35話
「あなたをここへ呼んだのは、何故だかわかるかしら?」
側妃カーラはニヤリと不気味な笑みを浮かべて、ウッド伯爵に問いかけた。
「いえ、私には何のことだか、思い当たることがございません。」
ウッド伯爵は冷静に答えているが、嫌な予感に心は乱れ、額から出る冷や汗をハンカチで拭っている。
側妃宮の応接室で、理由も聞かされずに呼び出されたウッド伯爵は、不安を抱えながらカーラと対面している。
二人の他は、誰もいない。
「あなたがした事なのに、思い当たることがないなんて言わせないわ。」
「いえ、ですから私にはさっぱり・・・」
「セオドアがね。あなたを捕まえるって言ってるの。」
「な、何ですと? セオドア殿下が私を捕まえる? いったい何の容疑で?」
「そんなこと、言わなくてもわかってるでしょ。昔、あなたがしたことよ。でも、捕まえるのはすぐじゃないわ。証拠を固めてからですって。早いうちに対処しないと、あなたの爵位も財産も、命すらも危うくなるわね。」
ウッド伯爵は顔を青くして、さらに額をハンカチで拭う。
「あの・・・、どうして側妃様はそのようなことを私に教えてくださるのですか?」
カーラは、ふふっと不気味な笑みを浮かべる。
「あなたの身を案じてのことよ。殺られる前に殺れって言うでしょ。あなたが先にセオドアを殺れば良いのよ。セオドアさえ消えてくれれば、後は私が何とでもできるわ。あなたのことを守ることもできる。」
その言葉に、ウッド伯爵はますます青くなる。
「・・・つまり、・・・王太子殿下を・・・消せと、私に仰るのですね。」
「セオドアは、私とあなたの共通の敵だわ。」
しばらく沈黙が続いた。
その間、ウッド伯爵は、ハンカチで汗を拭うことも忘れて、じっと考えていた。
「側妃様が仰ることはわかりました。ですが、しばらく考える時間をください。」
ウッド伯爵は立ち上がり、部屋から出ようとドアノブに手を掛ける。
「早くしないと、あなた、破滅するわよ。」
カーラの悪魔のような冷たい言葉が、ウッド伯爵の背中に突き刺さった。
オスカーが王宮の廊下を歩いていると、鳥のさえずりが聞こえてきたので、その木の下に移動する。
「隊長、ウッド伯爵と側妃と会談が終わり、伯爵が出てきました。」
頭上からテオの声がする。
「ご苦労。引き続き監視を頼む。」
今のところ、セオドアの目論見通りに進んでいる。
オスカーはレイモンドの記録を確認した後、こっそりとセオドアに報告をした。
なんとかウッド伯爵の悪行の証拠を掴めないかと思って相談してみたのだが、セオドアはウッド伯爵を別件で逮捕し、取り調べの中で追及することを提案した。
そして、あろうことか、別件を作り上げるために、自分を囮にしようと言い出したのだ。
「カーラは、アイザックの代わりになるヤツをさがしているはずだ。それがウッド伯爵になるように仕向ければいい。俺もこのままだと、カーラにいつ殺されるのかわからない。だったら、囮にでもなってカーラのしっぽを掴みたい。」
「ですが、殿下。いくらなんでも殿下を囮にするなんてできません。」
「心配するな。これが俺にとってもお前にとっても、一番良い方法だろう。それに、俺にはお前がついているじゃないか。」
心配するオスカーとは対照的に、セオドアの声は明るい。
「それはそうですが・・・。」
「ふふっ、まず情報を流そう。上手くいけばカーラの方から食らいついてくるだろう。」
セオドアの意思は固く、結局、ステファンバーンズが近くにいる場所で、二人の会話を聞かせることにした。
セオドアが、ウッド伯爵を捕まえるために、証拠集めをしていると・・・。
その夜、ウッド伯爵は屋敷の中で頭を抱えていた。
セオドアをどうやって殺せばいい?
