63話
ウッド伯爵の逮捕から三ヶ月が過ぎた。
当時は世間を大いに騒がせた事件であったが、人の噂も七十五日、今では、すっかりその噂は鳴りを潜めている。
だが、この三ヶ月の間、王都では、大きな変化があった。
側妃カーラの失脚。
カーラがアイザックに渡した王太子殺害依頼の手紙が、アイザックの秘密の家から見つかった。
その手紙が動かぬ証拠となり、カーラは王族専用の牢塔に幽閉された。
第二王子のヴァレリアンは、側妃カーラの計画を知らされていなかったらしく、殺人未遂事件とは無関係だと判断された。
それに加えて本人は、本当は国王にはなりなくない、第二王子のまま、のんびり生きていきたいと主張するので、その点も考慮した貴族会議が行われた。
長い会議の結果、ヴァレリアンに対する罰は王位継承権の剥奪のみとし、それ以外は現状維持となった。
一番ほっとしたのは、ヴァレリアン自身であろう。
ウッド伯爵は、ルイス侯爵夫妻とレイモンドの殺害、並びに長年に渡るスパイ行為の罪を問われ、極刑が確定。
今は、もうこの世に存在していない。
ブランは毒薬を飲んだ後、恨みつらみをぶつぶつと呟いていたが、徐々に身体が弱くなり、二週間後には言葉も出なくなり、最後は刑務所内の病院のベッドで静かに息を引き取った。
イザベラは女子刑務所に移送されたが、そこで行われた身体検査で、ドレスで見えない身体のあちこちに、無数の痣ができているのが見つかった。
ブランの暴力の痕だとイザベラは説明したが、痣の醜さに嘆くことはなく、こんな痣はいつかは消えると、とてもサバサバしていて、日々の日課も問題なくこなし、自由のない刑務所生活であっても、実に前向きに暮らしている。
彼女に言わせれば、衣食住と身の安全が保障されている女子刑務所は、孤児院にいた頃よりも数倍ましなのだそうだ。
今は手に職をつけるために、裁縫の技術を学んでいて、女子刑務所内では上位の模範囚だと評価されている。
出所日は決まっていないが、このまま模範囚でいれば、若いうちに出所できるかもしれない。
タイロン・ペレス侯爵においては、逮捕後、屋敷の中を一斉捜索し、闇ギルドで請け負った殺しの証拠を押収することができた。
これによって、一つの闇ギルドが解体し、それに関わった悪人どもも芋づる式に逮捕することができた。
不思議なことに、タイロンの部下を尋問していると、何人もの部下が翼の生えた女神を見たと証言している。
殺し専門だと思っていたのだが、幻覚剤などの薬物販売にも関わっていたのではないかと、現在調査中である。
さて、オフィーリアはどうなったかと言うと・・・
屋敷に戻って来てからも、しばらくは安静に過ごし、栄養たっぷりの料理を食べて体力回復に勤しんでいた。
十分に体力が戻ったことを自覚したオフィーリアは、本当に中和剤が効いたのか調べることにした。
庭に出て、庭師に用意してもらったオフィーリアの秘密兵器が入った箱を、マリーに手渡した。
「マリー、思いっきりやってちょうだい。」
「病み上がりなのに、本当にいいんですか?」
「すっかり元気になったのだから・・・、大丈夫よ。」
「では、お嬢様、いきますよ。」
マリーがオフィーリアの顔面めがけて箱の中身をぶちまけた。
「!!!!!!」
オフィーリアは、失神しそうになるのを必死で耐えた。
恐怖で声を出すこともできなかったが、オフィーリアが子犬になることはなかった。
次に、庭の樹木を抜いてみようと、樹木に抱きついてみたが、抜くことができず、ドレスを汚しただけだった。
以前なら片手で運べた重い荷物も、今は両手を使っても持ち上げることすらできなくなっている。
オフィーリアは、少し寂しく感じたが、ああ、元に戻ったんだと改めて実感する。
これで良かったのだわ・・・。
力は失ってしまったけれど、もう、死の恐怖から解放されたのだから・・・。
