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5話

オフィーリアに促されて、オスカーは話を続ける。


オスカーの両親の葬儀が終わってからも捜査は続いたが、結局、証拠不十分ということで罪は確定されなかった。


しかし、謀反の証拠となる書類が存在しているので、完全に無罪だとも言えない。


裁判の結果、侯爵家の取り潰しはしないが、領地は没収されることになった。


「俺は今でも、両親が謀反を企んでいたとは思っていない。服毒自殺をしたんじゃなくて、誰かに殺されたんだと思う。だけど、それを証明する証拠もないんだ。」


話を続けるオスカーを見ていると、オフィーリアは辛くなる。


この人はどれだけ悔しい思いを我慢してきたのだろう・・・。


「当時、謀反の疑いをかけられた侯爵家だと後ろ指を指され、風当たりが強かった。そんなとき、王太子殿下が俺を助けてくれたんだ。」


オスカーは、王太子セオドアと自分の関係を話し始める。


セオドアよりも一つ年下のオスカーは、幼い頃からセオドアの遊び相手として時々王宮に呼ばれていた。


セオドアは国王と同じ金髪で、宝石のような水色の輝く瞳の愛くるしい王子だ。


少しやんちゃなところもあるが、真面目なオスカーとは何故か気が合い、遊び相手にはいつもオスカーを選んだ。


セオドアが剣の練習をするようになると、普段よく遊んでいるオスカーが選ばれ、一緒に剣を習うことになった。


その縁があって、王太子との身分の差はあれど、他の貴族令息とは違う親密な関係が、今も続いている。


オスカーの父ルイス侯爵が謀反の容疑をかけられ、両親が自殺した後も、セオドアはオスカーのことを心配し、彼のために動いてくれた。


「地に落ちた名誉なら、お前の力で挽回すれば良い。」


そう言ってオスカーを近衛騎士団に入団させたのだ。


騎士団の入団年齢は十五歳からなので、オスカーの十二歳の入団は、過去に例がなく異例のことだった。


だが、騎士団長も事情を理解し、快く迎え入れてくれたことには、今でも本当に感謝している。


オスカーは血のにじむような訓練を続け、もともとあった才能が、さらに花開くことになる。


十五歳になると、隣国ランベルジオスとの戦争が勃発し、オスカーは戦闘員として戦争に参加。


五年間にわたる戦争で、オスカーは数々の武功を上げ、アデルバード軍を勝利へと導いた。


戦争が終わり二十歳になったオスカーは、戦争の英雄として、騎士の中でも最も尊いと言われるソードマスターの称号と勲章を陛下から授かった。


そして、奪われた領地も褒賞として返してもらったのである。


かくしてオスカーは、自身の力で、ルイス侯爵家の名誉を挽回したのだ。


現在オスカーは近衛騎士団に所属し、騎士としての仕事と、セオドアの側近護衛騎士の両方を担っている。




「俺はね。葬儀の後、オフィーリアを探したんだ。うっかり名前を聞くのを忘れてしまったから、平民の中からプラチナブロンドで青い目の少女を探した。でも、見つからなかった。ははっ、平民用の墓地で会ったから、平民の娘だと思い込んでいたんだ。戦争に行ってもお前のことばかり考えていた。命の危険が迫ったときも、絶対に生きて帰って、青い目の少女を探すと自分に言い聞かせて戦ったよ。」


オスカーが終戦を迎えたときに真っ先に思ったことは、また青い目の少女を探せるということだった。


戦争中、何度も何度も夢に見た。


もう一度会いたい。


その思いが自分の能力を引き上げて、終戦を早めたのかもしれないとも思う。


王都にもどると、セオドアの護衛騎士を任された。


セオドアが舞踏会に参加する際は、必ず一緒に付いて回った。


ある日、壁際にたたずむ青いドレスを身にまとった令嬢に目を奪われた。


流れるようなプラチナブロンド髪、輝く青い瞳、忘れもしないあの少女だ。


大人になった少女は、幼いときの面影を残しつつも清楚な中に色香が漂う立派なレディに成長していた。


平民の娘ではなかったのか・・・、こんなところにいたなんて。


声をかけようと一歩踏み出したが、男が「オフィーリア」と名前を呼びながら近づいてきた。


親し気に名前呼びする男はホワイト伯爵家の令息ブラン、もしかしたら婚約関係にあるかもしれないと思うと、声をかけることができなかった。


名前がわかると、後は簡単に調べることができた。


ベイル伯爵の長女であること。


ホワイト伯爵の令息ブランと婚約関係にあること。


だが、彼女にまつわる世間の噂も一緒に付いて来る。


嫉妬に狂う悪役令嬢そのものだと・・・。




あの心優しき少女が嫉妬に狂う? 


