94話外伝 悪女イザベラ、側妃への道19
イザベラは、用事のない時間はスズラン宮でルーメリアのドレスの直しをしているのだが、新たな布や材料が必要になると、制服製作部署の布倉庫に取りに行く。
侍女に護衛が付くことはなく、イザベラもそれを望まなかったので、いつも一人でスズラン宮と布倉庫を歩いて往復していた。
出退勤の時間は人の出入りが激しい王城内であるが、日中はそうでもなく、場所によっては閑散としている。
イザベラが王太子宮を訪ねてからは、これと言った用事がなく、毎日ドレスの直しの仕事に精を出し、ほぼ毎日決まった時間に布倉庫に必要な材料を取りに行った。
その日はいつにも増して人が少なく、イザベラが布倉庫に向かう道には、イザベラ以外誰もいなかった。
イザベラの足音だけがコツコツと響いている。
だがイザベラは、後ろから足音を立てずに近づく人の気配を感じた。
咄嗟に首にかけていたお守りをさっと口にくわえる・・・と同時に後ろから男に口を覆われ、羽交い絞めにされ身動きがとれなくなった。
「おい、お前、何をくわえている?」
もう一人の男が、イザベラの口からそれを奪った。
「なんだ、笛か? これで助けを呼ぼうとしたんだな。残念だったな、音を鳴らす前で。」
男は勝ち誇った顔で、イザベラの口に猿轡をかまし手足を縛り、抱きかかえて近くに置いていたドレス用の衣装箱に押し込めた。
そして二人は衣装箱を抱えて荷馬車に乗せ、門番に通行証を見せると何食わぬ顔で城門をくぐった。
「ははっ、いとも簡単に攫うことができたな。ご主人様が喜んでくださるだろう。」
「ああ、そうだな。」
二人が成功を確信してのんびりと馬車を動かすまでの間、王城内では秒単位の速さで急ぎ動き回っている人がいた。
イザベラが攫われた瞬間、ジオルグの最近飼い始めた犬が「ワンワンワオーン」と吠えた。
それを聞いたジオルグは王太子宮に走った。
ジオルグから話を聞いたエイダンは、アンドレアスに即座に命令した。
「急いでイザベラを救いに行くのだ!」
アンドレアスはジオルグから腕輪を受け取ると、最高速で城門に向かって馬で駆け、そのまま城門をくぐり抜けた。
「おい、お前たち、すぐに止まりなさい。」
荷馬車を操縦していた男二人は、その声にドキッとして後ろを振り向くと、馬に乗った騎士が、ものすごいスピードで迫ってくる。
仕方がなく、騎士の命令に従う。
「いったい、何の用ですか?」
騎士は馬に乗ったまま荷車の周りをぐるりと一周する。
「荷馬車の中の荷物を改めたい。」
「いや、わしらは怪しいもんじゃないです。キャプラ侯爵家の使用人でございます。今しがたキャプラ侯爵様のご息女で王妃様でいらっしゃるクラリッサ様にドレスを届けに行って来たところです。」
「では、この大きな箱の中には何が入っているのだ?」
アンドレアスは、チラリと箱に視線を向ける。
「ああ、これはドレス用の衣装箱でございます。新しいドレスを届けて、古いドレスを持ち帰るところでございます。あの、これが通行証です。門番にもちゃんと許可されているので調べていただいたらわかります。」
男はアンドレアスに、恭しく通行証を差し出す。
「ふむ・・・、確かにそなたたちはキャプラ侯爵の使用人であるのだな。」
「はい。わかっていただけましたか。」
「それはわかった。だが、荷物は改めさせてもらう。」
「えっ、そ、そんな・・・、騎士様、急いでいるのでおやめください!」
男が止めようと叫んだが、アンドレアスは無視して衣装箱の蓋を開けた。
中には豪華なドレスが入っていたが、アンドレアスはそのドレスを両手でつかんでバサッと箱から取り出した。
案の定、ドレスの下には猿轡をかまされ、両手足を縛られたイザベラが横たわっていた。
「んんんんー」
言葉にならない声を出し、アメジスト色の瞳で助けを求めている。
「お前たち、これがドレスだと言うのか? どう見ても、女性の姿だが?」
男たちは真っ青になり、冷や汗をかきながら弁解し始めた。
「き、騎士様、嘘を言って申し訳ございません。じ、実はこの女は、王妃様に無礼をはたらいた平民女なのでございます。ですから、侯爵様はこの女にお灸を据えようと・・・」
「ただお灸を据えるために、このような手の込んだことをすると言うのか? 拉致誘拐後に殺害するつもりだと思われても、なんらおかしくない状況であるぞ。」
「そそそんな・・・、騎士様、平民女がお貴族様に無礼を働いたのですよ。罰せられても当然じゃないですか?」
「ふむ、そなたたちは、さっきから大きな思い違いをしているようだ。このお方は平民ではない。」
「へっ?」
「平民ではなく、ジオルグ・ルード男爵閣下のご令嬢であらせられるぞ!」
「え、え、え、ええー?! ル、ルード男爵様の、ご、ご令嬢?」
ルード男爵と聞けば、貴族なら誰でも知っている影の実力者である。
その知恵と知識はランベルジオスの宝と言われ、国王からも王太子からも絶大な信頼を受け、王太子殿下の相談役に抜擢された人物で、キャプラ侯爵の不治の病を治し、そのためキャプラ侯爵もジオルグには頭が上がらない。
キャプラ侯爵家の使用人が、ジオルグのことを知らないはずがなかった。
「ききき、騎士様・・・、わしらは本当に知らなかったんです。ど、どうかお許しを・・・」
ちょうどそのとき、アンドレアスの後を追ってきた警備兵が到着した。
「遅くなり申し訳ございません。」
「いや、問題ない。この者たちを捕縛し、王城へ連れて行くのだ。」