レイモンドのときとは違う。
レイモンドは一人で王都へ戻る途中だった。
腕っぷしの強い盗賊が大勢で取り囲めば、騎士と言えども、盗賊に打ち勝つことはできなかった。
だが、セオドアには絶えず護衛がついている。
ソードマスターのオスカーなら、盗賊が十人かかってきたところで負けることはないだろう。
現に狩猟大会で、十人の盗賊を生け捕りにしたではないか・・・。
食欲も落ち、頭を抱えて思い悩んでいるウッド伯爵を見て、イザベラは問いかけた。
「お父様、いったい何があったのですか?」
「ああ、イザベラか。まずいことになった。もしかしたら私は全てを失うかもしれない。」
「全てですって?」
せっかく金持ちの養女になれたのに、また、もとに戻るというのだろうか。
絶対に、もとになんて戻りたくない。
「お父様、どうか私にお話しください。きっとお力になれると思います。」
その力強い物言いに、ウッド伯爵はこの娘なら何か妙案を考え出せるかもしれないと思う。
「セオドア殿下を殺さなくてはならない。お前ならどうする?」
「そんなことですか。」
ウッド伯爵は、思い切って話してみたのだが、イザベラの対応は予想に反して実にあっさりしたものだった。
「そんなこと? ずいぶん簡単そうに言うが、何か方法があるのか?」
「方法がないわけではございません。お父様も私も直接手を下さなくても、他の誰かが殺すように仕向ければ良いのです。」
イザベラは、淡々と恐ろしいことを口にする。
「だが、王太子だぞ。腕の立つ護衛にいつも守られている相手だ。そう簡単にはいくまい。」
「では、お父様、この件は私に任せていただけますか? お父様は何も知らない方がかえって良いと思います。」
イザベラに任せる?
いったいこの娘に、どんな力があると言うのだ?
ウッド伯爵は、あっけに取られてイザベラを見ていたが、最後の言葉が気に入った。
「ああ、わかった。お前に任せよう。ただし、失敗しても私は何も関わっていない。それでいいな。」
「もちろんですわ。」
ニヤリと笑う娘の顔に、ウッド伯爵はゾクッと寒気を覚えた。
だが、どこから来るのかわからないイザベラの堂々とした態度に、何故か任せても大丈夫だろうとも思えた。
その翌日、王都の公園を散歩している若い男女がいた。
美しく着飾った姿から貴族だろうと思われる二人である。
「ねえ、ブラン。事業の方はどうなってるのかしら?」
体を摺り寄せてくるイザベラに、鼻の下を伸ばしながらブランは答える。
「ああ、順調だよ。ウッド伯爵が狩猟大会のときに約束してくれただろ。だから父上がもっと事業を拡大させることにして、銀行から追加で金を借りたんだ。設備投資で借金は増えたが、計画通りに進めばすぐに金は返せるはずだ。」
「そう、それは素晴らしいわ。あなたは大金持ちになるのね。」
「そうだよ。上手くいけば、イザベラは世界一の金持ちの嫁だ。」
「まあ、嬉しいわ。」
「ところでイザベラ、腕・・・、まだ痛いかい?」
ブランは、イザベラの手袋で隠れた腕を、優しく撫でながら問う。
「いいえ。大丈夫よ。私が悪いんですもの。」
「イザベラは、俺の気持ちをわかってくれて嬉しいよ。俺がああするのは、お前を愛しているからなんだ。」
「ええ、わかっているわ。ブラン、私もあなたを愛しているの・・・。」
イザベラは、手袋で隠されて見えない腕の痣を、さすりながら答えた。
それから数日後、ブランの父、ホワイト伯爵が所有している鉱山の見張り小屋に、一人の町娘が現れた。
見張り小屋は、昼間は労働者の休憩場所として使われているが、夜は鉱石を盗まれないように交代で寝ずの番をする見張り小屋として使われている。
その日は、若い二人の男が見張り番の仕事をしていた。
