68話
セオドアの予言通り、しばらくすると、一人の貴族令嬢の武勇伝の噂が、国中を駆け巡った。
「おい、聞いたか? 王太子殿下が神殿の爆破に巻き込まれたとき、若い貴族令嬢が身を挺してお救いしたそうだ。」
「ああ、殿下を瓦礫の隙間に引っ張り込んで命をお守りしたが、その令嬢が大けがをしたんだってな。」
「その令嬢なら俺見たぜ。騎士様に抱きかかえられて崩れ落ちた神殿から出てきた。」
「すごい令嬢がいたものだ・・・。」
「狩猟大会で、王太子殿下が盗賊を捕まえた話だけどさ、ある貴族令嬢が使用人に扮して情報をかき集めたんだって。」
「そのお陰で、殿下を攫うつもりだった盗賊の居場所がわかったんでしょう?」
「そうそう、殿下が盗賊を捕まえることができたのは、その令嬢のお陰なんだって。すごいわねぇ。」
「殿下のワインの毒を見抜いた犬の話だけど、あの犬を訓練したのは例の貴族令嬢らしいわよ。」
「殿下が狙われているから、毒を察知できる犬が必要だと思って、飼い犬を訓練したって聞いたわ。お陰で殿下は毒からも守られたのね。ほんと、凄い令嬢だわ。」
そして皆一様に、こう言う。
「そんなにすごい令嬢なら、一度でもいいから会ってみたいものだ。」
王都でも、人々の話題の中心は「勇気ある貴族令嬢」で、至る所で話が盛り上がり、もう知らない者など一人もいないほどになっていた。
マリーも買い物先で、他の客たちと噂で盛り上がった一人であり、屋敷に帰ってくると、早速オフィーリアに伝え聞いた噂を披露した。
噂は「勇気あるすごい貴族令嬢」だけでなく、尾ひれがついた噂になると、女神が降臨したとか、その令嬢は女神の生まれ変わりで、絶世の美女らしいなどと、聞いているオフィーリアの方が恥ずかしくなり、だんだん身体がむず痒くなっていく。
「まあ、いいじゃないですか。皆さんとっても楽しそうにお話していますし・・・」と、マリーはまったく気にする様子もない。
オスカーなんて、俺の妻は女神の生まれ変わりなのだから当然だ!と喜んでいる始末。
オフィーリアが一人、噂を耳にするたびにドキドキして、いたたまれない気持ちになっていた。
王太子主催の舞踏会は三ケ月後なので、オフィーリアはその準備に追われるようになる。
今まで、オスカーとの結婚は、極一部の人にしか伝えていなかったので、侯爵夫人として人前に出ることはなく、大っぴらにドレスやアクセサリーを注文することもなかった。
必要なドレスは、町に既製服のドレスを買いに行くか、オスカーの母親の服を借りて済ませていた。
しかし、今回の舞踏会は王太子主催の舞踏会で、国中の貴族に招待状が届けられるという、これまでに例をみないほどの大規模なものだ。
しかも王太子セオドアがエスコートするのだから、ドレスを適当に選ぶわけにはいかない。
オフィーリアは、王都でも最高級と呼ばれるドレスの仕立て屋に注文し、それに見合うアクセサリーや靴も注文しなければならなかった。
それに、皆にルイス侯爵の妻であると公表した後は、山のように招待状が送られてくるだろうから、ドレスの数も今の数倍は必要である。
自分の身の回りのことだけでも大変なのに、舞踏会の打ち合わせでセオドアに呼ばれることも多く、そんなこんなでオフィーリアは心が休まる暇はなく、とても忙しい毎日を送っていた。
オフィーリアの忙しさに合わせて、屋敷の雰囲気も変わって来た。
あまりの忙しさに、マリーと通いの家政婦だけでは足りず、ルイス侯爵家の使用人の数を徐々に増やし、屋敷の中がだんだんと賑やかになっていった。
使用人が増えたことで、マリーはオフィーリアの専属メイドから、専属侍女へと格上げになり、使用人頭も務めることになった。
使用人頭になったマリーは、新しい使用人たちに、口を酸っぱくして念押ししていることがある。
オフィーリア様がオスカー・ルイス侯爵様の妻であることは、絶対に口外してはいけません。
これは舞踏会当日に発表する極秘事項なのである。
そしてあっという間に舞踏会当日となった。
オフィーリアが選んだドレスは、オスカーが着る近衛騎士団の制服と同じ青色にした。
きらびやかに輝く上質のシルクサテンの生地にキラキラ輝く小さな宝石が無数に縫い付けられ、金糸銀糸を使った精密な刺繍が施されている。
それらは歩く度に、揺れに合わせてキラキラと光り輝き、この世のものとは思えないような美しさを放っている。
ドレスに合わせて選んだイヤリングとネックレスには、この国でも稀少とされるパライバブルーの宝石とダイヤモンドがふんだんに使われていて、ため息が出るような美しさだ。
最後にオフィーリアは、プラチナブロンドの髪をマリーに綺麗に結い上げてもらって、母の形見の髪飾りを付けた。
鏡に映る姿は、衣装やアクセサリーもさることながら、マリーが念入りに仕上げた化粧が衣装に映え、自分で見てもとても美しいと思う。
マリーの腕に感謝である。
マリーも鏡に映ったおフィーリアを覗き込み、すごく満足気な笑みを浮かべている。
「奥様、本当にお美しいです。きっとこの国で一番お美しい奥様ですわ。」
結婚を秘密にしている間は、マリーはオフィーリアを気遣い、奥様と呼ばないようにしていたが、秘密にする必要がなくなった今日からは、喜んで奥様と呼んでいる。
だが、奥様と呼ばれることに慣れていないオフィーリアは、なんだかちょっとくすぐったい。
でも、それにもじきに、慣れてしまうのだと思う。
「奥様、本日は私も舞踏会会場に控えておりますので、何かありましたら、何なりとお申し付けください。」
「マリー、ありがとう。」
マリーは、オフィーリアの服装や化粧の直しが必要なときのために、後から舞踏会会場に来ることになっている。
オフィーリアは、マリーのことを本当に頼りになる侍女だと思う。
支度が終わって広間に出ると、オスカーがまるで主人を待ち焦がれる大型犬のように、今か今かと待っていた。
「オ、オ、オフィーリア・・・な、なんて美しいんだ。いつも美しいと思っていたが、今日はまるで女神のようだ。ああ、オフィーリア、俺の女神・・・」
そんなことを恥ずかしげもなく言ってのけるオスカーに呆れはするが、実を言うと、とっても嬉しい。
オスカーの服装は近衛騎士団の制服であるが、儀式用に作られた正装で、いつもの青に、金糸銀糸の精密な刺繍と、宝飾が施されている。
そして胸にはソードマスターの勲章が光り輝いていた。
思わずポーっと見惚れてしまうオフィーリアであるが、返事を忘れていたことに気付き慌ててしまう。
「あ、ありがとうございます。オ、オスカー様も、すごくカッコイイです。」
お互いを見つめ合い、褒め合う二人を、セバスチャンもマリーもその場にいた使用人たちも、微笑ましく見ていた。
「それでは、行こうか。」
オスカーにエスコートされ、オフィーリアは馬車に乗り込み、それに続いてオスカーも馬車に乗った。
二人は見送る皆に手を振って、屋敷を出発した。




