80話外伝 悪女イザベラ、側妃への道5
製作部長の話し方から考えて、相手は貴族なのだろうと思ったのだが、この国に来てまだ半月も経っていないのに、貴族の知り合いなんていない。
いったい誰だろう?
そう思いながら応接室のドアを開けると、品の良い紺色のドレスを着た中年の婦人が、椅子に座って待っていた。
この応接室は、主に商人との打ち合わせに使う部屋なので、無駄な飾りはなくテーブルと椅子だけが並べられている殺風景な部屋なのだが、その女性が座っている場所だけが不思議と高貴な場所に見えた。
黒髪をきちんと結い上げ、薄くても上品な化粧を施したその女性は、黒い瞳をイザベラに向けると「イザベラさんですね。」と軽く会釈をした。
「はい。イザベラですが、いったいどんなご用件ですか?」
初めて見る婦人がいったい何の用で来たのか、イザベラには皆目見当がつかない。
「申し遅れましたが、私、第二側妃であられるルーメリア様の侍女をしているセレニア・ボルコフと申します。本日はイザベラさんに折り入ってご相談したいことがあってこちらに参りました。」
「ル、ルーメリア様・・・ですか・・・?」
イザベラに話があると言うのなら、きっとドレスのことだろう。
勝手なことをしたと怒られるのか、はたまたドレスが気に入ったお礼だろうか・・・?
イザベラはドキドキしながら、セレニアの次の言葉を待った。
「イザベラさんが縫い直してくださったドレスのことですが、今まであんなにきれいに縫い直してくれた人はいなかったと、ルーメリア様はたいへんお喜びになっていらっしゃいます。」
「あ、ああ・・・、そうですか・・・。あ、ありがとうございます。」
良かった・・・、あたしを褒めに来たんだわ。
「そこでですね。ルーメリア様のドレスが他にもたくさんあるので、あなたに直してもらおうと思ってご相談に来たのです。」
「はい? 今何と?」
「あの・・・ですから、ドレスを全てあなたに直してもらおうと・・・」
全て?
ドレスの直しは難しい。あたしだからこそ短時間で縫い終わったんだけど、それを全部だなんて・・・。
「あ、あの・・・、お言葉ですが、あたしにもここの仕事がありますんで、全部は無理かと・・・」
「それは大丈夫です。製作部長には既に伝えておりますので、あなたはドレスの直しだけに集中してくださればよろしいのです。」
どうやらセレニアは、一歩も譲る気持ちはないようである。
製作部長がオーケーを出したのなら、断ることはできないだろう・・・。
ドレスの直しなら刑務所時代の内職で、いろいろなパターンに遭遇してきたから自信はある。
「わかりました。お引き受けします。」
その答えを聞き、ほっとしたのかセレニアの顔が綻んだ。
だが、すぐに真面目な顔をしてイザベラを見つめた。
「では、今からルーメリア様のお部屋に案内いたしますが、その前に、ルーメリア様について、お話しておきたいことがございます。」
セレニアは真剣な顔で、まっすぐにイザベラを黒い瞳で見つめた。
ルーメリアの母国は、ランベルジオス王国の南西に隣接しているジェンキンス王国である。
ランベルジオスの十分の一ほどの広さで、資源も、これと言った産業もない国であったが、代々の国王の善政のお陰で平和な国を維持してきた。
ところが六年前から悪天候が続き、食料危機に見舞われた。
国王は早くから周りの国に助けを求めたのだが、見返りを期待できない弱小国は、どの国からも見向きもされなかった。
三年前には餓死者が出るほどになり、ほとほと困り果てていたのだが、そこへランベルジオスが救いの手を差し伸べた。
ただし、その条件として出してきた案は、ジェンキンス王国をランベルジオス王国が吸収することであった。
これを承諾すると、ジェンキンス王国は王国ではなくなり、ランベルジオスの国土の一つとなってしまう。
しかし、ランベルジオスのバルマン王はジェンキンスの善政を高く評価していたので、ジェンキンス王を侯爵に降格させる代わりに、この地の領主に任命すると言う。
そうなれば、ジェンキンス領が今後も不作で困窮した場合、ランベルジオスが国をあげて救うことになるので、領主も領地民も、安心して暮らせるようになる。
ジェンキンス王は、バルマンの申し出を受け入れ、国王の身分を捨て、侯爵位の領主となった。
バルマンは、さらにもう一つ要求したことがあった。
これからは臣下となるのだから、その証となるものを差し出すようにと言ったのである。
世にも珍しい家宝があるのなら、それを差し出せば良いのだろうが、ジェンキンス王にはそんな物はなかった。
高価な財宝は、国民を助けるためにとうの昔に売り払い、残ったものは、とても大国の王に差し出せるものではなかった。
そこで王が決断し差し出したものが、当時十八歳の王女ルーメリアだったのである。
バルマンはルーメリアを、王太子エイダンの第二側妃として受け入れた。
そうと決まれば、婚儀に向けて、嫁入り道具と一緒にたくさんのドレスを新調するべきなのであるが、ルーメリアは節約するべきだと言って、ドレスを新調しなかった。
側妃になる自分には、新しいドレスは必要ない。
自分が持っていたドレスに、母親が若い頃に着ていたドレスを足して持って行けばそれで良い。
ドレスを荷造りする際に、ドレスに付いていた宝石は、母国のために使って欲しいと言って全部外したのもルーメリアである。
結婚後、母国はランベルジオスの援助でなんとか持ち直したが、まだまだ貧乏から抜け出せないでいる。
だから、ルーメリアは実家に頼ろうとせず、側妃の品格維持費として支払われるお金を、母国に送り続けているのである。
「そういうわけで、ルーメリア様は新しいドレスを作ろうとなさらず、古いドレスを直しながら着ているのです。」
時折りハンカチで、涙を押さえながら話すセレニアの話は重かった・・・。
聞きながら、王女様に生まれてもたいへんなことがあるんだ・・・と思いはしたが、だけど、正直言って、それが何? というのもイザベラの本音である。
ルーメリアは生まれたときから王女であって、ドレスに宝石を付けるような贅沢もしてきている。
貧乏になっても大国の王太子の側妃になれたのだから、結構良い人生を歩んでいるんじゃない?
国からお金をもらっているのに、自分のために使わないのだって、それは勝手にやってることでしょ?
ふと、比べたくないけれど、自分の人生と比べてしまった・・・。
「で、要は持って来た古いドレスを、縫い直して欲しいってことですよね。」
ちょっと冷たい言い方になってしまった。
「ええ、おわかりいただけたようで良かったです。では、側妃宮に案内いたします。」
セレニアが淡々と話すので、イザベラの冷たい言い方をどう思ったのかわからなかったが、別にどうでもいいや・・・と思いながらイザベラは後をついて行った。




