67話
・・・復讐・・・
ずいぶん前に、オスカーにも聞かれたことだった。
あのとき、自分はどう答えたっけ?
オフィーリアは思い出そうと首をかしげる。
そう、確か・・・、心から謝罪してほしいと答えた。
今もその気持ちは変わらない。
復讐などと大それたことは望まないから、せめて心からの謝罪があれば、それでいい・・・。
「殿下、私は復讐など望んでおりません。心からの謝罪があれば、それだけで十分です。」
「そうか・・・。そなたは復讐を望んでいないのだな。そなたが望めば、経済的な制裁を加えることもできるし、虐待の罪で裁くこともできるが・・・」
セオドアの申し出に、オフィーリアは緩やかに首を振る。
「ご提案ありがとうございます。ですが、おそらく、父は、ホワイト伯爵の鉱山事業に多額の出資をしていたはずです。鉱山が崩落したのですから、大きな損害を被ったことでしょう。ですから経済的制裁を受けたのも同然と言えましょう。」
「なるほどね。では、夜に追い出されたことは?」
「それに関しましても、今は怒っておりません。夜にいきなり屋敷を追い出されたことは辛くはありましたが、お陰でオスカー様とすぐに結婚できました。ですから、悪いことばかりではなかったのです。」
「そうか・・・。オフィーリアは優しいのだな。」
それまで二人の会話を黙って聞いていたオスカーであったが、我慢できずに会話に加わる。
「殿下、オフィーリアはとても優しい女性なのです。ずいぶん前にも、私は復讐を提案しましたが、逆にオフィーリアに断られてしまいました。彼女が望むのは、心からの謝罪だけなのです。」
「なるほどね。だが、オフィーリア、あのような所業が平気でできる両親なのだ。本当に心からの謝罪を望めるのだろうか? 俺は、はなはだ疑問だね。」
セオドアにそう言われ、オフィーリアはふと思う。
ブランは自分が悪かったと言ってくれたけれど、あれは本心からの謝罪だったのだろうか・・・?
彼等に心からの謝罪を求めることそのものが、無理なのかもしれない・・・。
「殿下、心からの謝罪があれば、それで十分だと申しましたが、もし、それが叶わないならば、私を絶縁したのは父なのですから、今後一切、私に関わらないでほしい、切にそう願います。」
「うん、それが良い。では、その線で行こう!」
セオドアは、にやりと腹黒笑みを浮かべたが、オスカーもオフィーリアも、その笑みの向こう側に何があるのか、わからなかった。
「では、方針も定まったことだし、ここからは、詳細を話し合おう。」
セオドアは、王室主催の舞踏会の開催は三ヶ月後とし、国中の貴族に招待状を出すことなどを話したあとで、もっとも重要なことを提案した。
「この計画には、インパクトが大切だ。特に、ベイル伯爵夫妻に一発食らわせるためには、できるだけ、大げさにした方が良い。」
「と言いますと?」
オスカーも、オフィーリアも、セオドアの次の言葉をじっと待つ。
「オフィーリア嬢のエスコートを、俺がしようと思うのだ。」
「はあ?」
一番に、間抜けな声を上げて、驚いたのはオスカーだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。この舞踏会で俺たちの、否、私たちが夫婦であることを発表するのでしょう? それをどうして、殿下がオフィーリアをエスコートするのですか? それはいくら何でもおかしいのではありませんか?」
今までの穏やかな雰囲気が一変して、険悪なムードが漂う・・・と言っても、それはオスカー限定のことで、セオドアは、顔色一つ変えず、いたずらっ子のような笑みでオスカーの険悪なムードをかわしている。
「だから言っただろう? インパクトが大切だと。俺には婚約者がいないから、誰をエスコートしようと問題ない。きっと、皆驚くぞ!」
「そ、それはそうですが、私たちが二人一緒に参加する初めての舞踏会なのですよ。やはり、夫である私がエスコートするのが筋と言うものでしょう?」
