46話
ランドルフの隙を探しても、まったくそれは見つからなかった。
彼は、絶えず従者か護衛を傍に置いている。
グレゴリーと二人きりで会うことなど、一度たりともなかった。
それでも、いつか、チャンスは巡ってくるかもしれないと、グレゴリーはいつも毒薬を肌身離さず、その機会を待ち続けた。
ディアンから毒薬を託されてから、グレゴリーの身辺にも大きな変化があった。
翌年、子どもの頃からの婚約者アメリアと結婚した。
アメリアは、侯爵家の令嬢で、サラサラと流れるようなの金髪と水色の瞳が愛らしい娘であったが、幼い頃から病気がちで、出産には耐えられない身体だと言われていた。
だが、アメリアは出産を希望し、セオドアを生んだ。
可愛い我が子を腕に抱き、幸せを噛みしめていたアメリアであったが、それからますます体が弱り、病気で伏せることが多くなった。
グレゴリーは、セオドアが生まれてすぐに、側妃カーラとも婚姻を結んだ。
コリンンズ侯爵の賄賂に目が眩んだランドルフの命令だった。
カーラは、もともと優秀な第一王子との婚姻を望んでいた令嬢だったので、グレゴリーとの婚姻は不満であり、本人の前でも落胆を隠すこともしないような令嬢である。
グレゴリーは、そんなカーラに好感を持てなかったが、命令に逆らうことはできず、父王に従順な王太子を演じ続けた。
ランドルフはさらに、カーラとの間に子を作ることを強要する。
できれば避けたいことであったが、もし、ランドルフの機嫌を損ねたら、グレゴリーだけでなく、アメリアも、セオドアも殺されてしまうかもしれないのだ。
悩むグレゴリーに、アメリアは目に涙を浮かべて懇願する。
「あなたの悲願を成し遂げるために、どうかお気になさらず、私を捨て置いてくださいませ。ですが、どうか、生まれたばかりの私たちの赤ちゃんの命だけは守ってください。それだけが、私の願いです・・・。」
グレゴリーはこの苦汁から逃れるには、結局一日でも早くカーラとの間に子を作ることしかないのだろうと、カーラの元に通う。
勝ち誇ったようなカーラの顔を見るのは苦しかったが、妊娠したことがわかると、やっと解放されたのだとほっとした。
グレゴリーがカーラの元に通わなくなって半年後に、カーラはヴァレリアンを産んだ。
髪の色はカーラと同じ赤茶色であるが、目鼻立ちはグレゴリーに似ている可愛らしい赤ん坊である。
王都が祝賀ムードで賑やかになったある日、珍しくランドルフが、夜遅くにグレゴリーを自室に呼びつけた。
呼ばれて部屋に入ると、いつもいる従者も護衛騎士もいない。
ランドルフが誰かと会う際に、二人だけで会うことは考えられないことだった。
それだけすっかりグレゴリーには悪意なしとみなし、絶対に反抗することはないと、油断しているということなのだろう。
カーラの父であるコリンズ侯爵から贈られた高価な酒を飲み、機嫌が良く、酔って顔を赤くしている。
酔っぱらっているから、気持ちが大きくなり、従者も付けずに自分を呼んだのだろうとグレゴリーは解釈する。
「グレゴリー、よくやった。カーラも無事に子を産んで、お前は二児の父になったのだな。」
このとき、グレゴリーはランドルフから生まれて初めて褒められた。
きっとコリンズ侯爵から、高額な祝い金をもらったに違いないと思う。
「お前にも、酒を飲ませてやろうと思って呼んだのだ。」
ランドルフは、グラスに酒を注いでグレゴリーに渡した。
きっと美味い酒なのだろうと思うのだが、緊張しているグレゴリーは飲んでも味がわからない。
「陛下自ら注いでくださるなんて、ありがとうございます。とても美味しい酒ですね。」
「そうだろう?」
ランドルフは、美味しそうにグラスの酒を口に流し込む。
酒のボトルを見ると、中身がほんの少ししか残っていない。
一人でこれだけの酒を飲んだのなら、酔っぱらうのも無理はない。
ランドルフが気持ち良さそうに目を瞑り、ウトウトし始めた。
初めて見る無防備なランドルフを目の前にして、グレゴリーは直感する。
チャンスは今しかない、今を逃せば、一生こんな機会は訪れないかもしれない・・・。
ポケットに入れていた毒薬をそっとグラスに注ぎ、残っていた酒をその上に注いだ。
「陛下、眠たそうにしていらっしゃいますが、もうそろそろお休みになられたらどうですか?」
その声に目を開けたランドルフは、グラスを手にとり一気に飲み干した。
「そうだな。もう寝るとしよう。」
その一週間後、ランドルフは体調を崩し、熱が出て病気で寝込んだ。
そして二週間後に、帰らぬ人となった。
「私は、そなたの父に毒薬をもらってから、四年後にやっと、先王に飲ませることができたのだ・・・。」
目の前にいる王は、四年間、身も心も潜め、屈辱に耐え続けたと言った。
いったいこの王は毒薬を飲ませるために、どれほどの苦痛を味わったのだろう・・・?
