86話外伝 悪女イザベラ、側妃への道11
「ルーメリア、なんだか雰囲気が変わったな・・・。」
エイダンの言葉に、正妃クラリッサも第一側妃シエンナもドキッとした。
エイダンがルーメリアに注目している・・・
それは、今日のルーメリアを見て、二人とも恐れていたことだった。
ところがルーメリアは、そんな二人の思いなどお構いなしに「後ろに控えている侍女の努力の結果でございます。」とあっさりと雰囲気が変わった理由を暴露した。
「ほう・・・。そう言えば、初めて見る顔だな。良き侍女を持ったと言える。そなた、名を何と言う?」
この問いには、この場にいた者全員が驚き、イザベラに注目した。
エイダンが一介の侍女に興味を示す? そんなこと、今までなかったのに・・・。
「イ、イザベラでございます。」
「ふむ・・・、イザベラか・・・。」
エイダンは名前を復唱しながら、何故か遠い目をしていた。
その間、クラリッサもシエンナも焦った顔で、イザベラのつま先から頭のてっぺんまで吸い付くように見つめた。
よく見れば、きれいな顔をしているわ。
アメジストの瞳も綺麗だし、鼻筋も通って美しいわ。
お肌だって手入れをすればもっと滑らかになって、ドレスで着飾れば、さらに美しくなるはず・・・
き、危険だわ!
最後の最後に大きな爆弾を投下して、この報告会は終わった。
イザベラは、エイダンをルーメリアに振り向かせたい・・・その思いでルーメリアのドレスも化粧も髪も美しく整えた。
最初は、侍女である自分もエイダンと顔を合わせる機会が増えれば良いという下心があってのことだったが、ルーメリアの心を知ってからは、まず何よりもルーメリアを第一にと考えた。
だが、結果は、エイダンの関心がイザベラに向いてしまった。
王太子ともあろう尊いお方が、一介の侍女の名前を尋ねるなんて・・・
これもルーメリアがイザベラのことを褒めてくれたからだと思うと、ルーメリアに申し訳ない気持ちになる。
だけど、どうして、私が注目されるようなことを言ったのだろう?
注目されるのは自分だけでいいはずなのに・・・
「ルーメリア様、今回のご報告、お疲れ様でした。」
応接室を出る前に、アンドレアスが声をかけてきた。
「アンドレアス、あなたがいてくれたから、安心してことを進めることができました。いち早く院長や関係者を捕まえることができたのも、あなたのお陰です。本当にありがとう。」
「いえ、私は当たり前のことをしただけです。では、これにて・・・」
エイダンの退室と共に、アンドレアスもその後に続いて出て行った。
イザベラが、エイダン一行を見送るルーメリアの顔をちらりと見たら・・・
頬をポッと赤く染め、恋する乙女の顔になっていた。
一見、エイダンの後姿を見送っているから、恋のお相手はエイダンのようにも思うけど・・・
もしかして、エイダンではなくて・・・、アンドレアスだったの?
そう言えば、廊下で後姿を見つめていたときも、護衛はアンドレアスだったわ。
お相手がアンドレアスだったら、ルーメリアの不可解な言動にも納得がいく・・・。
スズラン宮に戻ると、早速セレニアに聞いてみた。
「あの・・・、ルーメリア様とアンドレアス様のご関係は、どういうご関係なのですか?」
「彼はお嬢様がこの国に嫁いでくるときに選ばれた護衛騎士だったのですよ。でも、今は殿下の護衛騎士に出世なさいました。」
「あの・・・、もう少し詳しく・・・」
「そうですね・・・」
ふうとため息を一息ついてから、セレニアは話し始めた。
ルーメリアがエイダンの第二側妃に決まってから、ランベルジオスに同行する護衛、侍女、使用人の人選が始まった。
アンドレアスは、当時の騎士の中でも一番強いと言われていた騎士であり、皆はジェンキンス王を守るために国に残ると思っていたのだが、自ら志願してルーメリアの護衛騎士になった。
他にも何人もの護衛騎士が選ばれ、ルーメリア一行は大勢の騎士たちに守られ、安全に旅をしてランベルジオスに輿入れした。
ところが例の金銭的理由で、護衛は最も頼りになるアンドレアス、使用人は必要最低限の人数だけを残して、それ以外は母国に返した。
足りなくなった護衛は、ランベルジオスの騎士から交代で派遣してもらうことにして、支払う給与を節約したのだ。
アンドレアスはとても優秀な護衛騎士であったが、スズラン宮にいるだけでは腕がなまってしまう。
それでランベルジオスの騎士団の練習にも参加して、腕が衰えないように鍛えていた。
一ケ月ほどたったころ、アンドレアスが喜んだ顔でルーメリアに報告に来た。
「お嬢様、さっき騎士団の人から聞いたのですが、もうすぐ剣術大会があるそうなのです。それに優勝すれば、高額の報奨金がもらえると聞きました。私もそれに出て賞金をもらい、お嬢様と同じように母国に送金したいと思います。」
「まあ、何を言うの? あなたが苦労して得る賞金なのですから、自分のために使いなさい。」
「自分の好きなように使いたいのですから、それが母国に送金することなのです。」
目標を定めたアンドレアスは騎士団で熱心に稽古に励み、剣術大会で見事に優勝。
表彰式では、エイダンから直接優勝のトロフィーと報奨金をもらった。
この報奨金はあまりに高額なため、送金の道中に盗賊に盗まれてはたいへんだと思ったアンドレアスは、休暇をもらい自分で母国に届けることにした。
ホクホク顔で母国に旅立ったアンドレアスであったが、実は剣術大会の真の目的を知らずにいた。
騎士たちにとって、それは当たり前すぎることだったので、わざわざ口にするまでもなく、副賞に当たる報奨金の話で盛り上がっていたのである。
その内容をルーメリアが知ったのは、アンドレアスが旅立った後であった。
剣術大会の真の目的とは、エイダンの側近護衛騎士を決めるための戦いだったのである。
優勝すれば名誉ある王太子の側近護衛騎士になれるだけでなく、一番の高給取りの騎士になれる・・・皆そうなりたいがために優勝目指して戦っていたのだ。
アンドレアスが王城にいない間に話はどんどん進められ、帰って来た時には、彼はスズラン宮の護衛騎士ではなくなっていた。
アンドレアスの代わりを務める若い騎士が、スズラン宮の護衛に当たっていた。
そしてアンドレアスは、エイダンの護衛騎士の一人になっていた。
それは今更覆すことなど、到底できない話だったのである。
そうか・・・、引き裂かれた二人だったのね。
まあ、どっちにしろ護衛騎士が側妃と結婚するなんて不可能だし・・・。
でも・・・、この話、使えるかも・・・。
セレニアの話を聞き終わったイザベラは、誰にも見られぬ場所でほくそ笑んだ。




