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8話

「コホン、オフィーリア、食事が終わったら先にお風呂に・・・あ、いや、その・・・風呂で汗を流すといい。」


オスカーは場の雰囲気を和らげるつもりで話しかけたのだが、自分で発した風呂の言葉に焦ってさらに赤くなる。


「は、は、はい。」


オスカーの言葉にオフィーリアも、釣られて焦って、さらに赤くなる。


食事がすむと、言われた通りに風呂に入ったが、しばらく子犬状態が続いていたので、風呂に入るのは久しぶりだ。


湯船に浸かるオフィーリアの美しい髪を、マリーが丁寧に洗う。


「今夜は念入りにきれいにしましょうね。」


マリーの言葉にボッと赤くなる。


まだ、朝の申し出に返事をしていない。


結婚すると決めたからには、当然夫婦の営みも覚悟している。


優しいオスカーと結ばれることが、決して嫌なのではない。


そう、私たちは、明日、夫婦になるのだから、寝室で二人きりになったら、伝えよう。


今夜から、オスカー様の妻になります・・・と・・・


お風呂が終わって、寝着を着る。


マリーが、選んでくれた可愛いピンクのネグリジェだ。


心なしか少し透けて見えるような気もするが、「新婚なのですから、これくらい普通です。」と言われると、そんなものなのかと思う。


「では、お嬢様、私はこれにて下がらせていただきます。」


マリーが部屋から出ると、オフィーリアは一人、部屋に残された。


この屋敷に来てから、ずっとオスカーの部屋で寝ていたのに、いざ、人間の姿になると、感覚がまるで違う。


ドキドキが止まらない。


ベッドに座って、じっとオスカーを待っていると、くらくらしてくる。


くらくら、くらくら・・・。


今日のオフィーリアは、否、昨夜からのオフィーリアは、あまりにも忙しすぎた。


心も身体も、休まる暇がなかった。


夜通しオスカーと話し続け、昼間の買い物は、買わなければならないものが多すぎて、どれだけ店を歩き回ったことか。


そう、このとき、オフィーリアの心身は限界に達していた。


折りしも、お風呂でほかほかに身体が温まり、強い眠気に襲われる。


オスカーを待つつもりでいたのに・・・。




オスカーが、部屋に入って来たときは、コテンと倒れるように眠ってしまっていた。


「オフィーリア、眠ってしまったのか・・・。」


布団も掛けずに倒れるように眠っているオフィーリアを見れば、起きたままオスカーを待っていたことがわかる。


「可愛いオフィーリア、今日は疲れただろう。フフッ、ずいぶん緊張もしていたようだったし・・・。今日は何もしないから、ゆっくりお休み。でも、明日は寝かさないよ。」


オスカーは、オフィーリアの髪にそっとキスをして、オフィーリアを起こさぬように隣に横たわり、布団を掛けた・・・。


と紳士的な態度でオフィーリアを気遣い、隣で横になったものの、オスカーにとっては、まさに地獄の修練場にいる心地だ。


コテンと横になっていたオフィーリアの艶めかしいことと言ったら。


透け感のある布で作られたピンクのネグリジェは、オフィーリアの身体のラインをくっきりと浮かび上がらせ、短めの裾からはみ出た白い足が、オスカーにこっちに来てと、誘っているようだった。