ジオルグは、何も言わずに、じっとグレゴリーを見ていた。
「これで、復讐を果たしたのは、そなたの父であることをわかってくれただろうか。」
「・・・私が・・・、私が成し遂げられなかった復讐を、既に父が終えていたのですね。あなたに託すことで・・・。」
グレゴリーは大きく頷いた。
「私の復讐は・・・、既に終わっていたのか・・・。」
ジオルグは自分に言い聞かせるように呟いた。
「ところでジオルグ、そなたさえ良ければ、私のもとで働かないか?」
グレゴリーの突然の申し出に、ジオルグは、信じられないと言う顔つきで、目の前の王を見た。
「はあ? いったいあなたは何を言って・・・」
「私は真剣だ。そなたのような優秀な人材を、本気で私の部下にしたいと思っている。諜報員として働くもよし、この屋敷で思う存分錬金術の実験をするのも良いだろう?」
「あなたは知らないのか? 私は人を殺した男だ。そんな人間を・・・」
「アイザックのことを言っているのか?」
グレゴリーは、ジオルグの言葉を遮り、言葉を続ける。
「あやつの罪は、神殿爆破だけではない。何人もの罪なき人を殺している。そなたが殺さなくても、いずれは死刑になっていた。」
「それだけでは・・・」
ジオルグは、もう一件の殺しを言いかけたが思い直す。
何も全てを白状する必要はない。
だが、グレゴリーは、まるでジオルグの心を読んでいるかのように、もう一人の殺しを言い当てた。
「ああ、孤児院の院長のことかね。」
「ど、どうしてあなたがそのことを知っている?」
ジオルグは、グレゴリーに図星をさされて驚いた。
「さっきも言ったが、私にも優秀な間者がいるのだよ。」
孤児院の院長の話は、テオが調べた情報であるが、オスカーを通じてセオドアから報告を受けている。
グレゴリーは、その後、部下に詳細を調べさせ、院長の悪行の数々を知った。
「もし、私がそなたよりも早く、あやつの悪行を知っていたら、私があの男を殺しただろう。あやつは、人の皮を被った悪魔のような男だった。」
いったいこの王は、どこまで知っているのだ?
愚鈍な王では、なかったのか?
ここにきてジオルグは、グレゴリーが、ずっと気弱で優柔不断な王を演じ続けていたのだと悟った。
「あなたは、何もかもお見通しのようですね。ですが、私があなたの部下になれない決して許されない罪についてはどうなのでしょう。」
「ああ、セオドアを殺そうとした毒のことか?」
グレゴリーは、顔色一つ変えずに淡々と言う。
「やはり知っていたのですね。イザベラが話しましたか?」
「いや、あの娘は、ブランとは一切関係ないし、毒なんて知らないと言い張っておる。」
「では、何故、知っているのです?」
「あの毒を作れるのは、そなたの父ディアンだけだったからだ。ディアンが亡き今、それを作れるのは、そなたしかいない。」
「そこまでわかっているのなら、何故私を部下にしようとするのです? 王太子を殺そうとした罪人なのですよ。」
グレゴリーのジオルグを見る目は優しい。
とても自分の息子を殺そうとした人間を見る目ではない。
「どうしてそんな目で私を見るのです?」
「そなたは、一度でも私の息子を殺そうと思ったことがあるのか? 殺したいと思ったのはウッド伯爵と側妃だけで、そなたではなかろう?」




