62話
往きは最速の二日で移動した三人であったが、帰りはオフィーリアの体調を気遣い、ゆっくりと休憩をとりながら、夜は早めに宿で泊まり、四日かけて帰宅した。
そのお蔭で、オフィーリアは体調を崩すことなく、無事に屋敷に着いた。
到着した時間は夜であったが、セバスチャンもマリーも、オフィーリアたちが戻ってくるのを今か今かと待ちわびていたので、それはそれは、上を下への大騒ぎで、否、大喜びで出迎えをした。
「お坊ちゃまも、オフィーリア様も、ご無事で帰られて本当にようございました。と言っても、私は必ずご無事で帰ってくると、初めからわかっておりましたよ。」
コホン・・・と一つ、咳ばらいをするセバスチャンの目には涙が浮かんでいる。
先に王都に到着したアレックスから、オフィーリアの状態を聞いていたマリーは、心配で眠れない夜を過ごしていた。
だからこそ、無事なオフィーリアの姿を目の前にしたマリーにとって、嬉しさはひとしおである。
「お嬢様、ご無事で帰ってこられて、本当にようございました。」
涙を流しながらオフィーリアの無事を喜ぶマリーを見ると、オフィーリアも、自然と涙が溢れてくる。
「マリー、心配かけてごめんなさい。もう、大丈夫よ。」
「お嬢様ぁ・・・。」
マリーの涙はしばらくの間、止まらなかった。
翌朝、オスカーは登城し、アレックスにペレス城での報告と礼を済ませた。
その後、アレックスから陛下がお呼びだと言われたので、そのまま、グレゴリーの執務室へと向かう。
オスカーたちが、騎士団よりも十日以上も帰還が遅れたのは、重傷を負い、一人では満足に動けないジオルグの介抱と支援のためであると、皆に伝えてもらっている。
おそらく、陛下にもそれが伝わっているはずだから、きっとジオルグのことを聞かれるのだろう・・・
そう思いながら、オスカーが許可を得て執務室に入ると、国王グレゴリーは、入り口のそばに立っていた。
「ルイス侯爵、待っていたぞ。」
国王自らの出迎えに、オスカーは驚き激しく緊張したが、なんとか冷静さを装って挨拶をする。
「オスカー・ルイスが国王陛下にご挨拶申し上げます。近衛騎士団長から陛下がお呼びだときき、参じました。」
「オスカー・ルイス侯爵、この度はマティアス・ルード男爵の救出、誠にご苦労であった。」
国王グレゴリーは、満面の笑みを浮かべ、オスカーの働きを労った。
「そのようなお褒めのお言葉をいただき、恐悦至極に存じます。私こそ、近衛騎士団の派遣をお許しいただき、誠に感謝申し上げます。」
「そのような堅苦しい挨拶はよいから、座ってゆっくり話そうではないか。」
グレゴリーは執務室の中央に置いている接客用のテーブルと椅子を指し、座るように促した。
「マティアスが、ひどい拷問を受け、そなたたちが介抱をしてくれたと報告を受けている。彼の身体は、どうなのだろう?」
「救出後は、歩くことも困難な状態でした。ですが別れる頃には、松葉杖をつきながらではありますが、自由に動くことができるようになりました。それから、彼から、手紙を預かっております。」
オスカーは、ジオルグから預かった手紙をグレゴリーに渡した。
「そうか、それは良かった。彼は、これからどうするつもりか聞いておるか?」
「はい。ランベルジオスで、錬金術師として生きると申しておりました。」
「そうか・・・。やはりランベルジオスに行くのか・・・」
「私もあれほどの逸材を外に出すのはもったいないと思い、一緒に王都に来るように誘ったのですが、彼の意志は固かったようです。」
「ほう、そなたの口から、誘いをかけたのか? そなたにも思うところがあっただろうに・・・。よくぞ声をかけてくれた。礼を言おう。」
オスカーは、はっとして、思わずグレゴリーの顔をまじまじと見てしまった。
一国の王が、たった一人の騎士の心情を理解していたのかと思うと、驚きと同時に、感動すら覚えた。
昔は頼りないと思っていた王の顔が、今は慈愛に満ちた頼もしい主君の顔に見えるのだから、ずいぶんと己の心も変わったのだと思う。
だが、うっかりグレゴリーの顔を、じっと見つめてしまったことに気が付いた。
「あっ、申し訳ございません。失礼いたしました。」
慌てて視線をそらし、頭を下げる。
「よいよい、それぐらいのこと、気にするでない。」
オスカーは、自分が仕える主君が、グレゴリーで良かったと思う。
もともと騎士である以上、王のために命を捧げる覚悟ではあるが、この王になら、喜んで命を捧げることができると思った。
一通りの報告が終わり、オスカーが去った後、グレゴリーは執務室にいる護衛や使用人に対して人払いをした。
一人になったグレゴリーは、ジオルグの手紙を読んだ。
内容は、焼け落ちた屋敷を建て直してくれたこと、家族の肖像画を守ってくれたこと、両親の墓を建ててくれたことへの感謝の言葉が、丁寧な文字と文章で綴られていた。
そして、自分の力は微々たるものであるが、両国間が友好的に交流できるように努めるつもりであることも書かれていた。
ふむ・・・微々たるもの・・・か・・・。
ランベルジオスにいる間者の報告書には、王太子のエイダンはジオルグにかなりの頻度で頼っていると書かれていた。
微々どころか、これはかなりの大きな力になるのではないか? とグレゴリーは思う。
そして手紙の最後は・・・、
― 父のこと、三回目がこの世に出ることはないと、ご報告申し上げます。―
この一文で締めくくられていた。
おそらく、この一文を自分に伝えたいがために、手紙をしたためたのだろうと、グレゴリーは思う。
父親殺しの罪は、誰にも告げずに、一人で墓場に持って行くつもりであった。
だが、ジオルグには真実を知る権利があると思い、初めて己の罪を告白したのだ。
ジオルグは、そのことを他言はしないと書いている。
そして、グレゴリーが恐れていたあの毒薬の存在。
ジオルグは、今後一切作らず、また製造法も破棄するから、安心してほしいと伝えているのだ。
しかも、もしも第三者にこの手紙を読まれることがあったとしても、誰にも真意がわからないように書いている。
この短い文で、ジオルグが伝えたいことを理解できるのは、グレゴリーただ一人・・・。
グレゴリーは手紙を読み終えて、ふうとため息をついた。
誠に惜しい人材を失ってしまったものだ。
だが、両国の平和のためには、かえってこの方が良かったのかもしれない・・・。
グレゴリーは、読み終えた手紙に火を点けて燃やした。
父親殺しの罪も、恐ろしい毒薬も、煙と共に、天に上って行くような気がした。
グレゴリーが一人感傷に浸っている最中、同じ王宮内で、王太子セオドアは、腹黒い笑みを浮かべていた。
オスカーとオフィーリアが戻って来たのだから、あの計画をそろそろ実行に移そうか・・・。