なんて俺好みのネグリジェなんだ! あれを選んだマリーに感謝しよう。


今、愛しのオフィーリアは、すぐ隣で可愛い寝息を立てている。


手を伸ばせば触れる位置にありながら、一度触ってしまうと、歯止めが効かなくなりそうで・・・、そんな自分が恐ろしい。


結局オスカーは、ただただ修行僧のように煩悩と戦い続けたのであった。




オフィーリアが、目を覚ますと、もうオスカーは、いなかった。


隣に触れるとまだ暖かいので、ほんの少し前まで、オスカーが隣で寝ていたのがわかる。


私が眠ってしまったから、きっと何もしなかったのだわ。


オフィーリアは、オスカーの優しさに感謝しつつも、なんだか申し訳ない気持ちになる。


結局一睡もできなかったオスカーは、早めにベッドを出て、庭で剣の鍛練をしていた。


煩悩を払うには、もってこいの方法なのである。


朝食の席では何事もなかったかのように、オスカーの方から挨拶をする。


「おはよう。」


「おはようございます。あの・・・、昨夜は眠ってしまってごめんなさい。」


「謝らないで。疲れていたのだから、眠って当然だよ。それよりも、今日の結婚式が楽しみだ。世界一の花嫁と式を挙げることができるのだからね。」


オフィーリアは、オスカーの言葉を聞いて、頬を赤く染めるのだった。




朝食後、オフィーリアは、マリーに手伝ってもらってウエディングドレスに着替えた。


マリーが、髪に髪飾りを付けながら、涙ぐんで言う。


「奥様の形見の髪飾りが、お嬢様のご結婚を祝福してくださっているようですわ。」


オフィーリアも、そっと髪飾りに触れると、何故だか母のぬくもりを感じる・・・。


マリーと二人で選んだキラキラ輝くネックレスとイヤリングを身に着け、最後に純白のブーケを手に持つと、それはそれは美しい花嫁の出来上がりだ。


近衛騎士団の軍服姿で、玄関広間で待っていたオスカーは、オフィーリアのあまりの美しさに声を失う。


ポカンと口を開け、オフィーリアに見惚れている。


「オスカー様、おかしいですか?」


「いや、ついあまりの美しさに言葉を失ってしまったよ。本当にきれいだ。」


「お二人とも、おめでとうございます。オフィーリア様、本当に美しくていらっしゃいます。先代侯爵様と奥さまにもご覧いただきたかったです。」


セバスチャンは、ハンカチ片手に涙を拭いている。


「本日はおめでとうございます。お嬢様、この国、いえ、世界で一番の花嫁でいらっしゃいますわ。」


マリーも嬉しそうに言う。


「では、いってきます。」


オスカーと、オフィーリアは、馬車に乗り込んだ。


セバスチャンもマリーも、結婚式に参列したかったのだが、二人だけの結婚式にすると聞かされたので、二人は屋敷に残ることにした。




馬車が神殿に着き、神殿の入り口まで歩くと、若い神官が入り口で二人が来るのを待っていた。


王都が誇るこの神殿は、柱も壁も全てが白く、見た目も荘厳で美しい大きな建築物だ。


本来なら参拝者が既に中に入っていてもおかしくないのだが、今は人の姿が見えない。


若い神官に案内されて中に入ると、その神官は入り口に「貸し切り中」の看板を立て、ぺこりとお辞儀をすると神殿から去って行く。


きっとこの神官が入ろうとする人を止めてくれていたのだろう。


昨日、オスカーは事前に神殿に来て、担当になる神官と打ち合わせをしていた。


オスカーの結婚式を担当するのはダニエル神官で、六十過ぎの渋いベテランであり、白髪混じりの穏やかな笑顔で人と接する優しそうな神官である。


オスカーはダニエル神官に、結婚式を二人きりで挙げたいので、三十分程度の貸し切りをお願いしたいと話すと、ダニエル神官は快く承諾してくれたのだ。


ところが神殿の中に入ると、誰もいないと思っていたのに、何故か先客が一人、すでにベンチに座っている。


正面に立っているダニエル神官が、少しバツの悪そうな顔をしているところを見ると、先客を断りきれなかったのだろう。


「やあ、待っていたよ。」


立ち上がって声をかけてきたのは、王太子セオドアだ。


水色の瞳をキラキラ輝かせて、いたずらっ子のような笑顔を向ける。


「殿下! 何故ここに? お祝いはお断りしたではありませんか?」


「いや、これは仕事で来たのさ。貴族の婚姻は、神殿と王室の両方に誓いの書を提出しなければならない。昨日、婚姻の許可はしたが、誓いの書の提出がまだなのでね。王室提出用の誓いの書を持ってきたんだ。」


そう言って、懐から一枚の紙を取り出し、ひらひらさせる。


それくらいはオスカーも知っている。


王室には、後から提出するつもりだった。


「まっ、お前の大切な花嫁を見たいって気持ちもあったがね。」


セオドアがニヤリと笑う。


昨日はセオドアの性格に感謝したが、これは考え直した方が良いかも・・・とオスカーは思う。


「ところで殿下、護衛はどうしたのです。」


神殿に入る際に護衛らしき者は見なかった。


護衛も付けずに出歩くことは、王太子としてあるまじき行為だ。


セオドアは、護衛騎士を二人連れてここまで来たが、オスカーの秘密を守るために、二人に別の用事を頼んだと言う。


「まあ、ここにいる間は、お前がいるから大丈夫だろ? それにしても、とても美しい花嫁だな。」


セオドアがオフィーリアに視線を向けたので、オフィーリアは、はっとして挨拶をする。


「アデルバード国の太陽であらせられる王太子殿下にご挨拶申し上げます。私は今は絶縁されましたが、ベイル伯爵家の娘、オフィーリア・ベイルと申します。この度は、私たちの結婚式にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。」


「結婚おめでとう。オフィーリア、オスカーよりもよっぽど話がわかるようだね。」


オフィーリアは緊張して挨拶をしたが、セオドアはいたってフランクだ。


「いえ、そんな。恐れ多いお言葉、恐縮いたします。」


「ははっ、堅苦しい挨拶はいいから。じゃ、俺はベンチに座って見てるから式を始めてくれたまえ。」


「それでは結婚式を始めます。」


ダニエル神官が厳かな声で宣言した。


「新郎オスカー・ルイス、あなたはここにいるオフィーリア・ベイルを、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、妻として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」


「はい。誓います。」


「新婦オフィーリア・ベイル、あなたはここにいるオスカー・ルイスを、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」


「はい。誓います。」


「それでは、こちらに誓いの署名を。」


二人は祭壇に置かれている二枚の誓いの書に、それぞれ名前を書いた。


「それでは、誓いのキスを。」


オスカーとオフィーリアは見つめ合い、オスカーはオフィーリアの柔らかい唇にそっと口づける。


このキスは二人にとって初めてのキスであり、どちらも感動で心がいっぱいになっていた。


「これにて、お二人は正式に夫婦となりました。」


ダニエル神官が言い終ると、パチパチパチと拍手をしながらセオドアが二人のそばまでやって来た。


「おめでとう。素晴らしい結婚式だったよ。さて、俺は誓いの書を王宮に持って帰ろう。」


セオドアが誓いの書をその場で封筒に入れ、懐にしまった直後、


ドッカ――――ン!!!


激しい爆発音と共に、神殿がぐらりと揺れ、天井がガラガラと崩れ落ちてきた。


神殿が・・・崩壊した。

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