51話
ジオルグが意識を取り戻したとき、両手を縄で縛られ猿轡をかまされて、叫ぶことも身動きも、ままならぬ状態で、冷たい石の床に転がされていた。
すぐそばで、ジオルグを攫った男たち三人が見張りをしている。
「ああ、目が覚めたようだ。イーサンに知らせに行け。」
リーダー格の男が命令すると、一人が部屋から出て行った。
ジオルグが、視線を動かすと、この部屋は物置き小屋なのか、雑然と道具が並んでいる棚や樽が見えた。
しばらくすると、さっきの男が戻ってきた。
「こいつを連れてこいとさ。」
男たちに無理やり縄を引っ張られ、立ち上がると、物置小屋を出て別の場所に向かう。
小屋を出た際に、ジオルグは自分がどこに攫われてきたのかわかった。
ここは・・・、領主の城ではないか・・・。
子どもの頃、何度か父親に連れられて来たことがある。
厚い城壁と、大きく重厚な作りの城に感動したことを今でも覚えている。
いったい何故? こいつらは俺をどうするつもりなのだ?
湧き上がる疑問を抑えて、ジオルグは男たちに言われるままに歩く。
領主の館に入ると、殺風景な物置部屋とは打って変わって、豪華な調度品が飾られた廊下を歩かされた。
来る者を威圧するような廊下を通り過ぎ、ジオルグが連れて行かれた場所は、謁見の間であった。
赤い絨毯の先には、上質な布で作られた黒い衣服に身を包み、宝石をあしらった豪華な椅子に座っている細身の男がいる。
癖の強い紫の髪が、うねうねと胸のあたりまで垂れ下がっていて、ジオルグを見る紫の瞳は怪しく光っている。
まるで蛇のような男だと、ジオルグは思った。
その男は、神経質そうな顔に不気味な笑みを浮かべ、ジオルグを見定めるように、じっと視線を向けていた。
その横には、厳しい顔のイーサンがいた。
「領主様、この男がマティアスです。父親は有名な錬金術師でした。」
イーサンが、領主にマティアスを紹介する。
「ふむ、マティアス、そなた、私の元で働く気はないか?」
領主と呼ばれた男が、単刀直入に話を切り出した。
「働くとは? 」
ジオルグの問いに、領主タイロン・ペレス侯爵は、面倒くさそうに、隣にいるイーサンに目配せをすると、慌ててイーサンが口を開く。
「りょ、領主様は、お前の錬金術師の腕を見込んで、雇ってやろうと仰っているのだ。有り難いと思え。」
威丈高にまくしたてるイーサンに、ジオルグは呆れたように言う。
「イーサン、お前には言ったはずだが・・・。領主様、私は両親の死後、賭博場のウエイターや庭師をして生きてきました。今さら錬金術師などには、なれそうもございません。」
タイロンの目尻が、ピクッと動き、イーサンを睨んだ。
その目を見て、イーサンがジオルグに向かって怒鳴り出す。
「な、何を言う。あれだけの薬が作れるのだ。錬金術師になれないとは言わせないぞ。領主様、こやつは、毒でも爆薬でも、領主様の望みの品が作れる男なのです。」
ふぅと、一つため息をつくと、タイロンが怪しく光る紫色の目をジオルグに向ける。
「マティアスとやら。お前は王都から来たのだから、知っていると思うが、最近王都で、王太子が、暗殺されかけたそうだな。かなり高度な毒を使っていたと聞いている。私はそのような毒がほしいのだ。」
「マティアス、お前が作っている中和剤、もしかして、その高度な毒の解毒剤じゃないのか? だから、暗号なんて使って、誰にもわからないようにしているんだろ!」
イーサンは勝手な思い込みをジオルグにぶつけるが、ジオルグは冷めた口調で答える。
「いや、あれは、そんなものではない。」
2人のやり取りを黙って聞いていたタイロンが、しびれを切らしたように言った。
「もう良い。マティアスをあの部屋に連れていけ。マティアス、気が変わったら言うが良い。」
それだけ言うと、タイロンは不機嫌そうな顔で、謁見の間から出て行った。
「まったく・・・無駄に時間をつぶしてしまったではないか・・・。」
タイロンが皆に聞こえるように放つ独り言に、イーサンの身体が、ガクガクと震えた。
ジオルグが、次に連れていかれた場所は、城の敷地内の中央に建てられた高い塔の入り口であった。
築城された頃は、敵をいち早く見つけるための見張り台として作られた塔であったが、ペレス侯爵は最上階を自分にとって都合の良い部屋に改造した。
欲望を叶えるためには、その方が効果的で最適だと判断したからである。
ジオルグは縄で縛られたまま、腕っぷしの強そうな男二人に剣を突き付けられて階段を上がった。
その後ろには、イーサンがひょこひょこついて来る。
そして、やっとたどり着いた最上階の薄暗い部屋に、ジオルグは無理やり押し込められた。
暗く、カビと生臭い鉄の匂いが漂うこの部屋を、ジオルグは一目見ただけで拷問部屋だと悟った。
壁には拷問用のムチ、ノコギリ、こん棒などが、手にとりやすい位置に掛けられている。
まるで呪いが充満しているようなこの部屋に、立っているだけで気分が悪くなる。
ジオルグは、いったん体を縛る縄をほどかれたが、代わりに両手首を縄で縛られ左右に広げられ、身動きができないように固定された。
それまで、男の後ろを歩いていたイーサンが、ジオルグの前に立ち、怒りをあらわに文句を言い出した。
「お前が、変なことを言い出すから、俺まで領主様に睨まれたじゃないか。」
その言葉と顔に、再会したときの、優しい面影は見当たらない。
「イーサン、何故こんなことをする。」
「はあ? マティアス、お前が俺に薬のことを教えないからだ。教えたくないのなら、教えたくなるように仕向けるまで。」
「くっ・・・」
ジオルグは怒りに身体が震えたが、身動きができない今は、どうすることもできない。
「どうだ?薬の作り方を教える気になったか? それとも暗号の解読法を話すか?」
「話すわけがない。それに、たとえ解読法を教えたとしても、慣れていない人間には複雑すぎて解読など不可能だろう。」
意地悪く話すイーサンに、ジオルグは毅然と答えたのだが、イーサンにはジオルグの言葉が、自分の能力を否定しているように聞こえた。
「はあ? 俺を馬鹿にしやがって! おい、やってくれ。」
イーサンは、横にいた大柄で腕の太い男に命令をする。
「死なない程度にな。」
男はジオルグの頬を、バチン大きな音を立てて平手で打った。
ジオルグの鼻血が飛び散り、生臭い鉄の匂いが鼻を衝いた。




