70話
スカーレットは、顔面蒼白になり、ブツブツと何か喋っているのだが、その言葉は周りのどよめきにかき消され、誰にも聞こえることはなく、気づかれることもなかった。
そんな彼女の視線は、セオドアにエスコートされてゆっくりと階段を下りてくるオフィーリアに釘付けになっているのだが、その顔は恐怖に歪み、身体全身がブルブルと小刻みに震えている。
「おねえちゃま、おねえちゃまが、どうして王子様と一緒にいるの? どうして? どうして? やっぱり私を殺しに来たの? あの絵本みたいに・・・? 怖い、怖い、・・怖い・・・」
オフィーリアに釘付けになっているケイモスとミラは、スカーレットの異変に気付くことはなく、真っ青になって震えているスカーレットを見ようともしなかった。
セオドアとオフィーリアが階段を下りて、会場より一段高い壇上に立つと、音楽が止まり、セオドアが片手を上げた。
会場は一瞬で静まり、全員が臣下の礼をとる。
「面を上げよ。」
その言葉を合図に皆は顔を上げ、無言だが好奇心丸出しの目をセオドアとオフィーリアに向けた。
「本日は、私が主催する舞踏会に参加してくれたことを嬉しく思う。はるばる遠路から来てくれた者もいる。ここに集う者、皆ご苦労であった。」
セオドアが朗々と挨拶を始めるが、皆はその隣にいる女性のことが気になって仕方がない。
早く説明して欲しいと、まるで顔に書いているような表情をセオドアに向けている。
「舞踏会を始める前に、皆に発表したいことがあるので聞いて欲しい。」
一瞬のざわめきの後、次の言葉を一言一句聞き漏らさぬようにと、会場はしんと静まり返った。
年頃の着飾った令嬢とその親たちは、どうか婚約者の発表ではありませんようにと、祈る気持ちで次の言葉を待っている。
「皆も噂で聞いていると思うが、私はこの命を三度もある令嬢によって救われた。神殿で、狩猟祭で、舞踏会で・・・。もし、その令嬢がいなかったら、私は今この場に、立っていることはできなかったであろう。だから私は、その令嬢の勇気を称え、感謝の意を表して聖ミネルアの称号を与えたいと思う。ここにいる皆に、発表しよう。その令嬢とは、ここにいるオフィーリア・ルイス侯爵夫人なのである。」
会場が激しくどよめき、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「あの女性が、殿下を救った令嬢だったのね。やっとお顔が見れたわ!」
「あの令嬢が噂に聞いていた女神の生まれ変わりか・・・実に美しい!」
あちらこちらで感動の声と同時に、安堵の声も聞こえてくる。
「良かった! 殿下のお相手ではなかったわ。」
「殿下の婚約者だったら、私きっとこの場で泣いてたわ・・・」
だが、拍手をすることも忘れて、呆然とオフィーリアを見つめている者がいる。
ケイモスとミラだ。
聖ミネルアの称号だって?
報奨金は一生遊んで暮らせるほどもらえると聞いている。
なんてことだ! 俺の娘がどえらい出世をしたぞ!
