43話
ジオルグは、昼間は王城で庭師見習い、夜は賭博場のウエイターとして働きながら、そこで得た情報をランベルジオスに送る活動を続けていた。
賭博場には貴族も平民も出入りしているので、情報源として有益なものが得られる。
そこにいると、この国が今どんな状況にあるのか、いち早く知ることができた。
ランドルフ王が死んだ直後は、腐敗した貴族や騎士たちの粛清が始まり、その情報量は膨大であったため、その全てをランベルジオスに送るのはなかなか大変なことであった。
どの貴族が、何の罪でどう処罰されたのか・・・、粛清された役人の穴は、誰が埋めるのか・・・、その話題に人々の関心が高く、王城でも賭博場でもその話でもちきりで、ジオルグはそれを拾い集めるのにとても忙しい日々を送った。
だが、粛清が終わり、情勢が落ち着いてくると、貴族の噂話や時折り勃発するスキャンダルなどの情報を、まとめて送るようになっていた。
その中で、ジオルグが、目を付けたのはウッド伯爵である。
若くして伯爵位を継ぎ、王宮で政務を担当している貴族なのだが、ギャンブル依存症ではないかと思われる節がある。
上手く使えば、もっと有益な情報を得られるかもしれない。
ジオルグは、賭博場のオーナーに話を持ちかけた。
オーナーも、ランベルジオスと繋がっている間者の一人である。
数多の客から金を搾り取ってきたオーナーにとって、世間知らずのウッド伯爵など赤子の手をひねるようなもの。
あれよあれよと言う間に借金は膨れ上がり、ウッド伯爵は、破産寸前にまで追い込まれた。
次にジオルグは、キャスレル商会の偽造身分証を手に入れる。
ランベルジオスには、身分証を寸分違わず作ることができる職人がいるので、それは造作もないことなのだ。
もちろん、ランベルジオスと繋がりがある商会の上層部には話を通してある。
上層部が理解していれば、 万が一のとき、上手くごまかしてもらえる。
ジオルグは初老の男性に変装し、キャスレル商会の者だと名乗り、ウッド伯爵を訪ねた。
そして、借金を肩代わりする代わりに、情報提供を求めた。
家門を守るためには、それ以外の選択肢はなく、ウッド伯爵は秘密裏にジオルグの申し出を受け入れた。
ウッド伯爵は、まさか賭博場のオーナーとキャスレル商会が、グルになって自分を貶めたなどとは夢にも思っていなかっただろう。
ジオルグは、諜報活動以外にも、時間が許す限り錬金術師の仲間たちと交流し、錬金術の腕を磨くことも忘れていなかった。
ときには休暇をもらい、錬金術に必要な鉱物を採取しに行くこともあった。
ある日、ホワイト伯爵所有の鉱山で青い石を拾った。
そして、それが人の心を意のままに操ることができる成分を含んでいることを突き止めた。
とは言え、青い石がホワイト伯爵の鉱山に埋まっているのか、はたまた空から落ちて来たものか、定かではない。
だから国王バルマンには、良質な鉄鉱石が潤沢に埋まっている鉱山があるが、手に入れる気はないかと持ちかけた。
キャスレル商会の所有にすれば、怪しまれることなくアデルバードの一部を手に入れることができる。
国王バルマンは、いくら金がかかっても良いから手に入れるようにと、ジオルグの提案を受け入れた。
だが、ホワイト伯爵は、鉱山を売る気がまったくない。
ならば売る気にさせようと、ジオルグは、イザベラを孤児院から引き取り、ウッド伯爵の養女に仕立て上げたのだ。
ブランを誘惑するために・・・。
四年の歳月を要したが、ここまでは順調だった。
途中で騎士たちに追われる立場になったものの、上手く逃げおおせた。
鉱山も、手に入れる手筈が整った。
残すところは、鉱山所有権をキャスレル商会のものにする契約だけ・・・
その矢先だったのに、イザベラもウッド伯爵も捕まってしまった。
はあ、と一息ため息をつく。
ジオルグは、最後まで自分一人でこの仕事をやり遂げるつもりであったが、二人が捕まってしまったことを考えると、これ以上関わるのは危険だと思う。
ジオルグは王都から遠く離れ、鉱山所有権の買取契約は、キャスレル商会の上層部に託すことにした。
ジオルグは、再度肖像画の中のディアンとエリーを見た。
二人ともにっこりと微笑んでいる。
子どもの頃に、二人から受けた愛情がよみがえって来る。
もしも、あの実験を命令されなかったら、親子三人で仲良く暮らし、二人はまだ幸せに生きていたのだろうか・・・。
ふと、実験室はどうなっているのかと気になった。
ジオルグが実験室の扉を開けると、そこには何もなく、ただ広い部屋があるだけ。
