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4話

「オスカー様?」


オフィーリアの声で、オスカーは、はっと我に返った。


「ああ、悪い。ちょっと考え事をしていたんだ。それ一枚では寒いだろう。もう一枚上に羽織るといい。」


オスカーはクローゼットから自分の黒い上着を取り出してオフィーリアに羽織らせた。


ふー、これで体のラインは隠せた。もう大丈夫だ。


「オフィーリア、話したいことはたくさんある。だが、順番を追って話していこう。まず、オフィーリアに今まで何があったのか聞きたい。噂は聞いているが、俺はオフィーリアの口から聞きたいんだ。」


オフィーリアは、今まで、こんなふうに話してもらったことがなかった。


いつも周りの人たちは、オフィーリアの話を聞こうとしなかった。


だが、オスカーは自分から聞きたいと言ってくれる。


オスカーの気持ちがとても嬉しくて、オフィーリアは今までの出来事をぽつぽつと話し始めた。




ブランと婚約したのは母が亡くなる少し前だった。


当時はブランとも仲が良く、時々楽しく遊んでいた。


五歳のときに母が亡くなり、すぐに継母ミラと、二歳離れた義妹スカーレットが家に入って来た。


義妹のスカーレットは、父親譲りの栗色の巻き毛と茶色い瞳が可愛らしい女の子だ。


当時はまだ平和で、ブランは母を亡くしたオフィーリアのことを慰めて気遣ってくれたし、義妹との仲もそんなに悪くなかった。


しかしそれは長く続かなかった。


スカーレットの様子が、五歳頃から変わり始めたのだ。


お姉様が私を睨んだ。お姉様が私を殴った。お姉様がおもちゃを盗った。


してもないことを親に訴え始めた。


父親はスカーレットの演技力を見破る力がなく、その度にオフィーリアを叱る。


ミラは父親の前では、わざとらしく、私が至らぬばかりに申し訳ございませんと、しおらしく謝罪するものだから、ますます父親はオフィーリアに辛く当たるのだった。


ミラは、スカーレットが訴えたことを盲目的に信じ、オフィーリアの悪行を近所にも言いふらすので、オフィーリアは、できるだけスカーレットと距離を置こうとした。


しかし、ことあるごとに、スカーレットに濡れ衣を着せられ、ある日、ブランの前でわざと転んで、お姉様が私を突き倒したと言われた時は血の気が引いた。


どうしてそんなわかりきった嘘を? 


