89話外伝 悪女イザベラ、側妃への道14
「そこのあなた。チリ一つ落ちてないように、しっかりと床を磨いてちょうだい。あっ、あなた、窓の曇りが気になるわ。すぐに磨いて・・・」
朝から使用人たちに檄を飛ばしているセレニアは、もうすぐ来るエイダンのことを考えると、とても緊張していた。
ルーメリアの婚儀の三夜から、約三年ぶりのお出ましである。
ただし、前回と違うのは、今回は昼間のお出ましであると言うことだ。
先ぶれの手紙には、『話がしたいから、午後三時に待っているように』と書かれていた。
前回の報告会で、ルーメリアの雰囲気が変わったと良い意味で褒めていただいたことが原因だろうか・・・。
もしそうだったら、イザベラに感謝ね。
一人目まぐるしく頭の回転を速めていたセレニアとは対照的に、ルーメリアは暗い顔で鏡とにらめっこしていた。
「ルーメリア様、笑顔が大切ですよ。」
後ろでルーメリアの髪を整えながら、イザベラが鏡を覗き込む。
「ええ、わかっているわ。それにしてもいったい何の用かしら・・・?」
時間通りにエイダンはやって来た。
後ろに護衛騎士二人と侍従を引き連れて・・・。
そのうちの一人はアンドレアスである。
セレニアはエイダン一行をルーメリアが待つ応接室に案内し、お茶を出した後、ルーメリアの後ろに控えた。
その横にはイザベラがいる。
テーブルを挟んで、ルーメリアとエイダンが向かい合う。
ルーメリアの母国ジェンキンス産のお茶の香ばしい香りが部屋に広がる中、エイダンの緑の瞳がルーメリアに注がれた。
「今日ここへ来たのは、そなたに聞きたいことがあったのだ。」
「はい。どのようなことでしょうか?」
「そなたの国は、ウエタリス王国と商取引をしてたであろう? 我が国も長きに渡って商取引を続けているが、今回、ウエタリス王国の王太子が我が国を訪問することになった。商人以外で公的に来たことがある貴族は宰相だけであったが、王太子が我が国を見たいと言い出したので、招待することにしたのだ。できるだけ、王太子に好印象を持ってもらいたいのだが、話によると、非常に気難しい男だそうで、何か良い情報はないかと探しているのだ。」
ウエタリス王国は、地下資源が豊富に産出される国で、その点ではアデルバードと同等である。
七年前にアデルバードとの戦争で負けたランベルジオスは、アデルバードとの商取引の際強く出れないのが現状で、できればウエタリス王国と仲良くして、少しでも取引を有利に持っていきたいというのがランベルジオス側の事情である。
「そうですね。母国ジェンキンスもウエタリス王国と取引をしておりましたが、王太子殿下と関わったことはございません。残念ながらお力にはなれないかと・・・。」
「そうか・・・、まあ仕方がない。」
ルーメリアもエイダンも、少し残念そうな顔でティーカップに口をつけた。
イザベラは、ウエタリス王国の王太子の話を思い出していた。
女子刑務所時代、一緒にドレスの直しの内職に勤しんでいたサリーが、王太子のことを話していたっけ・・・。
サリーは、商社に勤めるバリバリのキャリアウーマンであったが、男運が悪かった。
仕事で疲れた心を癒してくれるような優しい男には、すぐに貢いでしまうのだ。
そんなサリーに目をつけた性悪な男がいた。
彼女の心を甘い言葉で弄び、貢がせるだけ貢がせて、とうとう会社の金にも手をつけさせた。
結局サリーは横領罪で捕まったが、男は金を持ってとんずらし、行方不明だと言っていた。
そのサリーが言ってたのだ。
ウエタリス王国の王太子は気難しいが、心をつかめば御しやすいと・・・。
イザベラは、二人に見えるように静かに手を上げた。
「あの・・、私、知ってます。」
二週間後、ウエタリス王国の王太子トルメド・ウエタリス一行がランベルジオスにやって来た。
トルメドは、エイダンよりも二歳年上の茶髪に青い瞳の少し小太りの男である。
気さくな挨拶の仕方や振る舞いを見ていると、気難しそうには見えないのだが、噂が流れるくらいなのだから、用心したことに越したことはない。
今回の接待の責任者であるエイダンは、この日のために準備に時間と労力を割いてきたのだ。
是非とも成功させたい。
旅に疲れた一行を美味しい料理でもてなし、宿泊用に用意した貴賓用のローズ宮はピカピカに磨き、ぐっすり眠ってもらえるように最高級の寝具も用意した。
その翌日には、王城で最も美しいと称される庭園を、エイダン自ら案内する。
花が咲き乱れているだけでなく、憩いの場になる芝生広場の芝生も手入れが行き届いて、見渡す地面が青々と美しい。
「トルメド殿、貴殿は庭園の造詣が深いと聞いております。我が城の庭園はいかがですかな?」
「エイダン殿、良い庭師を雇っているようですな。花も芝も実に生き生きとしている。」
エイダンとトルメドが芝生の上を歩いていると・・・。
「おや、あれは・・・?」
トルメドの視線が、その先にあるものに釘付けになった。