部屋には、焼け跡など一つも見当たらない。
やはり、この屋敷はいったん取り壊されて、建て直されたのだろう。
屋敷を出る前に、最後にもう一度と肖像画を見ている最中、ガチャリとドアが開いた。
あっ、と思ったが、逃げる隙もなく、突然の侵入者とばったり顔を見合わせる。
「おや、あなたは?」
初老の男が声をかけてきた。
「わ、私は知人を訪ねてきたのですが、どうやら家を間違えたようです。ドアが開いていたので勝手に入ってしまいました。申し訳ありません。」
慌てて出ようとするジオルグを、男は止めた。
「待ちなさい。私はこの屋敷の者ではないよ。管理を任されているだけなんだ。ディアン・ルード男爵様を訪ねてきたのかい?」
その名前を聞いて、ジオルグは心底驚く。
そして、つい、聞いてしまった。
「あなたは、ディアンのことを知っているのですか?」
しまった・・・とジオルグは思った。
家を間違えたと言っているのに、ディアンの事を聞くなんて、なんて馬鹿なことを・・・と、気まずい思いをするジオルグであったが、男は、気にせず話を続ける。
「いや、面識はないが、会ったことはある。」
そして、ジオルグに、この屋敷との関りを話し始めた。
それは、まるで、ジオルグを今までずっと待っていたような口ぶりであった。
男は、ずいぶん昔に、近所に住む兄夫婦の家に遊びに来ていた最中に、この屋敷の火事に遭遇したと言う。
火事現場にやってくる野次馬の一人として見に来たのだが、火の手が屋敷全体を包み込む前に、屋敷に住む男爵夫妻と男数人が、既に運び出されていた。
だが、運び出された全員が、見るに堪えない無残な姿で亡くなっていた。
それから数年たち、男は兄夫婦から家をもらい受け、この近所に住むことになった。
しばらくすると、この屋敷は建て替えられ、近所に住むよしみで、この家の管理を任されたのだと語った。
ジオルグはここまで話を聞いて、いったい誰が管理を任せたのか気になった。
「ところで、管理を任されていると仰いましたが、どなたに頼まれたのですか?」
「近衛騎士団長様だよ。何でも、まだ男爵様のご子息が見つかっていないとかで、もしかしたら、ここに戻ってくるかもしれないから、入り口は開けておくように言われておる。だが、不用心なもんで、毎日見に来てるわけじゃよ。」
近衛騎士団長とは、アレックスのことか?
いったい何故彼が?と思ったが、これ以上話を長引かせるのは良くないと思い、ジオルグは話を打ち切ることにする。
「そうだったのですね。話を聞かせていただき、ありがとうございました。では、私はそろそろ帰ります。」
屋敷を出ようとするジオルグに、男は言った。
「男爵夫妻の墓があるから、墓参りをしてはどうだね。」
「えっ、墓があるのですか?」
出ようとしたジオルグの足が止まる。
「ああ、王都の貴族用共同墓地の第五ブロックに墓があるから、行ってくるといい。」
男の何気ない提案に、ジオルグの心臓は高鳴る。
まさか、墓があるなんて思ってもいなかった。
「そうですか。ありがとうございます。」
動揺を隠して礼を言った後、ジオルグは踵を返し屋敷から出た。
窓から見えるジオルグの後姿に、男は呟く。
「最後まで男爵の息子だと名乗らなかったが、何かわけでもあるのだろうか・・・。」
次に男は、肖像画の家族に視線を移す。
「それにしても、よく似ている。この子が大人になると、母親そっくりになるのじゃな。」
ジオルグは王都を出たら、しばらくは戻って来ないと決めていたが、最後に欲が出た。
両親の墓を、この目で見てみたい。
養父であるメルビンは、ジオルグが二十歳の年に亡くなった。
それ以来、ランベルジオスに戻ったら、必ずメルビンの墓参りをしているが、実の両親の墓参りは、当然ながらしたことがなかった。
墓があることすら知らなかった。
最後に一度だけ、墓を見てから王都を出よう。
俺の顔を見て、ジオルグだとわかる者はイザベラしかいないのだから、たぶん大丈夫だ。
ジオルグは自分にそう言い聞かせて、墓に向かった。
共同墓地にある両親の墓はすぐに見つかった。
二つ並んだその墓に、掘られた名前を探し当てた瞬間、胸が熱くなった。
管理者が場所まで教えてくれたことに、ジオルグは感謝する。
来る途中で買った花束を供えて祈りを捧げ、もう、これで思い残すことはない、早急に王都を出ようと、足早に出口に向かう。
だが、この後に来る突然の出会いが、ジオルグをさらに窮地に追いやることになるとは、ジオルグは思ってもいなかった。




