75話 最終話
せっかく仲良くなれたのに、明日には帰ると言うスカーレットを見ていると、オフィーリアの心に不安が宿る。
「お父様があなたを叱らないか心配だわ。」
「叱るかも知れませんが、きっと手をあげるようなことはないと思います。ホワイト伯爵の事業に多額の出資をしたために大きな損害を受けましたので、かなりカリカリとしているところはありましたが、きっと、もう落ち着いていると思います。」
スカーレットが言うには、ホワイト伯爵の鉱山の崩落事故で大きな損害が出てからというもの、スカーレットの婿選びに、できるだけお金持ちの貴族に目星を付け、スカーレットを売り込むことに必死になっていたらしい。
その様子を見て、もしかしたら、年寄りのお金持ちに嫁がされるかも・・・と、スカーレットは心配になったのだが、ケイモスはさすがにそこまでは考えていないようで、選ぶ貴族は必ず年頃の子息がいる家門に限られているそうだ。
「いろいろ問題をかかえていますが・・・、両親は私のことを愛してくれているのですから・・・。」
「そうね。・・・ずっとそうだったわ・・・」
オフィーリアの寂し気な口調に、スカーレットはハッとする。
「お姉さま、ずっと両親の愛を、私が独り占めにしてごめんなさい。」
「あ、あなたに謝ってもらうことではないのに・・・、私の方こそ、変な言い方をしてごめんなさい。」
オフィーリアも、つい口にしてしまった言葉を申し訳なく思った。
「スカーレット、私は、お父様にもお母様にも、もう会うことはないでしょうけれど、スカーレットには、これからも会いたいと思っているの。あなたさえ良ければ、遊びに来てちょうだい。お手紙も大歓迎よ。」
「お姉さま、そう言っていただいてありがとうございます。」
結局、スカーレットは、翌日にベイル家に帰っていった。
スカーレットもオスカーも、ケイモスとミラに関わらないと宣言した手前、一緒に馬車に乗って送る役目は、執事のセバスチャンに頼んだ。
オフィーリアとオスカーは、二人並んで馬車を見送り、オフィーリアは、馬車が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
「結局、心からの謝罪をしてくれたのは、スカーレットだけでしたね。」
「ああ、そのようだな。」
「オスカー様・・・、本当にありがとうございました。あなたがいてくれたから、ここまで来れたのだと思います。」
「いや、ここまで来れたのは、オフィーリアが頑張ったからだ。俺は応援していただけにすぎない。」
「ふふ、その応援のお陰で、私、頑張れたんですよ。」
オフィーリアはオスカーの顔を見て、にっこりと微笑む。
「オフィーリア・・・」
オスカーはオフィーリアの肩を抱き寄せ、笑顔でその青い瞳を見つめた。
「ところで、オスカー様、殿下があのようなことを言うことを知っていましたか?」
初めの予定では、ケイモスとミラの謝罪次第で、オフィーリアからの絶縁宣言をするかどうかを決めるつもりでいた。
その結果は、まったく誠意のない謝罪であったから、何を言われようとも、オフィーリアの方からバッサリと切った。
オフィーリアは、これで終わりだと思っていたのだ。
「実は俺も知らなかった。俺が口出ししたのは、あの二人がスカーレットをダシにして接触を図ることが予想されたから、その前に釘を刺したのだが・・・。まさか、その後で殿下が二人を切るとは・・・。」
セオドアの最後の言葉は、まさにラスボスの止めの一撃。
ケイモスもミラも、その一撃で撃沈してしまった。
オフィーリアはふと思う。
初めの話し合いで、セオドアが「その線で行こう!」と言ったとき、腹黒笑みを浮かべていた。
きっとそのときから、否、その前から計画を立てていたのだろう。
殿下は味方にすれば、ものすごく心強い人であるけれど、敵に回したら、それはそれは恐ろしい相手になるに違いない・・・。
五日後、スカーレットから手紙が届いた。
舞踏会でオスカー・ルイス侯爵の妻であることを公表してから、山のように届く招待状や手紙の中に紛れていたが、スカーレットの可愛らしさにぴったりの花の模様のついた封筒は、他と違ってきらりと光っていた。
封を開けると便箋もおそろいの花の模様で、そこにはスカーレットの少し丸みを帯びた文字で、丁寧に文章が綴られていた。
親愛なるお姉さま
舞踏会では本当にお世話になりました。
それから、心配してくれてありがとうございました。
屋敷に戻りましたら、両親は意気消沈しておりましたが、決して私に暴力を振るうことはありませんでした。
それから・・・
内容はスカーレットが屋敷に帰ってからの両親の様子と、近況報告が書かれていた。
オフィーリアは読み終わると、ふうと一息ついて手紙を引き出しにしまった。
オスカーが、王城での勤務が終わり、屋敷に帰ってくると、二人は一緒に夕食を食べる。
風呂に入った後は、いつものように夫婦の寝室で過ごす。
