95話外伝 悪女イザベラ、側妃への道20
男たちが警備兵に連行されるのを見届けると、アンドレアスはイザベラを箱から救い出し、猿轡と手足が縛られていたロープを外した。
「イザベラ様、お怪我はございませんか?」
「はあ~まったく、あいつらきつく縛りやがって。痛いったらありゃしない。」
「イ、イザベラ様・・・?」
アンドレアスが、イザベラを見て目を丸くしている。
あっ、やっちまった!
「あ、あの、アンドレアス様、助けていただいて感謝いたしますわ。ケガはしておりませんのでご安心を。」
「あ・・・、ああ、そうですか・・・。それなら良かったです。ご気分はいかがですか? あのような者たちに拉致されて怖い思いをしたことでしょう。」
「ええ。本当に怖かったです。ですがアンドレアス様が早くわたくしを見つけてくださったので、ほっといたししましたわ。」
「これも全て、ルード男爵閣下にいただいたこの腕輪のお陰なのです。」
アンドレアスは不思議な腕輪をイザベラに見せた。
話しは一ケ月と四日前に遡る。
イザベラが鷲宮にジオルグを訪ねた日のことである。
その日、イザベラはジオルグに作って欲しいものがあるのでその相談に来た。
「そうか、何を作れば良い?」
「あたしが攫われたとして、あたしの居場所がわかるものが欲しいんだけど・・・。」
「攫われるって、ずいぶん物騒だな。そんな予定があるのか?」
「まだだけど、攫われるように仕向けるのよ。」
「おいおい、お前、大丈夫か?」
「まあ、大丈夫かどうかは置いといて、ジオルグ、作れそう?」
「うーん・・・、居場所を特定できるものは無理だな。だが、攫われたお前を追いかけることはできる。」
「えっ、それってどんな?」
「ちょっと待ってろ。」
しばらくしてジオルグが戻ってくると、手に奇妙な腕輪を持っていた。
腕輪の真ん中は、丸いガラスで覆われていて、中には半分を赤く塗られた方位磁石が入っている。
「普通方位磁石というのは北を指すものなんだが、こいつは石の片割れを指すんだ。ほら、この石を持ってみろ。」
イザベラが渡された石を持つと、ジオルグは腕時計を持ってイザベラの周りをぐるりと回った。
どの位置に立っても、腕輪の方位磁石の赤い針はイザベラを指し続ける。
「こんな感じでお前がいる方角がわかるんだ。ただし、欠点があってな。五百メートル以上離れると使い物にならなくなる。」
「じゃあ、私が攫われてすぐに追いかけてくれたら、使えるんじゃない?」
「まあ、それはそうだが・・・。」
「攫われたとき、犯人にわからないようにして何か合図できるようなものがあればいいのに・・・」
しばらくジオルグは腕を組み考えていたが、ピンと閃いた顔をした。
「いいのがあった。ちょっと待ってろ。」
次に持って来たのは、掌にすっぽり収まる大きさの細長い笛だった。
「吹いてみろ。」
イザベラは、言われた通り笛を口にくわえて吹いてみた。
「何これ? 音がならないじゃない。」
「これは犬笛って言ってな。人間には聞こえないが犬には聞こえる音が鳴るんだ。他国の山岳地帯の羊飼いが使っていた笛なんだが、珍しいから譲ってもらった。」
「へ~、いろんな物があるんだねぇ。」
「犬を犬笛に反応して鳴くようにしつければ、なんとかなるだろう。」
「それからね、あたしが攫われたら、一番にアンドレアスに助けてもらいたいんだ。だから、その腕輪はアンドレアスに渡して欲しい。」
「何故アンドレアスなのだ?」
「私の計画が上手く行ったら、アンドレアスも、殿下も、ルーメリアも、それからあたしも、皆が幸せになれるからさ。」
イザベラは自信ありげにニンマリ笑った。
「そうか・・・、お前もいろいろ考えているのだな。だがイザベラ、これってかなり危険なことだと思うのだが・・・、本当に大丈夫か?」
「きっと大丈夫だよ。だって、ジオルグ・・・じゃなかった、お父様が協力してくれるんだから・・・。」
その日の翌日に、ジオルグは犬を買いに行った。
ペットショップに足を運ぶと、白いもふもふの毛並みの可愛らしい小さな犬を見つけた。
目の色は青ではなく茶色であったが、抱き上げたときに懐かしさが込み上げてきた。
目と目が合えば、子犬がにっこりと笑ったように思えて、ジオルグはその白い犬以外に考えられなくなり即決した。
それから一カ月間、その犬を犬笛に反応して鳴くようにしつけた。
幸い物覚えが良い賢い犬で、ジオルグにすぐに慣れ、犬笛に対する反応も上々であった。
しかし、イザベラが吹く犬笛に反応しなければ意味がないので、イザベラも鷲宮のメイド服を借りて、こっそりと鷲宮を訪れては犬と一緒に練習を重ねた。
一ケ月後、準備万端整うと、イザベラは王太子宮を訪ねた。
予めエイダンには計画を伝えている。
エイダンのとぼけた感じの演技が、なかなかの役者だと思う。
そして次の日から、イザベラは毎日決まった時間にスズラン宮と布倉庫を往復した。
四日目、いつにも増して人が少なく、誰もいない道をイザベラは歩いていた。
今日あたりが怪しいかも・・・。
自分の足音だけが聞こえる中、足音を立てずに後ろから誰かが近づく気配がした。