そんなバカな。信じられない。


その日からオスカーは、オフィーリアをつけ回し、否、見守りを開始することにした。


セオドアの護衛で見かけたときは、遠くから見守る。


非番の日にはオフィーリアの後を追って、出かけた先で見つからないように見守った。


するとわかったことがある。


オフィーリアが出かける際は、いつも同じメイドを連れていて、買い物ついでに町の中にある平民用の小さな神殿に入ることがよくあった。


祈りを捧げた後は、そこに集う子どもたちに絵本の読み聞かせをしてあげるのだが、貴族の社交界の中では硬い表情のオフィーリアが、とても伸びやかな明るい笑顔を見せている。


時には泣いている子を慰めたり、他人の落とし物を一緒に探してあげたり、歩くのが辛そうな老婆に肩を貸してあげることもあった。


オスカーは確信する。


オフィーリアは初めて会ったあの日から、何も変わっていない。


優しく清らかな心は昔のままだ。


何が悪役令嬢だ? そんなこと有り得ない!


オスカーは、オフィーリアにまつわる噂は、悪意のある誰かによって捏造されたものであると悟った。


「オフィーリア、俺はお前の善行を何度も見たんだ。まるで天使のような姿に、俺はますますオフィーリアのことが好きになったよ。こんなに優しい女性に悪役令嬢のレッテルを貼るなんて、皆の方がどうかしている。」


オフィーリアは、オスカーの話を聞いて恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。


今まで、オスカーの噂を鵜のみにし、怖くて顔を見ようともしていなかったのに、オスカーは自分の本当の姿を見ようとしてくれる。


それだけじゃない。


オスカーは両親が亡くなり、とても辛い思いをしたというのに、前を向いて侯爵家を立て直そうと努力してきたのだ。


それに比べて自分はどうだろう。


いつの頃からか、自分の境遇はこんなものだと諦め、一人でうじうじとしていたように思う。


「オスカー様はお辛いことがたくさんあったのに、くじけず前を向いて歩いて来られたのですね。」


「確かに辛かったと思うが、俺にはまだ剣があった。武功を上げて名誉を挽回するという目標もあった。それに、オフィーリア、お前がいた。それが生きる支えになっていたんだ。」


オスカーのオフィーリアを見つめる目はとても優しい。


「でも、オフィーリア、君は家族や友人にも理解されず、悪役令嬢のレッテルを貼られ、婚約者にも裏切られた。俺よりもよほど苦しんでいたのではないか? そんな暮らしの中でも、優しさを失わず、昔と変わらないままでいられたなんて、よっぽどお前の方が強いと思う。」


ああ、どうしてこの方は、私の欲しい言葉をくれるのだろう。


私が求めてやまなかった言葉を・・・。


オフィーリアの目から涙が零れた。


「オスカー様、ありがとうございます。」


「オフィーリア、泣いているのか? 泣かせてしまったのなら、すまない。」


「いえ、これは嬉し涙ですから、謝らないでくださいませ。」


目の前にいる愛する女性が、俺の言葉が嬉しくて泣いているなんて・・・。


ああ、オフィーリア、なんて可愛いんだ。


もう、我慢ができない。


「オフィーリア、抱きしめてもいいか?」


オフィーリアは無言で頷いた。


オスカーはオフィーリアにそっと腕を回し、そしてぎゅっと抱きしめる。


服越しに伝わる女体の柔らかさと温かさ、そしてオフィーリアの香り。


このまま、唇を奪い、押し倒してむちゃくちゃにしたい・・・。


オスカーの脳裏に、頬を紅潮させ熱を帯びた目で、オスカー様ぁと身悶えするオフィーリアの姿が浮かぶ・・・。


ハッ、いかん、ダメだ!


オスカーは湧き上がる欲望を、必死の思いで抑え込んだ。


あまりにも上手くいきすぎる。


抱きしめてもいいかと聞いたら頷いたが、もしかしたら、オフィーリアは子犬の感覚で答えたのかもしれない。


今までに子犬のオフィーリアを何度も抱きしめたから、その可能性は大だ。


もし、キスしたら? 押し倒したら? 


オフィーリアは突然のことに拒否反応を示し、子犬になってしまうかもしれない。


オスカーは自分自身でも驚くほどの我慢強さを発揮した。


今は、抱きしめるだけだ。


これだけだ。


これ以上は何もしない、しない、しない!


