39話
「あの日、封筒に入れた書類を持って部屋から出たときに、お前の父親、ルイス侯爵とぶつかってしまった。二人とも偶然同じ封筒を持っていた。慌てて拾ったらそれは侯爵の封筒だったのだ。」
ウッド伯爵は、その時感じた恐怖を語り始めた。
後で中身を見て、取り違えたことに気付いたウッド伯爵は、慌ててルイス侯爵の執務室まで取り替えに行った。
「ふむ、そうか・・・、これは君のだったのだな。気をつけた方が良い。」
ルイス侯爵は不敵な笑みを浮かべ、重々しい話し方でそう一言付けて、封筒を取り替えた。
中身を読んだのか・・・?
ウッド伯爵は、ルイス侯爵が、封筒の中身を読んだのかどうか、顔の表情だけでは、読み取ることができなかった。
だが、それからと言うもの、ルイス公爵と目が合うたびに、非難されているような気がした。
何か言われたわけではない。
しかし、ルイス侯爵の目が、秘密を知っているぞと脅しているように思えて、夜も眠れなくなった。
もしかしたら、証拠を固めてから告発するつもりなのかもしれない。
もしかしたら、私を破滅に追いやるつもりなのかもしれない。
そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。
ウッド伯爵の話を、最後まで黙って聞いていたオスカーが、口を開いた
「だから殺したと・・・。」
「そうだ。レイモンドを騎士団に入団させ、偽の書類は裏社会の偽造屋に頼んだ。全て上手く行くと思っていたのに・・・。」
オスカーは、ウッド伯爵を殴りたい衝動にかられたが、ぐっと怒りを抑え、アレックスに努めて冷静に言った。
「団長、聞きたいことは聞けました。」
アレックスは二人のやり取りを黙って聞いていたが、最後にひとつため息をつくと、そばにいた騎士たちに命令した。
「ウッド伯爵を連行しろ。」
オフィーリアとオスカーが、ジャスミンを訪ねた日の夜、ジャスミンは夢を見た。
誰にも話すことがなかったレイモンドと自分の過去を話せたからだろうか、それとも最後までジャスミンを信じて話を聞いてくれた二人に刺激されたからだろうか、夢にレイモンドが現れて、もの言いたげにジャスミンをじっと見ている。
「レイモンド、何か話したいことがあるの?」
手を伸ばしたその瞬間、ふっとレイモンドが消えて目が覚めた。
ジャスミンは目が覚めた後、じっと考えた。
レイモンドのあの表情は、何を意味していたのだろう。
悲し気で辛そうな目をしていた。
無念とういう言葉がぴったりと当てはまる、そんな気がする。
葬儀の後は自首すると決意したのにも関わらず、レイモンドは、結局誰にも話せずに殺されてしまった。
おそらくそれは、ウッド伯爵の差し金だろう。
死にゆく彼の心は、どれほど無念に押しつぶされたことだろうか・・・。
ルイス侯爵は、私の命も危なくなるから絶対に誰にも言うなと言った。
レイモンドは、もしかしたら自分が殺されるかも知れないと、思わなかったのだろうか。
もし、思っていたとしたら?
ハッとジャスミンは気がついた。
レイモンドは、もしかしたら遺書を残していたかもしれない。
王都で彼の訃報を聞いたとき、そんなことは考えもしなかった。
だけど今ならわかる。
彼は、自首する意思を伝えた私に、きっと、もっと伝えたい言葉があったはずだ・・・。
ジャスミンはレイモンドの父親を訪ねた。
子どもたちを、三人とも四年前に失い、妻は二年前に亡くなった哀れな男を。
久しぶりに見る父親は、元気だった頃の姿は見る影もなく、いつ死んでもおかしくないほど痩せ細り憔悴しきっている。
「おじさん、お久しぶりです。レイの部屋を見せて欲しいのですが、いいですか。」
通された部屋は、昔と変わらないまま残されていたが、埃を被った家具や床が、何年も放置されたままだと物語っている。
子どもの頃、レイモンドと宝探しゲームをよくした。
レイモンドは、手紙を隠すことが好きで、それは決まって壁に掛けられている絵画の額縁の裏だった。
いつも同じ場所に隠したらゲームの意味がないと怒ると、照れながら「だって早く見つけて読んで欲しいから。」と答えた。
書いている内容は、ジャスミンのどこが好きなのかとか、誕生日に欲しいものとか、そんな他愛もないことばかりであったが、ジャスミンは、嬉しくもあり恥ずかしくもありで、このゲームが気に入っていたのだ。
もし、レイモンドが隠すとしたら、ここしかない。
