49話
ジオルグは、二人と別れてから、材料を手に入れながら自分の故郷に向かった。
ペレス侯爵領にある故郷には、父親ディアンが功労賞を授与されるまで住んでいた家がある。
ジオルグがその場所に住んでいたのは八歳までであったが、父の実験の手伝いを毎日していた彼にとって、使い慣れた実験室がそこにあるのだ。
王都に引っ越す際に、父の友人である錬金術師にその家を譲った。
広い実験室が別棟に作られているその家を、友人は喜んでもらい受けた。
現在は、父の友人は亡くなっているが、ジオルグより一つ年上の息子が跡を継ぎ、今もその場所で錬金術師として働いていると聞いている。
ジオルグは、古い友人であり、幼馴染でもある彼に、訳を話して実験室を貸してもらおうと考えていた。
故郷の家に着くと、ジオルグの心は懐かしさでいっぱいになった。
二十四年の歳月が流れていたが、レンガ作りの家も別棟の実験室も、年月を感じさせる劣化はしているものの、その佇まいは昔のままだった。
住人がきちんと手入れをしている証拠である。
「ごめんください。」
ジオルグが、ドアをノックして声を上げる。
ガチャリとドアが開き、金髪に緑目のジオルグと同じ年くらいの男が現れた。
色白で小太りなその男は、ジオルグを見ると「おや、見かけない顔だが・・・。」と不審な目を向ける。
「イーサン、俺だよ。覚えているか?」
一瞬、間が空いたが、男はすぐに驚きと喜びが混ざった顔になった。
「おおっ、お前はマティアスじゃないか。いったい何年ぶりだよ。元気にしてたのか?」
男は家の中にジオルグを招き入れ、二人は再会を喜びあった。
男の名前はイーサンと言い、親同士が友人だった二人は、物心がついた頃には一緒に遊んでいた幼馴染である。
イーサンの両親はすでに病で亡くなっており、妻と子は実家に帰省中なので、今はイーサンがこの家に一人で住んでいる。
「お前の親父さんとお袋さん、大変な目にあったんだってな。」
錬金術師の情報は、仲間同士で共有されることが多く、ジオルグの両親の死は故郷まで伝わっていた。
「ああ、そうだ。あれから俺は庭師の見習いをやったり、賭博場のウエイターとして働いていたよ。お前はどうしてた?」
「俺は・・・、親父の跡を継いで、今でも錬金術師で生きているよ。と言っても、一人良い客が付いてな。その人が注文したときだけ仕事をしている。」
「そうか、毎日使っていないのなら、しばらく実験室を貸してくれないか? 寝泊りも食事も実験室でするから、ただ、貸してくれるだけでいいんだ。」
幼馴染なんだから遠慮しないで使えば良いと、イーサンは快く実験室を貸してくれた。
二人が別棟の実験室に入ると、ジオルグはその実験室独特の匂いを身体全身で感じ取り、胸が熱くなった。
懐かしい。まるで八歳の頃にもどったような気分だ。
実験用の道具はきちんと整理整頓されていて、イーサンが日頃から管理を怠っていないことがわかる。
夜を徹して実験ができるようにと、父が作ったソファ兼ベッドと小さなキッチンも昔のままだ。
ジオルグはさっそく、必要な実験道具の点検を始めた。
材料はここに来るまでに手に入れて来たが、道具は、なければ買いに行かねばならない。
ジオルグはノートを片手に必要なものを棚から取り出して並べ始める。
その様子をイーサンは興味深げに見ていた。
「なあ、マティアス、いったい何を作るんだ?」
イーサンはノートをちらりと覗き見たが、聞いたことのない材料の名前が連なっていて、まったく予想が立たない。
「ああ、ちょっとした中和剤なんだが、ここから先は企業秘密だ。」
ジオルグは笑いながら答えたが、イーサンはその言葉に疑問を感じる。
ちょっとした中和剤? あの材料で、ちょっとしたってものではないだろう。
何か、とんでもないものを作ろうとしているんじゃないのか・・・?
「そんなこと言わずに、教えてくれよ。幼馴染じゃないか。」
「いや、こればかりはだめだ。お前も錬金術師なら、正式に発表するまでは秘密にすることぐらいわかっているだろう?」
「それは、そうなんだが・・・なっ、ちょっとだけでもいいから・・・」
しつこく食い下がるイーサンに、ジオルグはあきれ顔で厳しく言い放つ。
「だめだ!」
「ちぇっ、わかったよ。」
イーサンは渋々、聞くのを諦めた。
イーサンってヤツ、ずいぶんしつこいヤツだな。
なんでそんなに知りたがるんだ?