そう思ったが、それまでに植え付けられたオフィーリアのイメージが悪すぎたのだろう。


ブランはスカーレットの訴えを信じ、オフィーリアを非難した。


姉はもっと妹をいたわるべきだと。


ブランの気持ちはオフィーリアから完全に離れたが、まだ婚約は継続していた。


だが、十六歳になるとイザベラが現れた。


スカーレットと全く同じで、してもいないことをブランに訴え同情を買い、いつの間にかブランの恋人になっていた。


もうこの頃になると、世間もオフィーリアのことを悪女と噂し、嫉妬に狂う姿は、まるでお芝居に出てくる悪役令嬢のようだと囁かれるようになっていた。


そして、挙句の果てに舞踏会で毒を飲ませたと濡れ衣を着せられ、婚約破棄されてしまったのだ。


家を追い出され、職業斡旋所に向かっている最中、男たちに攫われた。


男たちは人間兵器の実験台だと話していたが、実験は失敗し、ここで死ぬのだと思ったが、オスカーに助けられて、今もこうして生きている。




オスカーはうんうんと頷きながら、オフィーリアが話し終わるまで黙って聞いていた。


「オフィーリア、辛かったね。」


その言葉を聞き、オフィーリアの胸がじんと熱くなる。


自然と目から涙が零れ落ちる。


今まで、こんなに真剣に長い時間をかけて、話を聞いてくれた人はいなかった。


やっと自分を認めてくれる人に出会えた。


そんな気がした。


「私の話を信じてくれるのですか。」


「当たり前だ。オフィーリアが嘘をつくはずがない。」


「どうして、そんなに私のことを信じることができるのですか。」


「オフィーリアは信じることができる人間だ。お前を知っているからわかるんだよ。」


ここで、オスカーは息を止め、次の言葉を話すべきかどうか一瞬迷う。


だが、オフィーリアの青い瞳をじっと見つめて、心に決める。


「それに、それにだな。俺は・・・、オフィーリアのことを・・・あ、愛しているからだ!」


はっきりと言い切ったオスカーの顔は真っ赤だ。


そして、愛を告げたその顔は真剣そのもの。


だが、オフィーリアはその言葉を嬉しいとは思ったが、すぐには信じられなかった。


そもそも愛される理由がわからない。


「どうして私のことを好きになったのか、教えてくれますか?」


「そうだな。次は俺の番だな。」


オスカーは、オフィーリアと初めて出会った日のことを話し始めた。




オスカーが、十二歳のとき、父親が隣国ランベルジオスと通じ、謀反を企てているという容疑がかかった。


父は否定したが、捜査中に母と共に服毒自殺をはかり、亡くなった。


謀反の容疑がかけられている両親は、貴族の墓地を使用することを拒否されて、平民用の墓地に埋葬されることになる。


葬儀には、誰も関わりたくなかったのか、参列者はオスカーとセバスチャンの二人だけ。


注文した花束も、手違いがあったのか、はたまた花屋も関わり合いたくなかったからなのか、届けられず、花もなく弔問客もいないとても寂しい葬儀になってしまった。


「花一輪すら供えることができないなんて。」


オスカーは泣きたくなるのを堪えていた。


ここで泣いてしまうと、ますます惨めになるような気がしたから・・・。


オスカーとセバスチャンが、両親二つの墓石の前でたたずんでいると、大きな花束を抱えた一人の少女が声をかけてきた。


「もしも良かったら、お花をお供えさせてくれませんか?」


プラチナブロンドの髪と青い瞳が美しく、その立ち姿にも気品が感じられる少女。


喪服の黒いドレスも上品で、平民だが、きっとどこかのお嬢様なのだろう。


誰も来ないと思っていたオスカーは、そんなオフィーリアを見て驚いた。


「父母の知り合いですか?」


すると少女は首を振る。


「いいえ、通りすがりの者ですが、とても寂しい葬儀だと思って・・・。おせっかいだったらごめんなさい。」


花のない葬儀は、この少女にはとても寂しく見えたのだろう。


おせっかいだと知りながらも、声をかけてくれたのだ。


オスカーは、少女の申し出をありがたいと思った。


「ありがとう。君さえ良かったら、どうぞ花を供えて下さい。」


少女はじっと墓石を見て言った。


「あなたのご両親のお墓ですか?」


「そうだが。」


少女は大きな花束を二つに分けた。


そして自分の髪を結んでいたリボンをほどき、結ばれていない方の花束を、そのリボンで結んだ。


一本だけ花を抜いてから、二つの花束をオスカーに渡した。


「えっ?」


「私よりも、どうぞあなたがお供えしてください。きっとその方が、ご両親も喜ばれると思います。」


オスカーは、その少女の言葉に泣きそうになったが、ぐっと我慢して父母の墓にそれぞれ花束を置き、祈りを捧げた。


少女も一緒に祈ってくれた。


「私もお母様を幼いときに亡くしました。とても辛くて寂しかったけど、きっとお母様は私を見守ってくれていると信じているんです。ありきたりの言葉しか言えないけど、きっと、あなたのご両親も、天国から見守ってくれていると思いますよ。こんなことしか言えなくてごめんなさい。」


オスカーはずっと堪えていたのに、涙がこぼれた。


溢れだしたら止まらなくなった。


立っていられなくなって、膝をつき、声を上げて泣いた。


少女は大泣きするオスカーを優しく抱いて、背中をとんとんしながら言った。


「マリーもね、私が泣くと、こんなふうに抱き締めて慰めてくれるんです。泣きたいときは、我慢しないで思いっきり泣いてくださいって。」


オスカーは少女にしがみつき、思いっきり声を上げて泣いた。




オスカーの話を聞き、オフィーリアは、そのときのことを思い出していた。


オフィーリアが十歳のとき、彼女の専属メイド、マリーの母親が亡くなった。


ベイル家からは誰も葬儀に参列しないと言うので、オフィーリアは、自分だけでも参列したいと、難色を示す父親に、なんとか頼み込んで参列の許可を得た。


マリーの母親は近所に友人が多く、たくさんの人に見送られて、悲しいけど人も花も多い賑やかな葬儀となった。


墓に埋葬と供花をするために、神殿を出て墓地を皆で歩いていると、マリーの葬儀とは対称的なとても寂しい葬儀に出会った。


真新しい二つの墓石と掘り返された土を見れば、たった今、葬儀が終わったのだとわかる。


祖父と孫、二人だけの花もない寂しい葬儀。


もしかしたら亡くなったのはこの子の両親かもしれないと思うと、自分の母親の死と重なった。


なんだか放っておけなくて、おせっかいだと知りながら声をかけたのだ。


マリーの母親には、参列者からのたくさんの花束が供えられる。


なら、花束一つくらい減っても構わないだろう。


そう思って、供花は1本だけにして残りは全部少年に渡した。


平民用の墓地だったから、少年は平民だと思っていた。


だから、顔が似ていても、まさかオスカーだとは思わなかった。




「オスカー様、私もそのときのことはよく覚えています。まさか、オスカー様だとは気が付きませんでしたが・・・。それからどうなったのですか。」


オフィーリアに促されて、オスカーは話を続けた。

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