82話外伝 悪女イザベラ、側妃への道7
イザベラはスズラン宮に行く前に、布倉庫に立ち寄った。
昨日ドレスをざっと見ただけだが、使えそうなレースやリボンを頂戴することが目的である。
セレニアが話を通してくれていたので、製作部長も側妃様のためならと、快く承諾してくれた。
スズラン宮に行くと、ルーメリアとセレニアが二人そろって出迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日からよろしくお願いしますね。」
平民のお針子にわざわざ挨拶をしてくれる元王女に、イザベラは少し後ろめたい気持ちになった。
イザベラがスズラン宮に来ることを了解したのは、職人魂に火が点いたのが一番理由であるが、実はもう一つ大きな思惑があったのだ。
側妃宮に出入りしていれば、王太子エイダンに出会う機会があるかもしれない。
七年前に側妃の夢は断たれたが、愛人になるならまだ可能性はあるかも・・・。
王妃や側妃の侍女に国王が手を出すなんて話、よく聞くじゃない?
愛人だったら、前科なんてどうでもよくならない?
エイダンがスズラン宮に来たら、誘惑してやろう・・・などと、セレニアが聞いたら卒倒しそうなことを考えていたのである。
こんな下心を抱えていたが、仕事に関しては真面目に取り組んだ。
刑務所時代に培った技術を活かせることが嬉しかったし、古臭いデザインが自分の手で可愛らしく生まれ変わることも楽しかった。
布で小さな花をたくさん作りスカートに縫いつけたり、胸元をリボンで華やかに飾ったり、二着のドレスを解体し、縫い合わせて新しい一着を作ることもあった。
一ケ月間、イザベラは夢中で針を動かし続けた。
ところが、この一ヶ月間、期待していたエイダンは一度も顔を見せなかった。
ルーメリアを呼び出すこともしなかった。
まさしく、放置状態だったのである。
初日、セレニアが「お嬢様がそんなだから、いつまでたっても・・・」なんて言ってた意味がわかったような気がした。
見た目を美しくしようとしないルーメリアは、いつまでたってもエイダンの関心を得ることができない・・・と言いたかったのだろう。
ルーメリアは普段、うっすらと化粧をしているだけで、華やかさに欠けている。
顔の素地は美しいのに、活かされていない。
さらに髪のお洒落は皆目ゼロ。
ただ、サラサラのまっすぐな金髪が腰まで伸びているだけで、結いもせず、髪飾りも付けていない。
「ルーメリア様がそんなだから、いつまでたっても・・・」
イザベラも、セレニアと同じことをつい独り言ちてしまう。
「あの・・・、こんなことを聞くのは失礼なのはわかってますが、殿下はいつから来てないんですか?」
「えっ? そ、それは・・・」
とうとうイザベラは失礼とは知りながらも、踏み込んだ質問をしてしまった。
セレニアが言いにくそうに、チラリとルーメリアを見る。
「セレニア、いいのよ。どうせわかることだし・・・」
「で、ですが・・・。」
「では、わたくしがお話しするわ。殿下は婚儀の日を含めて三夜、スズラン宮にお見えになりました。ですが、それ以来、こちらに来られたことも、わたくしが呼ばれたこともありません。」
婚儀の日って、三年前だったよね・・・・。
それ以来まったく? なんてことなの?
ああ、エイダンを振り向かせて、スズラン宮に足を運ばせたい!
「ルーメリア様、ドレスのお直しも大切ですが、ルーメリア様のおぐしも整えさせてください。」
イザベラの申し出に、セレニアが反応した。
「まあ、イザベラ、そんなこともできるの?」
「はい。髪結いの勉強もしていたので・・・」
セレニアは目を丸くしたが、イザベラは、私なら当然よ!と言う顔で次の言葉を待った。
「では、やってみてくださいな。」
その言葉、待ってました!と、イザベラは布材の中からピンクのリボンを取り出した。
セレニアは目を輝かせてワクワクしている。
「それでは今日のドレス似合わせて、ピンクのリボンを使います。」
イザベラは、手にしたリボンを器用にルーメリアの髪に絡ませながら編み込んでいく。
最後に大きなリボンで崩れないように留めて完成した。
「今、若いお嬢さんに流行っている髪型ですよ。」
「まあ、可愛らしいわ。イザベラは器用なのね、ありがとう。」
ルーメリアは素直に感謝の言葉を口にする。
それに気を良くしたイザベラは、さらに上を目指す。
「なんでしたら、お化粧もしましょうか?」
「ええ、お願いするわ。」
イザベラがルーメリアの頬や目をいじると、見違えるほど美しくなった。
「素晴らしいわ。濃すぎず薄すぎず、それなのに華やかになった感じがするわ。」
ルーメリアが鏡に映る自分を見て感心する。
「喜んでもらえて良かったです。ルーメリア様の素地が良いんで化粧が映えるんです。」
「イザベラ、あなた、お嬢様の侍女にならない? いえ、是非ともなっていただきたいわ。」
横でイザベラの化粧技術を見ていたセレニアが、突如言い出した。
だが、ルーメリアは反対する。
「セレニア、それはダメよ。侍女を雇う余裕なんてないわ。」
そう、ルーメリアのスズラン宮は、いつもお金がないのだ。
イザベラは一ヶ月スズラン宮に勤めている間に、二人と打ち解けて話せるようになり、彼女たちが置かれている現状も把握できるようになっていた。
普通王太子との婚姻となれば、自国から侍女や使用人を何人も引き連れて来るのだが、雇うとなれば給金を支払わなければならない。
実家に頼れないルーメリアは、婚姻後は侍女をセレニア一人にし、必要最低限の使用人を残して母国へ返してしまった。
毎月支払われるスズラン宮の手当ては、彼らへの給料を支払った後、ほとんど実家に送金し、手元にはほんの少ししか残していない。
だが、侍女と聞いてイザベラはピンと来た。
たとえ給金が安かろうと、侍女になると旨味が増す。
侍女ならルーメリアと一緒に過ごす時間が増え、王太子と出会う可能性が今よりも広がる・・・。
「ルーメリア様、あたしの給料は必要ないです。あたしは裁縫部門から給料をもらってるんで、スズラン宮が払わなくてもいいですよ。」
「それでは正式な侍女とは言えないわ。それにお針子のお給料だと少ないでしょう?」
「いえいえ、そんなの気にしないでいいですよ。ルーメリア様を美しくするために、侍女になりたいです。」
ルーメリア様をもっと美しくして、王太子に来てもらわなくっちゃ!
「お嬢様、イザベラもこう言ってるのですから、ここは甘えましょう。実は、私はおぐしを整えるのがどうも苦手で・・・。母国ではいつも若い侍女にお願いしていたのですよ。イザベラさんが侍女になってくれたら大助かりですわ。」
セレニアは、何としてでもイザベラを侍女にする気が満々である。
「ですが・・・、一つだけ気になることが・・・」
「な、なんですか?」
セレニアの顔が曇るのを見て、イザベラはドキッとした。




