74話
スカーレットの五歳の誕生日に、父親のケイモスは自慢の娘を大々的に皆に紹介したくて、かなり大掛かりな誕生日パーティーを開いた。
昨年の四歳の誕生日は、まだクレアの死から数ヶ月しか経っておらず、身内だけのささやかな誕生日パーティーにしたその反動でもあった。
天井に届くようなバースデーケーキ、豪勢な料理に美味しそうなデザートの数々、お祝いに来てくれた大勢の貴族の子どもたち、数えきれないほどのプレゼントの山、どれをとっても、スカーレットには初めてのことで、パーティーの初めから終わりまでテンションが上がりまくりで、はしゃぎまわっていた。
パーティ―がお開きになった後も、スカーレットは興奮が冷めず、夜、ベッドに入っても、なかなか寝付けない。
喉が渇いた・・・。
スカーレットは、夜中であったが、水を飲みに一人で台所まで足を運んだ。
その日の夜は、プレゼントにもらった可愛いうさぎのぬいぐるみを抱いて寝ていたので、スカーレットは夜の怖さを紛らわすために、ぬいぐるみを抱いたまま台所まで行った。
台所に近づくと、女性の若い使用人の話し声が聞こえてきた。
「オフィーリア様が・・・旦那様と奥様が・・・スカーレット様が・・・」
ぼそぼそと話す声に混じって、家族の名前も聞こえてくる。
何となく台所に入りにくいと思ったスカーレットは、入り口で立ち止まったのだが、使用人の二人は、スカーレットの存在にまったく気が付かず、止まることなくしゃべり続けた。
若い使用人が、遅くまで残業させられれば、ついつい文句の一つも言いたくなるのだろう。
仕事の愚痴から始まったそれは、口にしてはいけない領域まで、エスカレートしてしまう。
「それにしても、旦那様も酷いわよね。奥様とフリンしたのって、まだ前の奥様が生きてた頃でしょ。」
「そうそう、スカーレット様が今日で五歳だから、少なくとも六年前にはフリンしてたってことよね。」
「フリンしたあげく、子どもまで作るんだもん。そりゃ、辛いわよね。奥様がお亡くなりになったのって、きっとスカーレット様が生まれたからよね。」
「うん、そうだと思う。心労で病気が悪化したのよ。それにしても、オフィーリア様はどう思っているのかしら・・・。」
「お優しいから何も言わないけど・・・、お母様が死んだ原因なんだもん。きっと、本当は、スカーレット様のことを、殺したいほど憎んでるんじゃない?」
コ・ロ・シ・タ・イ・ホ・ド・ニ・ク・ン・デ・ル?
・・・おねえちゃまが・・・?
ここまで聞いてしまったスカーレットは、喉が渇いていたことも忘れ、恐くなって自分の部屋に逃げ帰った。
うっかり、うさぎのぬいぐるみを、その場に落としたことも気づかず、慌てて走って逃げた・・・。
私が生まれたから、おねえちゃまのお母様は死んじゃったの?
私が悪いの?
おねえちゃまは、本当は私を殺したいほど憎んでいるの?
私は悪くないわ。
でも私が悪いの?