ケイモスには、オフィーリアが金の卵を生み出す鶏に見えた。
オフィーリアは皆の好奇と羨望の眼差しと、身体に響く激しい拍手の音を一身に受け、一瞬ふらつきそうになったが、必死に耐えていた。
そして、常に堂々とあらねば! と自分に言い聞かせる。
「もう一つ、皆に伝えたいことがある。オスカー・ルイス侯爵、これへ。」
オスカーが壇上に上がり、オフィーリアの隣に立った。
並んだ二人は、おそろいの青で身を包み、金銀の細かな刺繍のデザインも同じで、見ただけで二人の関係がわかるようになっている。
「オフィーリア・ルイス侯爵夫人は、オスカー・ルイス侯爵の妻であるのだが、潜入捜査のために、あえて、侯爵夫人の身分を隠し、私のために働いてもらった。夫と妻、二人の働きのお陰で、私の命を狙う者を捕まえることができたのだ。二人とも、今までよく頑張ってくれた。礼を言おう。」
「殿下を守るのは臣下の務めでございます。もったいないお言葉、恐悦至極にございます。」
オフィーリアの言葉の後、オスカーとオフィーリアが二人並んで臣下の礼をとると、また会場から割れんばかりの拍手と喝さいが巻き起こった。
「聖ミネルアだけでなく、ルイス侯爵の妻だって? おい、とんでもないことが起きたぞ。これで損害を補うことができる!」
「ええ、あなた、補うどころか、それ以上のお金が手に入るわ!」
ケイモスとミラの会話は、拍手の音でかき消されて周りには聞こえないが、ケイモスの目に映るオフィーリアは、もうオフィーリアではなくなっていた。
金の卵を産む鶏から昇格し、彼女自身が金の延べ棒にしか見えなくなっていた。
拍手が鳴りやむと、オフィーリアは、ドキドキする心を抑え、セオドアに教わり何度も練習した余裕のある顔で、会場にいる人々に視線を送った。
その瞬間、最前列にいるケイモスと目が合った。
お父様が、私を見ている・・・。
オフィーリアの全身に緊張が走る。
ケイモスは、にやにやと笑みを浮かべ、「オ、オフィーリアや、久しぶりだねぇ。」と壇上にいるオフィーリアに、父親の特権だと言わんばかりに話しかけた。
「本当に久しぶりね。オフィーリア、元気にしてた?」
ケイモスに続いてミラも、にこにこと愛想笑いを浮かべている。
馴れ馴れしく話しかけてくるケイモスとミラを見て、オフィーリアは、セオドアの言う通りだと思った。
『そなたが聖ミネルアの報奨金と、ルイス侯爵家の莫大な財産を手にしたとわかれば、そなたを金づるだと見て必ず接触してくるはずだ。』
打ち合わせの中で、セオドアが話していた言葉を思い出す。
にやにやと笑みを浮かべるケイモスとミラの目は、どう見ても、オフィーリアを金づるだと見ているようにしか思えない。
練習した通り、ここは悪役令嬢らしく攻めなければ・・・。
目つきはこうでしたわね。
オフィーリアは悪役令嬢になりきって、冷たい視線を二人に送った。
「お久しぶりですね。私を絶縁して以来ですわね。」
「え? ぜっ、絶縁だなんて・・・お互いに誤解があったようだ。その誤解と解くために、一つゆっくりと話をしようじゃないか。」
『きっと誤解だとか言い出して、歩み寄ってくるだろうが、毅然とした態度で接すること。』
「いいえ、誤解などではありませんし、話をする場を設ける気持ちもございませんわ、お父様。いえ、もう絶縁されてしまったのですから、ベイル伯爵とお呼びするべきですわね。」
冷ややかな態度に見えているかしら・・・。
「オフィーリアや、父にそのような他人行儀な話し方はせずとも良い。いつも通りにお父様と呼んでおくれ。ああ、絶縁したことを根に持っているのだな。それなら、ほれこの通り謝ろう。私が悪かった。」
ケイモスは、にやにや顔はそのままに、ちょこんと頭を下げた。
はあ? なんていい加減な謝罪なの? とても誠意があるとは思えない・・・。
やはり、彼等には、心からの謝罪を求めること自体が無理なのだと、オフィーリアは痛感する。
『オフィーリア、あいつらは人前で許しを請うことも考えられるが、それは、誠意などではなく、皆の前では冷たくあしらうことができないだろうと、お前の高を括っているのだ。オフィーリアの優しさにつけ込んでいるだけなのだから、慈悲の心など必要ない。』
これはオスカー様の言葉。
本当にお二人の言う通りです。
彼等にとって、私はただの金づるで、誠意のこれっぽっちも認められませんでした。
これで、はっきりと、心が決まりました。
たとえお父様が泣いてすがって来たとしても、私、バッサリと切り捨てますわ。
だって今日の私、悪役令嬢ですもの。
ここからが正念場です。見ていてください!