ジャスミンが、昔と変わらず掛けられている風景画を壁から外して、額縁の裏蓋を開けると、思った通り封筒が挟まれていた。
四年間、誰にも触れられることがなかった封筒は、そこだけが四年前から時間が止まっているように真新しい。
ジャスミンは、封筒から手紙を取り出し読み始めた。
愛するジャスミンへ
君がこの手紙を読んでいると言うことは、もう俺は死んでいるのだろう。
だが、約束通り、手紙を見つけてくれてありがとう。
俺は人として許されない行いをしてしまった。ずっと後悔し続けていた。
ジャスミンにも、ずいぶん心配かけたね。
だけど、もうこれで終わりだよ。
これが最後のお願いになるよ。
戦争が終わってルイス侯爵が戻ってきたら、どうかこの手紙を渡して欲しい。
もし、不測の事態でルイス侯爵に渡せないようだったら、アレックス近衛騎士団長に渡して欲しい。
死んでしまった俺にできる償いは、もうこれしか残っていないのだから。
ジャスミン、お願いだ。君に託すよ。
追伸、不甲斐ない俺のことをいつも気にかけてくれてありがとう。
ジャスミン、君を永遠に愛しているよ。
ルイス侯爵様
本来なら法廷で証言するべきことなのですが、それが叶わぬこととなった今、手紙でお伝えすることをお許しください。
私は、絶対に許されることがない罪を犯してしまいました。
そのことを謝罪し、すべてを告白いたします。
私はウッド伯爵様のおかげで第二騎士団所属の騎士になることができました。
ですが、騎士団所属になってまだ間もない頃、ルイス前侯爵様に謀反の容疑がかかり、家宅捜索をすることになりました。
私もその任務に就くことになったのですが、その際に、ウッド伯爵様から二つの事を依頼されました。
一つは、書類が入った封筒を第二騎士団長に渡すこと。
もう一つは、ルイス前侯爵様に、どこかで薬を飲ませることでした。
私は自分の妹を救いたいがために、その依頼を断ることができませんでした。
家宅捜索中に、封筒を団長に渡しました。
そのとき、都合よく目の前にお茶の入ったカップが二つ並んでいたのです。
私は、その薬を飲ませた結果がどうなるのかもわからないまま、カップに薬を入れてしまいました。
何も知らずにお茶を飲んだ侯爵ご夫妻はその場に倒れ、帰らぬ人となってしまいました。
その瞬間、私は自分が犯した大罪に気付きましたが、妹を守りたいという自己中心的な考えに支配され、結局何も言えませんでした。
ですが、神は私の罪をお許しにはならなかったのでしょう。
守りたかった妹は、結局二人とも病で死んでしまいました。
私は罪のない侯爵ご夫妻を死に至らしめてしまったことを、ずっと後悔しておりました。
騎士にあるまじき行為だったと、ずっと恥じて生きてまいりました。
ルイス侯爵様、謝罪してもしきれない私の罪を、許してほしいとは思っておりません。
ですが、このような愚かな私の遅すぎる罪の告白を、どうぞお聞き届けくださいますようお願い申し上げます。
手紙はここで終わっていた。
読みながら、ジャスミンの目から涙が零れ落ち、止まらなかった。
レイモンドは何か人には言えない大きな罪を犯したのだろうと思っていたが、まさか、罪のない侯爵様に罪を被せただけではなく、その奥様も一緒に殺害していたとは・・・。
とても許されることではないが、本来優しかった彼にとって、これがどれだけ辛く苦しいことであったかと思うと胸が張り裂けそうになった。
自首すると決心した彼は、たとえそれが極刑を意味することであったとしても、きっと心のどこかでほっとしたに違いない。
だけど、レイモンドは、やっと罪を告白できると思ったのに、王都に戻る途中で殺されてしまった。
レイモンドは私と約束したと書いているけど、約束なんてした覚えはない。
きっと王都に戻ってから、私に伝えるつもりだったのだろう。
だけど、殺されて、それさえもできなくなってしまった。
死に際に、どれだけ無念に感じたことだろう。
ふと、ジャスミンの脳裏にオスカーの顔が浮かんだ。
私の命の心配をしてくれる優しい侯爵様だった。
あの人の両親を、ウッド伯爵はレイモンドに殺させたのだ。
卑怯な手を使って・・・。
許せない・・・。
私はウッド伯爵を許せない!
ルイス侯爵様が私を訪ねてきたのは、きっとレイモンドが導いてくれたのだ。
今すぐ王都に行って、私がレイモンドの無念を晴らしてあげる。
ジャスミンは翌日王都に向かい、オフィーリアを訪ねて手紙を渡した。