見張り小屋の窓から、坑道の入り口がよく見えるように建てられていて、若い二人の男は、退屈そうに窓の外を見ていた。
「ごめんください。所長に頼まれてお夜食持ってきました。」
若い娘は窓から声を掛けてきた。
声を掛けられた若い二人は、窓の外で立っている娘の胸元に視線が釘付けになる。
町娘が着ているドレスは、よく見かけるありふれたドレスなのだが、胸の開きが他よりも大きく作られていて、胸の谷間がよく見える艶めかしいドレスである。
「よろしかったら中に入ってもよろしいですか?」
男たちは喜んでドアを開け、娘を中に入れた。
「ありがとうございます。どうぞお二人で食べてくださいね。」
娘が食べ物が入った籠を男に渡そうとしたその瞬間、足が何かに躓き、前のめりに転びかけた。
慌てて男が抱き止めたので、娘は倒れることはなかったが、籠に入っていたリンゴやパンが部屋中に転がり落ちてしまった。
「まあ、ごめんなさい。」
「いやいや、あなたにケガがなくて良かったです。」
男たちは転がった食べ物を拾い集める。
全ての食べ物を拾い終わると、娘は赤い顔をして恥ずかしそうに助けてくれた男を見つめた。
「あの、先ほどは転ばないように抱きしめてくださってありがとうございます。とても筋肉が固くてがっしりしているんですね。よろしかったら触ってもいいですか?」
若い娘にそんなことを言われて嬉しくないわけがない。
「どうぞどうぞ。いくらでも触っていいですよ。」
「ではお言葉に甘えて。」
娘はペタペタと男の胸を服の上から触り出す。
もう一人の男はそれを羨ましそうに横目で見ている。
「あ、あの、俺の筋肉も固いですよ。俺のも良かったらどうぞ・・・」
「うふふっ、じゃあ、遠慮なく・・・」
娘は、「まあっ」「すごいわ!」と、感動しながらペタペタと触った。
「本当に素敵な体をしているんですね。服の上からじゃなくて素肌を触ってみたいんですけどいいですか? あっ、変な意味じゃないですよ。本当にただ触ってみたいだけなんです。」
男たちはそれにも同意し、上着を脱いで、胸や腕を娘にペタペタと触らせる。
これが商売女だったら、きっとその先の深い関係までいっただろうが、所長に頼まれて来たと言うからには下手なことはできないと、男たちは欲望を我慢していた。
窓に背を向けて・・・。
反対に、娘からは窓の外がよく見える。
娘の視線の先、暗闇の中で、ろうそくの火が見えた。
それが合図だった。
「ありがとうございました。とっても素敵な筋肉でしたわ。それでは、これで失礼します。」
娘は胸を触るのを止めると急いで出て行った。
「いったい何だったんだ?」
と二人が顔を見合わせていたその瞬間、ドッカ―ンと雷が落ちたような激しい轟音とともに、地鳴りを響かせながらガラガラと坑道の入り口が崩れ落ちた。
「奥様、お客様がお見えです。」
セバスチャンが、庭で作業中のオフィーリアに、客が来たことを知らせに来た。
「私を訪ねて来るなんて、どなたですか?」
オフィーリアがオスカーの妻になっていることは、まだ公になっていない。
それなのに、いったい誰が訪ねて来たのかと怪しく思う。
「それが、名前を聞いても名乗りません。直接顔を確かめてからでないと言えないと言うのです。しかも、奥様じゃなくて、メイドのオフィーリアさんを訪ねてきたと言ってます。今、門で待たせていますが、どうされますか?」
ちょうどマリーと一緒に、庭に花を植えている最中だった。
汚れてもいいように質素なドレスとメイド用のエプロンをつけていたオフィーリアだったので、そのまま着替えることなく客に会うことにする。
門で待っていたのは、今にも泣きそうな目をしているジャスミンだった。




