の苦労を知っていたルーメリアは、財政を立て直すことに躍起になっていて、側妃になってからも自分の贅沢を控えて国のためにと、送金をしてくれる。
送金が届く度に、あんなに良い娘だったのに・・・とジェンキンス侯爵の胸は痛んだ。
しばらくして、アンドレアスが武術大会で優勝した賞金を持って帰国した。
話の中で、ルーメリアと王太子の関係は婚儀の後の三夜のみ訪れがあっただけで、それ以降は放置状態であると聞かされた。
ジェンキンス侯爵はショックを受けたが、それを語るアンドレアスの表情を見て、口には出さなくても、アンドレアスもルーメリアに思いを寄せていたのだと知ることになる。
ああ、自分は何と罪深いことをしてしまったのか・・・。
思い合う二人を引き割いただけでなく、ルーメリアを愛のない鳥籠の中に押し込めてしまった・・・。
どれだけ後悔しても、もう元には戻せないと諦めていたところに、ルーメリアが側妃から外され、アンドレアスと結婚することになったという朗報が届いた。
しかもそれは、王太子自ら二人のために手を回したと聞いた。
自責の念がほろほろと溶けていくのを感じ、王太子に感謝をせずにはいられなかった。
「ルーメリアや、本当にすまなかった。愚かな父を許しておくれ・・・。」
「お父様、もう良いのです。私は幸せになれたのですから・・・。」
「ルーメリア・・・」
ジェンキンス侯爵はルーメリアの手を握り、ぽろぽろと老いた目から涙を流すのだった。
ルーメリアとアンドレアスの婚儀の後、ジェンキンス侯爵はエイダンに謁見を求めた。
それはすんなりと受け入れられ、謁見の間に通された侯爵はエイダンの前に跪き頭を垂れた。
「殿下、この度は私の娘のためにご尽力いただきましたこと、誠に感謝申し上げます。私ビルマルク・ジェンキンスは、この恩に報いるため、生涯をかけて殿下に忠誠をつくすと誓います。」
エイダンの周りに、心から忠誠を誓う臣下が一人二人と増えて行く。
それは父バルマンを通してではなく、エイダン個人を慕い、主君と認めているのだ。
エイダンはそれがとても嬉しかった。
しばらくすると、エイダンはバルマンに呼ばれて王宮の私室を訪れた。
「エイダン、最近のそなたの活躍は目を瞠るものがある。ウエタリス王国やアルブラゼン王国との交渉、それに加えて、臣下の身を案じての振る舞いなど、良い報告が上がってきている。騎士たちも、そなたが未来の国王で良かったと喜んでいるそうだ。そなたの成長が私はとても誇らしい。」
「父上、私はまだまだでございますが、良い臣下に恵まれていると思います。彼らと手を取り合って、いつかは父上を越える王になりたいと思っています。」
「ああ、その意気で、これからも励むが良い。」
ルーメリアとアンドレアスの婚儀から一ケ月後に、イザベラとエイダンの婚儀が行われることになった。
イザベラのことを平民の娘だと思っていた者たちは、ジオルグの娘であることが公になると、急に態度が変わった。
蔑むような目で見ることはなくなり、それだけでなく、エイダンの功績にイザベラが関わっていたことが広まると、皆が彼女に一目置くようになっていた。
イザベラに罪を救われたクラリッサとキャプラ侯爵は頭が上がらず、第二側妃のシエンナは、手を出さないで良かったとほっとしている。
そんな中で、イザベラが側妃になることを揶揄する者はなく、皆が二人の婚約を祝った。
ルーメリアが結婚してスズラン宮を出るまでは、スズラン宮で過ごしていたイザベラであったが、主がいなくなるとジオルグの住む鷲宮に移り住み、自身の結婚準備に忙しい毎日を送っていた。
婚儀の前日、ジオルグとイザベラは最後の晩餐を楽しんだ。
「イザベラ、とうとうお前の夢が叶ったのだな。」
「はい、お父様がわたくしを養女にしてくれたおかげです。感謝しております。」
「昔、お前は側妃になって、王の寵愛を独り占めにして王妃よりも強くなるなんて言ってたが、今でもそれは変わらないのか?」
「今は・・・、少し違っております。エイダンを見ていたら、国王を乗り越えたいという思いと、良い王になりたいという思いがひしひしと伝わって来て・・・、わたくしがそれを支えたいと思うようになりました。」
「ふふっ、そうか・・・。お前も殿下も、日々成長しているのだな。」
「ええ、ですからわたくし、立派な側妃になりますわ。」
ジオルグとイザベラは、持っていたグラスをチンッと合わせて、明日の婚儀を祝った。
翌日、イザベラは真っ白なウエディングドレスに身を包み、エイダンの花嫁になった。
その後は、側妃としてエイダンを支え、エイダンは国民からも臣下からも慕われるランベルジオスの光と呼ばれる王になった。
私生活では、女児二人の母親となり、我が子を愛しみ育て、充実した日々を送った。
公務の中で最も尽力したのは、孤児院の責任者としての職務である。
イザベラは、国中の孤児に光が当たるように配慮し努め、いつしか、ランベルジオスの母と呼ばれるような立派な側妃になったのである。
最終話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。悪女イザベラが、立派な側妃になるまでのお話でしたが、楽しんいただけましたでしょうか。
物心ついたときから、辛い人生を歩んできたイザベラでしたが、やっと幸せをつかみ、エイダンとも相性が良いようで、これからも幸せにくらすんだろうなぁ・・・なんて、私自身もほっとしております。
ここまで読んで下さいました皆様に、心から感謝申し上げます。




