84話外伝 悪女イザベラ、側妃への道9
今までルーメリアの口からエイダンの話を聞いたことがなく、嫁いだ理由も愛のない政略結婚である。
エイダンの通いが全くなくても、不満一つ漏らしたことがない。
そんなルーメリアを見ていて、彼女はエイダンに興味がないのだと思っていた。
けど・・・、違うの?
外出許可を申請してから三日後、ルーメリアは孤児院に視察に出かけるので、イザベラも一緒に行くことになった。
スズラン宮の前に馬車が停まり、護衛騎士がルーメリアを迎えにきた。
騎士と言うだけあって、鍛えられた筋肉は制服の上からもよくわかり、短く刈った銀髪に端正な面立ちの青い瞳が涼やかな青年である。
「アンドレアス、今日も護衛はあなたなのですね。」
「はい、ルーメリア様。殿下が、同郷のよしみで私の方が良いだろうと配慮してくださいました。」
「ええ、わたくしもその方が気を遣わなくて楽ですわ。」
ふふっと微笑むルーメリアを、アンドレアスは眩しそうに見ている。
「では、馬車にお乗りください。」
アンドレアスは慣れた手つきでルーメリアをエスコートして馬車に乗せた。
その後に続くセレニアとイザベラにも同様に手を貸してくれたのだが、イザベラは、彼の熱量がルーメリアとは違うように思えた。
明らかに、ルーメリアとイザベラとでは、見つめる目の表情が違うのだ。
涼やかな青い瞳に、情熱の炎が見え隠れしている・・・
アンドレアス・・・あなたは叶わぬ恋をしてるの?
馬車は、アンドレアスと他三人の護衛騎士に守られながら孤児院に向かった。
孤児院に到着すると、院長が腰を低くして出迎え、ルーメリアに簡単な近況を報告した後、視察が始まった。
何度も訪れているルーメリアは、慣れた感じで廊下を歩き、各部屋に入っては子どもたちに話しかけながら中の様子を観察している。
しかし、ルーメリアの表情が険しい。
いつものような穏和な微笑みが消えている。
ルーメリアは、一人の男の子の前でしゃがみこみ、視線を合わせた。
「あなた、ちゃんと食事はとれてますか?」
「え、は、はい。た、食べてます。」
「本当に?」
「は、はい・・・」
子どもの返事は、どことなく歯切れが悪かった。
イザベラは知っている。
孤児院の子どもたちは、院長に不利なことは、たとえ本当のことであっても言わない。
院長に嫌われたら、食事を減らされたり、嫌な仕事を押し付けられたり、最悪追い出されることもあるからだ。
追い出されたら生きていけない。
だから子どもたちは目をつぶって我慢するしかない。
この子は嘘をついている・・・。
だが、骨と皮みたいに痩せているわけではなく、食事はそれなりに食べていると思うのだが、ルーメリアは、何故そんなことを聞いたのだろう? と不思議に思っていると、ルーメリアがすくっと立ち上がった。
「院長、半年分の帳簿と、それに関わる資料を今すぐに見せてください。」
「えっ? は、はい・・・」
応接室で、ルーメリアは一つも見逃さないという気迫を感じさせる真剣な表情で、帳簿と資料を照らし合わせていた。
「院長、食糧倉庫を見せてください。」
「あ、あの・・・、今、係の者がいないので・・・」
「何を言っているのです。あなたは院長なのでしょう? 上の立場の者が動けないでどうするのです。」
日頃の温和なルーメリアとはまったく違う厳しい態度に、イザベラは驚いて見ていたのだが、それはどうやら院長も同じようであった。
あたふたと慌てたように鍵を持ち出し、青冷めた表情でルーメリアを食料倉庫に案内する。
「ど、どうぞ・・・。」
ルーメリアは手にした帳簿と資料をもとに、中にある小麦粉袋や砂糖、乾物類などを調べ始めた。
「院長、おかしいですね。この半年間、同じ量の食料を購入しているはずなのに、明らかに小麦と砂糖の量が少ない。他にも、買っているはずなのに、ここにないものがあります。帳簿に記載された量を、数日間で食べきったとは思えません。今すぐ購入先の責任者を呼んできてください。」
「もももも、申し訳ございません。二ヶ月前に雇った職員の口車に乗ってしまいました。ど、どうか、お許しください・・・。」
院長が、ルーメリアの目の前でひれ伏して謝罪した。
「残念ながら、許すことはできません。あなたは国の大切な税金を横領したのですから、これは国王陛下にも報告いたします。これに関わった関係者は?」
院長は青ざめて冷や汗を流しながら、関わった人物の名を挙げた。
「アンドレアス! 関わった者たちを逮捕しなさい。」
「はい。仰せの通りに。」
アンドレアスの指示で護衛騎士たちが迅速に動き、会計担当者と、購入担当者が逮捕された。
購入先の関係者が逮捕されるのは、時間の問題であろう。
ルーメリアは孤児院の職員を集め、ことの次第を簡潔に説明し、子どもたちに不安を与えないように行動するように伝えた後、孤児院を後にした。
揺れる馬車の中で、イザベラはルーメリアの行動の一部始終を思い出していた。
おっとりしている元王女様だと思っていたら、実にしっかりした女性だった。
私がいた孤児院にも、こんな人がいたら良かったのに・・・
考えても詮無きことだとだとわかっているのに、ふとそんなことを思ってしまった。
「ルーメリア様、どうして不正がわかったのですか?」
「前回視察に来たとき、いつも元気な子どもたちが、おとなしいと感じていたのです。そして今日、食事のことを聞いた子どもは、三ヶ月前はふっくらとしていたのに、前回は少し痩せていて、今回はもっと痩せていたのです。食べることが好きな子どもだと聞いていたのに、これは絶対におかしいと思ったのですわ。」
「お嬢様は、母国にいらしたときから、国民の食事のことを気にかけておられました。飢饉で食糧難になった際は、財政部に出向いて管理の者と一緒に帳簿を睨みながら国民を救う方法を考えることもしておりました。結局自国の税金だけではどうにもならないとわかり、他国に支援を求めることになったのですが・・・」
その結果が、エイダンの側室になることだった・・・。
イザベラは、行政部に行った際に見たルーメリアの赤くなった顔を思い出す。
エイダンの後姿をじっと見つめるその顔は、恋する乙女の顔だった。
だけど、エイダンはルーメリアのスズラン宮に来ることはない。
イザベラは、自分ができることは何だろう・・・と考えた。