怖い、怖い、怖い・・・おねえちゃまが、私を殺しに来る・・・
部屋に戻ると、さらに強い恐怖が込み上げてきて、スカーレットはわんわん大声で泣き出した。
泣き声に驚いたミラが部屋に入ってきて、どうして泣いているのか聞いても、スカーレットはただただ泣くばかりで、何も話すことができなかった。
最後は泣き疲れてそのまま眠ってしまったのだが、翌日、熱を出して寝込んでしまう。
医者に診せると、「夜泣きも発熱も、誕生日パーティーの興奮から来るものでしょう。知恵熱のようなもので、幼児にはよくあることです。」と言われたので、走り去る足音と、その場に落ちていたうさぎのぬいぐるみを見て、慌てて荷物をまとめて辞めていった若い二人の使用人のせいだとは、誰も思いもしなかった。
スカーレットの熱は二日間続いたが、熱が冷めたとき、スカーレットの記憶の中から、使用人の会話がすっぽりと抜け落ちていた。
心に深く刻まれたのは、オフィーリアが自分に何をするかわからないという恐怖心だけだった。
それからは、オフィーリアのことが怖くて怖くて仕方がなかった。
熱が冷めて初めてオフィーリアを見たとき、オフィーリアはスカーレットの大事にしていたクマのぬいぐるみを抱いていた。
自分のことが嫌いだから、盗ったのだと本気で思った。
大好きだった絵本をオフィーリアが持ってきてくれたときは、その表紙を見ただけで、背筋が凍った。
怖くて怖くて、その日以来、大嫌いな絵本になった。
それからも、オフィーリアがそばに寄るだけで身体がこわばり、慌てて逃げようとすると足がもつれて転んでしまう。
自分の足がもつれて転んだだけなのに、何故かオフィーリアに突き飛ばされたと思い込んんだ。
スカーレットは理由がわからないのに、オフィーリアのことが怖くて怖くて仕方がなかった。
オフィーリアがベイル家を去ったとき、正直に言ってほっとした。
屋敷の中に、恐怖の対象がいなくなったのだから・・・。
だが、それからは、怖い夢を頻繁に見るようになる。
オフィーリアがいたときも、たまに見ることがあったが、いなくなってから、その頻度が増した。
頻度が増しただけでなく、もっと苦しい気持ちが残るようになった。
怖くてどうしようもないのに、目が覚めたら夢の内容を忘れて、何故か恐怖と罪悪感が重くのしかかってくる。
そんなスカーレットであったが、両親に心配をかけまいと、夢のことは誰にも話さなかった。
王太子主催の舞踏会で、オフィーリアがセオドアと一緒にいる姿を見た瞬間、スカーレットはまるで雷に全身を打たれたような衝撃を受けた。
その衝撃で、今まで忘れていた何かが、どっと頭の中に流れ込んできた。
心の奥底に沈めていた箱の固く閉まっていた蓋を、こじ開けられたような感覚だった。
ずっと封印していた五歳の記憶が頭の中を駆け巡り、恐怖と罪悪感に押しつぶされそうになった五歳の誕生日の夜に逆戻りしてしまったのだ。
そして、心は五歳の幼児になってしまった・・・。
「お姉さま、お姉さまのお陰で私、やっと救われたように思います。ずっと、正体がわからない何かに怯えて暮らしていました。」
「スカーレット・・・あなたも辛い毎日を送っていたのね・・・。」
「いえ、私のせいで、お姉さまの方がよっぽど辛い毎日を送っていらっしゃったと思います。本当にごめんなさい。」
「私も辛かったけど、もういいのよ。あなたが私を恐れるようになった理由もわかったし、それに・・・、今の私は幸せなの。」
「お姉さま・・・、今、幸せに暮らしているのですね。」
「ええ、、そうよ。とっても幸せだわ。」
「それを聞いて、ほっとしました。私も辛い思いからやっと抜け出せたように思います。今朝、目が覚めたとき、心から安心して眠れたと思えたのです。」
その日、オフィーリアとスカーレットは一日中、積もる話に花が咲いた。
仲が良かった頃の昔話に興じたり、オフィーリアが屋敷を出てから起こった出来事など、話せば話すほど、連鎖的に次の話題が溢れてくる。
スカーレットが、特に興味を示して聞きたがったのは、オフィーリアが王太子殿下を救った話だった。
勇気ある貴族令嬢の噂はベイル伯爵家にも届いていて、それがオフィーリアのことだとは知らずに、想像を膨らませ、噂の令嬢に会ってみたいと思っていたと言う。
オフィーリアは、人間兵器にされたことは話さないようにして、噂に合わせて嘘を交えて話をした。
スカーレットは、目を輝かせて子どものようにワクワクしながらその話を聞いていた。
「お姉さまが訓練した子犬は、どこにいますの? 私もそのワンちゃんに会ってみたいです。」
「えっ? そ、その・・・実はね、そのワンちゃんの飼い主は別の人なの。とても賢い犬だから、訓練するためにお借りしたのよ。今は、元の飼い主の家にいるわ。」
「そうなのですね・・・。」
スカーレットは、しゅんと残念そうな顔をする。
幾ばくかの罪悪感を感じるオフィーリアであった。
スカーレットが望めば、何日でも侯爵邸で過ごせば良いと思っていたのだが、スカーレットは、翌日には両親の元に帰ると言い出した。




