69話
怖い、怖い、助けて・・・ごめんなさい。私が悪いの・・・ううん、違うわ、私は悪くない、私は悪くないわ・・でも、ごめんなさい。やっぱり悪いのは私・・・。だから私を殺したいの? だから私を殺しに来たの? お願い、お願いだから・・・私を殺さないで!
少女は、迫りくる恐怖で目が覚めた。
額には冷や汗が滲んでいる。
ああ、まただ・・・。また怖い夢を見た・・・。でも、覚えていない。目が覚めたとたんに忘れてしまう。
いったい私は、何にこんなに怯えているの?
王城に着いたオフィーリアとオスカーは、セオドアの私室に案内された。
二人を出迎えたセオドアも、正装に身を包み、いつもと雰囲気が違う。
セオドアの白を基調とした正装姿を見て、さすが王子様、ほれぼれするほど美しい・・・とオフィーリアは一瞬思ってしまったが、でもやっぱりオスカー様の方がカッコいいわ!と思い直す。
今日呼ばれたのは、最終打ち合わせが目的だ。
「オフィーリア嬢、練習通りに上手くやるんだよ。そなたは優しすぎるから甘くなりそうで、少し心配なんだが・・・」
今までセオドアに何度か呼ばれて、舞踏会の打ち合わせをしてきたが、演技指導も受けていた。
「いざとなったら、私が妻を助けますから、大丈夫です。」
オスカーがどう助けるつもりなのか、考えるとちょっと怖い。
いざとならないようにするのが一番だわと、オフィーリアは思う。
そして心配する二人に「頑張ります。」と、自分にも言い聞かせるように、力強く言った。
時間が近づくにつれ、舞踏会会場の広間は招待客が増えていく。
王太子主催の舞踏会とあって、年頃の令嬢たちは、セオドアに見初められたいと、いつも以上に美しく着飾っている。
ケイモス・ベイル伯爵とその妻ミラ、そして娘のスカーレットも入場したが、ケイモスも皆と同様、スカーレットを美しく着飾らせ、あわよくば、王太子の婚約者に、そうでなくとも、どこぞの金持ち貴族に見初められれば良いと考えていた。
今日のスカーレットのドレスは、少しでも目立つようにと明るい黄色を選んだのだが、色選びにケイモスとミラの意見が反映されたことは、言うまでもない。
入場後、開会までの空いた時間を使って、ケイモスとミラは、目星をつけた年頃の令息がいる裕福な貴族たちに、スカーレットを印象付け、売り込もうと、熱心に娘を紹介して回っていた。
スカーレットは、いつものことだと慣れているのか、そんな両親に従順で、静かに時が過ぎるのを待っていた。
舞踏会が始まる時間になると、ケイモスは身なりの良い紳士に声をかけられた。
「ベイル伯爵様とご家族の皆様、どうぞこちらへ。」
「あなたは?」
「私は王太子殿下の侍従でございます。」
何故、王太子殿下の侍従が?と思ったが、案内されるままに後をついて行くと、会場の最前列に連れて行かれた。
「では、この場でお待ちくださいませ。」と言い残すと、侍従はその場を去っていく。
ケイモスもミラも、スカーレットも、いったい何故?と首をかしげるばかりであった。
「さあ、もう時間だ。オフィーリア嬢、準備は良いか?」
「はい。準備はできております。」
オスカーは、本日は護衛の任務から外れているが、打ち合わせ通り会場の正面階段の下で、護衛の位置についている。
オフィーリアは、これから始まる一世一代のショーに、ゴクリと息を呑む。
かつて私のことを、お芝居に出てくる悪役令嬢のようだと揶揄する人がいたけれど、今日私は、本物の悪役令嬢を上手く演じて見せるわ!
会場で待機している楽団がファンファーレを鳴らし、ネームコールマンが二人の入場を張りのある声で朗々と告げる。
「ただいまから、王太子殿下並びにオフィーリア・ルイス様のご入場です。」
会場にいる全員が、正面の階段上のバルコニーに視線を向けるが、聞き慣れぬ名前に会場がどよめいた。
「オフィーリア・ルイスってどなた?」
「殿下に婚約者がいるとは聞いてないぞ。」
あえて身分は伏せたままの紹介に、会場の皆はどこの誰だかわからずに混乱し、それぞれが勝手なことをぼそぼそと呟きだしたが、それと同時に、彼らの視線は、セオドアの横にいる令嬢に釘付けになった。
オフィーリアは、皆の視線を一身に受け、体中に痛さを感じたが、それに耐えてまっすぐに視線を上げ、姿勢を正しく保ち、セオドアの腕に手を回した。
そして自分に言い聞かせる。
歩き方も、視線の送り方も、何度もオスカー様と練習したから大丈夫・・・、今日の私は、悪役令嬢なのよ。常に堂々とあらねば!
オフィーリアは、今まで何度も舞踏会に参加していたが、いつも、表情に覇気がなく、俯いて視線を下げ、ずっと立ち尽くすだけの壁の花になっていた。
貴族の間で、オフィーリアは、義妹を虐め、婚約者の友人にも嫌がらせをするという悪評が広まっていたこともあり、人々の視線が怖かった。
それに加え、婚約者のブランがオフィーリアの相手をしようとしなかったことも、その原因の一つである。
だから、本当は舞踏会なんて行きたくなかったのだが、それは、貴族らしさを求める父が許さず、いつも渋々参加していた。
だが、今回は違う。
エスコートしてくれるセオドアと、階段の下で待っていてくれるオスカーがいる。
二人は今日のために、一緒に計画を立てて励ましてくれて、練習にも付き合ってくれた。
応援してくれる二人のためにも、胸を張り堂々としていなくては・・・。
オフィーリアは美しい音楽が奏でられる中、セオドアにエスコートされて、階段を一歩ずつゆっくりと下った。
オフィーリアが足を踏み出す度に、青いドレスがキラキラと輝き、身につけた宝石も、オフィーリアのプラチナブロンドの髪も、灯りに照らされて美しく光る。
会場のどよめきが、さらに大きくなっていく。
あまりの美しさに、ほう・・・とため息を漏らす者もいれば、何故オフィーリアが?と訝しむ者もいて、その反応は人によって様々だ。
だが、彼女の悪評を知る者は、オフィーリアの堂々とした美しい姿を見て納得する。
かつてイザベラを虐める悪女だと噂が流れていたが、イザベラが捕まってからは、その噂はイザベラによる捏造だったのだと、新しい噂が流れるようになっていた。
王太子と一緒に歩くオフィーリアを見て、やはり捏造だったのだと皆が納得するのだった。
皆がそれぞれ思いを馳せる中、誰よりも驚愕し、開いた口がふさがらなかったのは、最前列にいるケイモスとミラである。
「オオオ、オ、オフィーリア????どどど、どうして殿下と???」
「あ、あ、あ、あなた・・・、で、殿下と一緒にいるのはオ、オフィーリアですよね。見間違いじゃないですよね。」
ケイモスとミラは、顎が外れるほど大きく口を開け、豪華なドレスに身を包んだ自分の娘が、セオドアと一緒に出現したことに、ただただ驚いていた。
オフィーリアは、平民と一緒に暮らしているのではなかったのか?
何故、殿下と一緒なのだ?
それにオフィーリア・ルイスって・・・どういうことなのだ?
ケイモスとミラは、まるで幻を見ているような感覚に陥り、呆然とその場に立ち尽くしていた。
だから、隣にいるスカーレットのただならぬ変化に、まったく気が付かなかった。