二人のやり取りを、テオは窓の外から隠れて見ていた。
オスカーがジオルグと別れた後、オスカーはテオに、ジオルグを監視するように頼んでいたのだ。
オフィーリアは、直にジオルグの優しさに触れる機会があったが、オスカーには、そのような機会がなく、あくまでも、オスカーにとってジオルグとは、アイザックを毒殺した凶悪犯なのである。
それに、ウッド伯爵にスパイ活動をさせたのもジオルグだ。
両親を殺したのはウッド伯爵の独断であって、ジオルグとは関係ない。
それは、頭ではわかっているのだが、もし、ジオルグがウッド伯爵にスパイ活動をさせていなかったら、両親が死ぬことはなかったのだ。
そう思うと、オフィーリアのように素直に信じることができなかった。
もしかしたら、何か裏で良くないことを考えているかもしれない・・・、その思いが拭えずにいる。
オスカーは、王都でジオルグを密かに監視下に置こうと考えたが、それができないことが分かったので、あの場で別れるふりをして、テオに監視させることにした。
テオと別れた後は、テオの代わりにオスカーが御者を務め、オフィーリアを屋敷に連れて帰った。
テオはこっそりとジオルグの跡をつけ、ばれないように監視を続けた。
道中で材料を手に入れる際も、宿で寝泊りする際も、細心の注意を払い、密かに監視を続け、ジオルグに悪心があれば、それを見破るつもりでいた。
しかし、ジオルグは、山中に入って危険な崖に生えている木の実を採るときも、一軒一軒店を回って必要な材料を買うときも、邪な感情があるようには見えなかった。
イーサンとのやり取りの後、ジオルグは中和剤の製造を始めたが、テオが見る限り、実験室に籠って熱心に薬を作っている姿からも、良からぬことを考えているようには思えない。
何かおかしな点があれば、すぐにオスカーに報告に戻ろうと考えていたが、どうやらそれは必要ないようで、それなら、中和剤が完成するまでこの地に留まり、自分がオフィーリアに届ければ良いと思うようになった。
ジオルグが材料を手に入れながら故郷に戻るのに十日かかったが、テオが馬を走らせ王都へ帰れば、直線距離にして二日あれば十分な距離である。
絶対にその方が早い。
監視を続けて三日後、ジオルグが実験室に鍵をかけて外出した。
実験室で食事も寝泊りもしているので、めったに外出することはなかったのだが、きっと食材でも買いに行くのだろうとテオは思った。
しばらくすると、イーサンが現れて、合鍵で扉の鍵を開け中に入った。
テオは、イーサンの目的を知るために、窓から中の様子をそっと覗く。
イーサンは、戸棚からジオルグのノートを取り出し、ぱらぱらとめくりだす。
「あった、ここだ。」
イーサンの独り言が聞こえた。
そのまま、数ページにわたり、ノートに書かれいている文字を凝視していたが、徐々に表情が険しくなっていく。
「な、なんだ、これは? マティアスのやつめ、俺が読めるのは最初の数行で、途中からすべて暗号で書いているじゃないか! ちくしょう!」
イーサンは、顔をしかめて悔しがった。
「仕方がない、あの方の手を借りよう。」
イーサンはノートを見るのを諦めて元に戻し、実験室を出た。
あの方? いったい誰のことだ?
テオはイーサンの言葉に、不穏な空気を感じた。
四日目の朝、テオが木の上に隠れて監視をしていると、馬車が実験室の前に停まった。
中から男二人、御者も含めると男三人が実験室の扉の前に立ち、実験室のドアをノックした。
「どちら様ですか?」と、ジオルグがドアを少し開けたところで、男の一人がドアを掴んで、力任せにグイッと引っ張り、全開にする。
残る二人が、ジオルグに薬を嗅がせて動けなくなったところを拘束し、あっという間に馬車に乗せて連れ去った。
手慣れたその一連の動きは、まさにプロそのもの。
これは・・・、俺一人では、とてもじゃないが手に負えない・・・
一刻も早く隊長に知らせなくては・・・
テオは、馬車が見えなくなるまでその方角を見届けると、すぐに王都に向かった。