二人にとって、寝る前にベッドの上でお互いのことを話し合うことが日常になっている。
「食事のときに、スカーレットから手紙が来たって言ってたけど、どんなことが書かれていたんだ?」
ケイモスとミラが、スカーレットに酷いことをするのではないかと、オスカーは心配をしていた。
「ふふっ、オスカー様も読んでみますか?」
「オフィーリアに届いた手紙なのに、俺が読んでもいいのか?」
「はい。手紙にはオスカー様にも伝えてくださいって書いていましたから、大丈夫です。」
スカーレットは引き出しにしまっていた手紙を取り出し、オスカーに渡す。
どれどれと、オスカーが真剣な表情で読み始めたが、読み終わる頃には笑顔になっていた。
「オフィーリアの汚名が返上されたってことだな。」
「はい。そのようですね。」
オフィーリアもにっこりと微笑む。
手紙にはミラのことも書かれていた。
王太子主催の舞踏会には、ミラが日頃から懇意にしているお茶会の面々も参加していた。
ミラの言葉で、オフィーリアは義妹を虐める酷い義姉だと信じ込み、噂を広めてしまった人たちである。
しかし、スカーレットの一件で、自分たちがミラに嘘をつかれて騙されていたことがわかり、激怒して屋敷に押しかけて来たと言う。
その際、リーダー格の婦人から、ミラに対してお茶会出席禁止令が出されたそうだ。
婦人たちは、オフィーリアに謝罪したいと言っているらしい。
どうりで、山のように届く手紙の中に、婦人たちからの招待状も含まれていたわけだ。
「オスカー様、これからベイル家の人たちはどうなるのでしょう。」
「さあ、なるようになるだろう。」
「スカーレットだけでも、なんとかならないかしら・・・」
このままでは、スカーレットの結婚に障りがでないか心配だ。
セオドアがスカーレットの事実を知った以上、悪いことにはならないと思うけれど・・・。
「おそらく殿下のことだ。きっと何か考えていると思うぞ。」
「確かにそうですね。」
きっと腹黒笑みを浮かべながら、今後のことを考えてくれるのだろうと思う。
「ところでオフィーリア、俺からお願いがあるのだけれど・・・」
オスカーの顔が、ちょっと恥ずかしそうに赤くなる。
「何ですか?」
「その・・・オスカー様って言う呼び方、妻になったことを皆に公表したのだから、もう、敬称はつけなくてもいいんじゃないかな。」
今までの習慣で、舞踏会以降もオスカー様と呼んでいたが、それもそうだとオフィーリアも思う。
「・・・そうですね。では・・・オスカー? ふふっ、ちょっと恥ずか・・・」
「もう一度呼んで。」
「えっ?」
「もう一度!」
まるで、おやつをおねだりする大型犬のようだわ・・・可愛い!
「ふふっ、オ・ス・カー・・・オスカー、これで良いですか?」
「ああ、凄くいい。もう一度!」
何度もねだるオスカーに、オフィーリアは何度もオスカーと応えた。
「ねえ、オスカー、私からもおねだりして良いですか?」
その言葉に、オスカーは少し驚いたが、喜んで頷く。
「もちろんだ。だが、オフィーリアからおねだりするなんて、珍しいな。何でもおねだりしてくれ。宝石でも、ドレスでも、お前のためなら何だって買ってやるから。」
「ふふふっ、そんなんじゃないんです。」
「じゃあ、どんな?」
オフィーリアの顔が、恥ずかしそうにポッと赤く染まる。
「今まで頑張って来たご褒美に・・・その・・・あ、熱いキスをしてください。」
オスカーは、目を丸くする。
今まで、こういうことは、オスカーから求めてばかりで、オフィーリアから求められたことは一度もなかった。
もじもじしながら、勇気を出しておねだりするオフィーリア・・・なんて可愛いんだ!
「ああ、オフィーリア、やっぱりオフィーリアは最高だ! 望めば一晩中でもキスをしよう。」
「ひ、一晩中・・・ですか? そ、それは・・・」
ボッと顔が燃えるように真っ赤になって、恥ずかしさで爆発しそうだ。
だが、オフィーリアは覚悟を決めて、オスカーから目を逸らさずにはっきりと言った。
「ううん、やっぱり一晩中が、良いです!」
オスカーはもっと目を丸くして、驚くと同時に破顔する。
「はははっ、やっぱりオフィーリアは最高だ!」
オスカーは、オフィーリアの熱く火照った身体をしっかりと抱きしめて、しっとりとした柔らかい唇に、熱い熱い熱―――いキスをした。
今回で、このお話の最終回を迎えました。ここまで読んでくださった皆様に深く感謝申し上げます。
溺愛系のお話が結構好きなので、私が溺愛系を書いたらどうなるのかな?と思って書き始めたお話でしたが、オフィーリアとオスカーのバカップルぶりが、書いていてとても楽しく、あっという間に最終回を迎えました。75話で最終回となりましたが、他の執筆が終わり次第、続きを書く予定です。二人の続きを読みたいと思ってくださる皆様は、どうぞ、楽しみにしてお待ちください。