自分の力が消えてしまったことを、はっきりと自覚したその夜、ベッドの上で寂しそうにしているオフィーリアに、オスカーは心配で声をかけた。
「オフィーリア、なんだか様子がおかしいが、何かあったのか?」
「実は・・・今日、本当に私の力が消えたのか調べてみたのです。」
「それで、どうなったのだ?」
「大量の蜘蛛を見ても子犬にならず、重い荷物も、一人では持ち上げることができませんでした。」
「それで、寂しさを感じていたのだな。」
「はい、そうです。もう、私はあの力を使ってオスカー様のお役に立つことができなくなってしまった・・・。そう思うと、寂しさが込み上げてきて・・・。」
しょんぼりと俯くオフィーリアの頭を、オスカーは優しく撫でた。
「オフィーリア、寂しく思う必要はない。完全にあの力が消えたことは、喜ばしいことだ。これで、お前の命が脅かされることはなくなったのだから・・・。」
「それはそうなのですが・・・。」
「オフィーリア、俺を見て・・・。」
オスカーはオフィーリアの肩をぐいと掴み、目と目を合わせた。
「オフィーリア、今まで危険な仕事をたくさんさせてしまって、本当にすまなかった。だが、これからは侯爵夫人として幸せな人生を歩んでほしい。」
オスカーの真剣な眼差しに、オフィーリアはハッとする。
「あ、謝らないでください。そんなつもりで言ったのではありません。それに、私が人間兵器の力を使ってオスカー様を守るって誓ったのですから・・・。」
「そうだね。オフィーリアは俺を守るために、本当によくやってくれた。今までありがとう。」
「オスカー様・・・。」
オスカー様の言葉は、いつも自分に力をくれる。
オスカー様の言葉が素直に嬉しい。
「あの・・・、オスカー様、人間兵器の力でオスカー様を守ることはできなくなりましたが、これからは・・・、私、真心で、オスカー様を守ります!」
その言葉にオスカーは一瞬目を丸くしたが、すぐに顔がほころんだ。
「ああ、オフィーリアは嬉しいことを言ってくれる。やっぱり、オフィーリアは最高だ!」
オスカーは、オフィーリアをぐっと抱き寄せ、その額にチュッとキスをした。
「ところでオフィーリア、今まで、身体のことが心配で、ずっと我慢していたのだが・・・、もうそろそろ良いだろうか?」
「えっ? あ、あの・・・」
突然の申し出に、オフィーリアはもじもじとして、気持ちとは裏腹に、次の言葉が見つからない。
だが、うなじも顔も、開き始めた赤バラのように、瑞々しい紅色に染まっていく。
「ふふっ、オフィーリアは、本当にいつ見ても可愛い。でも、嫌なら止めるよ。」
「えっ・・・?」
オスカー様はちょっぴり意地悪だ・・・。
オフィーリアは、少し拗ねた顔でオスカーを見上げた。
「ふふっ、ごめんごめん。あんまりオフィーリアが可愛らしくて、つい・・・。」
「・・・」
「じゃあ、いいんだね。」
オフィーリアは、潤んだ瞳で、こくんと頷いた。
「オフィーリア・・・、愛している・・・」
オスカーは、一度目はそっと優しくいたわるように、二度目は少し激しさを増して、三度目はむさぼるような熱いキスをした後、オフィーリアを抱きしめたまま、ゆっくりとベッドに押し倒した。
ウッド伯爵の逮捕から三ヶ月が過ぎた現在、オフィーリアとオスカーは、王太子セオドアに呼ばれて、王宮内の彼の私室にいるのだが、先ほどから、険悪なムードが流れている。
と言っても、険悪さを醸し出しているのはオスカーだけで、セオドアはそれを微妙な笑みでかわしている。
「殿下、それはいくら何でもおかしいのではありませんか?」
普段から、決してセオドアに逆らうことがないオスカーであったが、この日は違っていた。
「オフィーリアは、私の妻なのですよ。」
怒るオスカーを前にしても、セオドアの腹黒い笑みは変わらなかった。