オスカーはしばらくして、やっとの思いでオフィーリアを離した。


「オフィーリア、お前は復讐したいとは思わないのか。」


「復讐ですか? 本当は死ぬと予感したときに思いました。もし生まれ変わったら私を苦しめた人たちに復讐したいって。でも、私に薬を飲ませた人はもう死んでしまったんですよね。」


「ああ、四人とも、自分で毒を飲んで死んでしまった。」


「四人・・・ですか。昨日もそう言ってましたよね。でも、私の思い違いかもしれませんが、私の記憶では、五人だったように思うのです。ただ、私も気が動転しておりましたので、確信は持てないのですが・・・。」


「いや、五人の方が辻褄が合う。俺があの場所に戻ったときは、既に炎が上がっていた。消えた一人は、きっと俺が入る前にあの場から離れ、後から戻って来て火をつけたのだろう。それだけあの家には絶対に知られてはならない秘密があったということだ。」


「秘密・・・ですか。そういえば、私が、馬車に連れ込まれたとき、成功すれば国を滅ぼすことができるとか言ってたような気がします。」


「ふむ。国を滅ぼす大罪を考えているなら、自害するのもわからぬではない。白状する気がないのなら、白状するまで、死ぬより辛い拷問が待っているのだからな。」


やっぱりオスカー様の言葉は何気に怖い。


「その男たちだが、オフィーリアに薬を飲ませて人間兵器にしようとしたのだな。」


「はい。失敗したら死ぬと言われました。」


「だが、失敗したが、死なずに犬になったと言うわけだ。それにしても許せん。俺の大事なオフィーリアにそんなことをするなんて。逃げた男を捕まえて、絶対に復讐してやる。」


オスカーの目は復讐に燃え、見つかったら、八つ裂きにされそうな勢いだ。


「それから、お前を裏切った婚約者や、お前を苛めた家族にも復讐したいと思わないのか?」


「意識を失う前は考えましたが・・・。」


「そうか、なら、私が切ってこよう。」


オスカーがスクッと立ち上がったので、オフィーリアは慌てて引き留めた。


「お待ちください。復讐したいと言っても、殺したいわけではございません。」


「なら、ひっつかまえて、お前の前で土下座させよう。」


オスカーが今にも出ていきそうに見えたので、オフィーリアは、腕をつかんで止めた。


「今、オスカー様が無理やり謝罪をさせたとしても、きっとそれは本当の意味での復讐にならないと思います。これは私自身のことなので、自分でなんとかしたいと思います。」


「そうか、お前がそう言うのなら仕方がない。だが、俺はいつでもお前の味方だ。復讐したくなったらいつでも俺に言え。どんなことでもしてやるから。」


オフィーリアは、オスカーの気持ちが嬉しくて、もうそれだけで十分な気がした。


「ありがとうございます。その言葉を聞いて、なんだか復讐が終わったような気がしてしまいました。」


「オフィーリアは、やはり優しいな。俺とは違う。本当に、今動かなくていいのか?」


「はい。今は、このままで。でも、いつか、私に対して、俺が悪かった、私が悪かったと心から謝罪してほしいと思います。そのためにも、私はもっと強くなりたいと思います。」


オフィーリアは、落ち着いてゆっくりと、思ったことを口にした。


オスカーは、オフィーリアの気持ちをかみしめる様に聞いていた。


いつかは謝罪をして欲しい、でも、そのためにもっと強くなりたいだなんて・・・。


オフィーリアの決意は、なんて優しく清らかなんだ。


ああ、オフィーリアの力になりたい。


俺がオフィーリアのためにできること・・・それは・・・


「ところで、オフィーリア、お前は、家を追い出されて行くところがないだろう? 俺は、その・・・、お前にずっとこの屋敷にいてもらいたい。」


オスカーの口調が少し変わった。


何か思いつめたような、大きな決意を抱いたような、そんな気がする。


だが、いつまでも甘えてばかりではいられない。


「そう言ってもらえたこと、本当に感謝いたします。でも、初めの予定通り、自分にあった仕事を見つけて一人で生きて行こうと・・・」


「いや、だから、そう言うのじゃなくて・・・」


「・・・オスカー様?・・・」


オスカーは真剣な顔でオフィーリアを見つめ、そして意を決したように、強い口調で告げる。


「俺は遠回しの表現は苦手だ。はっきり言おう。オフィーリア、どうか、俺と・・・けっ、結婚して欲しい!」


「ええっ、け、結婚ですか?」

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