65話
まだ、本妻の喪が明け切らないうちに、後妻と子を屋敷に招き入れるという非常識な行いであったが、大人の事情を理解していないオフィーリアは、突然現れた二つ下の妹のことを、素直に可愛いと思った。
父親譲りの栗色の巻き毛と茶色い瞳が愛くるしく、言葉足らずなしゃべり方も妹らしくて、自分がこの子を守ってあげなくては・・・と思ったのだ。
それからのオフィーリアは、スカーレットのために絵本を読んであげたり、おままごとをしたりと、実の姉のように世話をしながら一緒に仲良く遊んでいた。
母がいなくなった寂しさを、義妹を構うことで紛らわせていたのかもしれない。
スカーレットも、「おねえちゃま、おねえちゃま」とオフィーリアの後をついて回った。
幼いオフィーリアにとって、父ケイモスの変化も驚くべきことだった。
普段見ることがなかった父が、屋敷にいる。
それだけでも驚きなのに、父の優しい姿を、毎日見ることになるのだから・・・。
ただし、その優しい姿は、スカーレットと継母ミラに限定されることであったが・・・。
ケイモスは、スカーレットのことを目に入れても痛くないほどに可愛がった。
だが、オフィーリアには少し冷たかったように思う。
マリーは、スカーレット様は旦那様によく似ているけど、オフィーリア様は亡くなった奥様によく似ているからじゃないかと言っていたが・・・。
継母ミラにおいては、クレアの思い出の品を全て売り払ってしまうという辛い出来事はあったものの、髪飾りを一つ形見の品として置いておくことは許してくれたし、日常生活では、オフィーリアに対して少しは気を遣ってくれていた。
初めの二年間は、家族の間に大きな問題もなく、スカーレットとの関係も良好だった。
だが、スカーレットが五歳になった頃から、二人の関係がおかしくなる。
オフィーリアが最初にスカーレットの異変に気が付いたのは、スカーレットが熱にうなされた日のことだった。
スカーレットが五歳を迎えてすぐのこと、突然熱を出して寝込んだ。
オフィーリアはスカーレットのことが心配で、彼女の部屋にお見舞いに行ったのだが、スカーレットは熱で火照った頬を赤くして、苦しそうに眠っているので、声をかけずにしばらく様子を見ていた。
病気で寝込むスカーレットのことを可哀そうに思ったオフィーリアは、なんとか彼女を元気づけたいと思った。
そこで何かないかと部屋を見回すと、目についたのは、飾り棚に置かれている大きなクマのぬいぐるみ。
背伸びをしても手が届かない場所にあるそれを、オフィーリアは椅子を使って飾り棚から取り出し、抱きかかえると、スカーレットの枕もとで一人芝居をするように話しかけた。
「スカーレットちゃん、僕はクマですよ。早く元気になってね。」
クマの腕を掴んで動かしながら、元気づけるように話しかけたのだが、スカーレットは眠っているのでオフィーリアの言葉は届かない。
しばらくオフィーリアがクマを抱いたまま見守っていると、スカーレットが目を覚ました。
「あっ、スカーレットが目を覚ました! スカーレット、おねえちゃ・・・」
嬉しそうにオフィーリアは話しかけたのだが・・・
「キャー!!!」
スカーレットの悲鳴に、オフィーリアの言葉はかき消された。
「ス、スカーレット、どどど、どうしたの?」
驚くオフィーリアを無視して、スカーレットは大声で叫んだ。
「お姉ちゃまが、私のクマちゃんをとったー。」
叫びながら、ウエーンウエーンと大声で泣いた。
叫び声と鳴き声に驚いて、継母のミラが慌てて部屋の中に入ってきた。
「スカーレット、いったいどうしたの? どうして泣いているの?」
「ウエーン、お姉ちゃまが、私のクマちゃんをとったー」
ミラがオフィーリアを見ると、確かにオフィーリアはスカーレットのお気に入りのクマを抱いている。
それも高い場所に置いてあったクマを、わざわざ椅子を使って盗ったのだ。
キッと睨むミラに、オフィーリアは慌てて言い訳をする。
「あ、あの・・、これはスカーレットを元気づけようと思って・・・クマさんになって話しかけてたの。」
「そんなの聞いてない!ウエーン」
ますます激しく泣くスカーレットを抱き寄せながら、ミラはオフィーリアに厳しく叱った。