「王太子主催の舞踏会で、皆が見ている前で、俺がオフィーリア嬢をエスコートして階段を降りる。それを見たベイル夫妻はどう思うか・・・。考えてみただけでも愉快だろ?」
「それはそうでしょうが、オフィーリアは、私の妻なのですよ。そんなことをしたら・・・」
負けじとオスカーも言い返す。
「いやいや、これが一番良いに決まっている。」
二人の言い争いを、オフィーリアは困った顔で見ていた。
「お前の言いたいこともわかるが、この方法が一番インパクトが強い。 なあ、オフィーリア嬢、そなたもそう思わないか?」
「えっ? わ、私ですか?」
いきなり話を振られたオフィーリアは、困った顔で言葉につまる。
どちらの言い分もわかるから、どちらを立てて良いものか・・・
しかし、身分を考えれば、臣下たるもの、セオドアの提案を受け入れるべきだと思うし、インパクトを考えれば、自ずと答えは見えてくる。
オフィーリアは、心を決めた。
「私は殿下の臣下でございます。臣下たるもの、殿下の仰せの通りにするのが当然かと。」
オスカーを傷つけないように、あくまでも臣下であることを強調した。
「オ、オフィーリア、そ、そんな・・・」
オスカーは、泣きそうな顔をオフィーリアに向ける。
「ははっ、やっぱりオフィーリア嬢の方がものわかりが良いようだ。では、オスカーは、階段の下で待ちたまえ。」
やっと出た結論に、セオドアはすごく満足そうな顔をした。
「俺とオフィーリア嬢が入場した後で、お前の結婚を皆の前で発表する。だから、そう心配するな。ふふっ、ベイル伯爵が石ころだと思って捨てた娘が、実は国で一番高価な宝石だったと気づいたとき、どんな顔をするのか見ものだな。」
これって、殿下は絶対に楽しんでいるわよね・・・と思ったが口に出せないオフィーリアであった。
結局、オスカーは渋々セオドアの提案を受け入れることしたのだが、やはり不安は隠せない。
普段、顔色一つ変えず、心が読めない氷のようだと言われるオスカーであるが、こと、オフィーリアについては別人のように変わる。
まったく、こいつは・・・
セオドアは、ふうと一つため息をついた。
「言っておくが、お前が心配しているようなことは絶対に起こらないぞ。臣下の愛する女性を奪うなんて趣味は俺にはないし、そもそも好みのタイプがお前とは違う。」
「では、殿下の好みのタイプとは、いったいどんな女性なのですか?」
安心の確証が得たくて、オスカーは一歩踏み込んだ質問をする。
「ははは、次期国王の好みのタイプってのは、シークレットなのだよ。その噂が広まれば、年頃の女性は皆それに合わせて作り変えられるからな。」
「そうですか。だったら、できるだけ早く、殿下も婚約者を決めてください。そうすれば、多くの男性が安心するでしょう。」
「ははっ、そう簡単に決められれば、俺も苦労しないよ。」
現在二十一歳のセオドアであるが、まだ婚約者は決まっていない。
しかし、十歳の頃から、婚約者候補は数人いて、その最も有力な相手は、アデルバード王国の南に隣接しているサウザード王国の第一王女であった。
これは極一部の者しか知らない話であるが、実はセオドアが十八歳になったら、王女と正式に婚約を交わすことが決まっていた。
ところが、ランベルジオスとの戦争が始まると、中立を守りたいサウザード王国から婚約の話は白紙に戻したいと打診があり、結局、この話は立ち消えとなったのである。
オスカーは戦地にいたため、この話はまったくあずかり知らぬことだった。
セオドアの婚約と言う、込み入った話になってしまったが、オフィーリアは話題を変えた方が良いと思い、気になっていたことを口に出した。
「ところで殿下、三度も命を救われたことを公に話してしまうと、私の能力が皆にバレてしまうと思うのですが・・・」
「ああ、そのことなら、心配ない。勇気ある令嬢の噂がそのうちに流れるから。まあ、しばらく様子を見ていてくれ。」
セオドアは、再度、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。