「オフィーリア、どうしてそんな嘘を言うの。それとも、スカーレットが嘘をついているとでも?」
眠っていて、オフィーリアの言葉を聞いてないことは本当のことだから、スカーレットが嘘をついているわけではない。
「スカーレットは、嘘をついてはいないけど・・・そ、それは・・・」
どう言って良いのかわからず、もじもじしていると、騒ぎを聞きつけてケイモスも部屋に入って来た。
「さっきから騒がしいが、どうしたのだ?」
「あなた、オフィーリアがスカーレットのお気に入りのぬいぐるみを盗ったのです。」
「何だって? オフィーリア、お前は何ということをするのだ! 妹に恥ずかしいとは思わんのか!」
「えっ・・・ち、ちが・・・」
「あなた、これも全て私が悪いのです。」
ミラはオフィーリアの言葉を遮り、ケイモスに頭を下げた。
「私が至らぬばかりに、オフィーリアを泥棒にしてしまいました。本当に申し訳なく思います。私は母親失格です。」
「だ、だから、ちがう・・・」
「何を言う。お前は実の子でもないオフィーリアのためによくやってくれている。きっとオフィーリアは、妹に嫉妬したのだ。情けない。」
二人とも、まったくオフィーリアの言葉に耳を傾けようとせず、勝手に話を進め、いつの間にかオフィーリアは、ぬいぐるみを盗んだ泥棒になっていた。
そうじゃないといくら言っても、素直じゃない、自分の非を認めないなんて・・と、かえってますます叱られてしまった。
結局、オフィーリアは満足な弁明もできずに、この件は終わってしまった。
いつもと違うスカーレットの態度に困惑したオフィーリアだったが、この時はまだ、きっと熱にうなされていたからだろうと思い、病気が治ったら、また一緒に遊ぼうと考えていた。
数日後、すっかり元に戻ったスカーレットに、オフィーリアは笑顔で話しかけた。
手には、スカーレットが大好きな王子様とお姫様の絵本を携えて・・・。
王子様とお姫様が一緒に悪者を退治するお話を、スカーレットはいつもワクワクして聞いてくれた。
スカーレットがとても嬉しそうだから、読み手のオフィーリアも、役者になったつもりで熱演してしまうのだ。
この絵本だったら、機嫌を直してくれるはず。
「スカーレット、お姉ちゃんが絵本を読んであげるわ。ほら、この絵本よ。」
オフィーリアは、スカーレットに絵本の表紙を見せて反応を見たのだが・・・
「キャーッ!」と、スカーレットが悲鳴を上げた。
「えっ? ど、どうしたの?あなたが大好きな絵本よ。」
「そんな絵本、読みたくない!ウエーンウエーン」
スカーレットは、大きな声で泣きだしてしまった。
「スカーレット、どうしたの? いつも楽しそうに読んでたじゃないの。」
だが、スカーレットの泣き声は、さらに大きくなっていく。
スカーレットの泣き声を聞いて、ミラが飛んで来た。
「スカーレット、いったいどうしたの? 何故泣いているの?」
「お、お姉ちゃまが・・ウエーン、い、意地悪をするの・・・ウエーン」
ミラは灰色の目を吊り上げて、オフィーリアを睨んだ。
「また、オフィーリアが悪いことをしたのね。」
「ち、違います。私は絵本を読んであげようと・・・」
「わ、わたし・・ウエーン、よ、読んでほしくないって・・ウエーン・・・言ってるのに・・ウエーン」
ミラは泣きじゃくるスカーレットを抱き寄せて、オフィーリアをきつく叱った。
「オフィーリア、人の嫌がることをするのは、良くないってこと、わからないの?」
「え? で、でも・・・」
騒ぎを聞きつけてケイモスがやってくると、前回と同じ展開になっていく。
「あなた、またオフィーリアが・・・」
「今度は何なんだ?」
「オフィーリアが、スカーレットの嫌がることをするのです。妹に意地悪をするだなんて・・・」
「何だと、オフィーリア、お前と言うヤツは・・・、妹を虐めて恥ずかしくないのか!」
「あなた、本当に申し訳ございません。私が至らないばかりに・・・」
ああ、まただ・・・。
また私が悪者になっていく・・・。
スカーレットが嫌がったときに、すぐに部屋から出たら良かったのだ・・・。
オフィーリアは、こうなったら、もう何を言っても無駄なことだと前回学んだ。
気落ちしたオフィーリアは、ごめんなさいと一言言って、この場から離れた。




